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深夜のドライブ [公募]

あっ、泣いてる。悠馬の夜泣きが始まった。
瞼をはがして重い体を起こしながら、時計を見ると深夜一時。決まってこの時間だ。
「またかよ」という夫の声を背中越しに聞いて起き上がる。
私だって言いたい。「またなの?」と言って布団をかぶりたい。

まだ一歳になったばかりの小さな生命体は、何が不満で泣いているのかさっぱりわからない。
抱き上げると、背中を逸らして激しく泣く。
すっかり重くなった子どもの背中をポンポンと叩きながら溜息混じりに部屋を出る。
十二月の真夜中、眠くて寒くて、泣きたいのはこっちの方だった。

その夜私は、完全装備で寝ていた。
厚手のスエット上下に靴下、すぐに羽織れるように、フリースのジャケットは布団の上に置いてある。
そんな格好で寝ているのは、そのまま真冬の外に出るための準備だ。
先輩ママから聞いた「夜泣きしてぐずった時は、車に乗せると泣き止むよ」という話を実践するためだ。
何にせよ、新しいことをするときは少しワクワクするもので、目がさえて眠れない布団の中で悠馬が泣き出すのを待っていた。
深夜一時、そろそろだ。あっ、泣き出した。
私はすかさず起きて悠馬を抱くと、夫を振り返ることもなくそそくさと部屋を出た。

ガレージに止めてある軽自動車に、押し込むように悠馬を乗せた。
チャイルドシートにくくり付けるまではずいぶんと暴れたけれど、車を発進させたら何事もなかったように泣き止んだ。
まるで何かのスイッチが切り替わったようだ。
それどころか、新しいおもちゃを見つけたようにニコニコしている。
「すごい。ゆうちゃん、ご機嫌になったね」
先輩ママの話は本当だった。私は嬉しくなって、夜の街を走り続けた。
真夜中の道路、前にも後ろにも車はない。
私たちのためだけに信号が点り、私たちのためだけに中央分離帯がある。
気持ちいい。このまま海にでも行ってしまおうか。そんな気分だ。
これは結構なストレス発散になりそうだ。
 
悠馬は、他の子よりも成長が遅い。
「あの子はもう歩いてる」「あの子はずいぶん喋るらしい」「あの子は誰にでも懐いて可愛い」「それに比べてゆうちゃんは」と、母や姑がため息をつく。
まだ一年しか生きていないのに、他の子と比べられるなんて可哀想。
そう思いながら、自分が責められているような気になる。
優馬がお腹にいたころから、間違ったことは何もしていない。
正しい育児だけをしてきたはずだ。だけどちっとも思い通りにいかない。
優馬はどこに行っても泣いてばかりだ。人見知りも激しい。
何でもイヤイヤ、物を投げて奇声を上げる。一歳健診も泣いて大変だった。
大人しく健診を受けている子が羨ましい。
寝ると心底ホッとする。そんなところに始まったのがこの夜泣きだった。

真っ直ぐな道が続いていた。
昼間は人で溢れている大きなビルもマンションも、息をしていないように静かだ。
コンビニやファミレスの灯りも、心なしか控えめに見える。
夜を支配したような気分だ。
「気持ちいい!」
思わず叫んだら、優馬が「キャッ、キャッ」と奇声を上げた。
きっと私が楽しいと、優馬も楽しいのだ。
「ゆうちゃん、明日もドライブしようか」
通じたのかどうか分からないけれど、優馬が「あーい」と返事をした。
そうか。こんな風に余裕をもって向き合えばいいのか。
何だか私、いつもいつも狼狽えてばかりだった。

夜の街をぐるりと回って帰るころには、悠馬はすっかり眠っていた。
天使みたいな可愛い顔で、ぽかんと口を開けている。
そうっと抱き上げて車のドアを閉めたら、慌てた様子で夫が出てきた。
「どうしたの、パパ」
「どうしたのじゃないだろう。起きたら君と悠馬がいないからビックリした。おまけに車もないし、マジ焦った」
「もしかして、育児に全く参加しないパパに愛想を尽かして出て行ったと思った?」
私はくすくすと笑いながら、ぐっすり眠っている悠馬をベッドに寝かせた。
「もう起きないと思うわ。車の中でずいぶんはしゃいでいたから」
私は、深夜のドライブが如何に楽しかったかを夫に聞かせた。
小さくて狭い部屋でジタバタしていた私の世界が、少しだけ変わったことを話した。
「明日も行くわよ。この際だから、悠馬の夜泣きを楽しんじゃおうと思うの」

朝までぐっすり眠れそう。
電気を消して布団にもぐり込むと、夫が少し拗ねたようにつぶやいた。
「明日は、俺も連れてって」
あらやだ。息子に嫉妬してるの? 
笑いをこらえながら、鼻先まで布団を引き上げた。

*************

公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「深夜」でした。
このところなかなか書けなくて、先月の課題「駅」も、締め切り日に書いてそのまま送りました。
やっぱり年末は忙しないですね。
今月の課題は「壺」って。。。
またギリギリになりそうです。
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透明 [ファンタジー]

私はときどき透明になる。
そしてこっそりベッドを抜けて、夜の街に遊びに行く。
きれいなイルミネーションで飾られた街を歩くと、私の体は金や銀や赤に染まる。
透明だから、カメレオンみたいに風景に溶け合うの。

今日はクリスマスイブ。
寄り添う恋人たちや、ケーキを抱えたお父さん、千鳥足のおじさんや大声ではしゃぐ若者たち。
みんな楽しそう。だってクリスマスだもの。

「きみ、同類?」
不意に声をかけられた。姿は見えないけれど、すぐにわかった。
透明な男の子だ。同じ透明の子に会うのは初めてだ。
「透明になって、どのくらい?」
男の子が隣に並んで歩きだした。見えなくても気配でわかる。
「今年の春から、何度か透明になってるよ」
「そうか。僕はもう2年も透明生活をしているよ」
優しそうな、素敵な声だ。私たちは、大きなクリスマスツリーの下に並んで座った。
雪が降りそうだけど、ちっとも寒くない。
「透明っていいよね。寒くないし、体は軽いし、いくら歩いてもちっとも疲れないもん」
「そうだね」
「ねえ、今日はクリスマスイブだけど、ケーキ食べた?」
「いや、食べてないよ」
「私も。ああ、イチゴがたっぷり乗ったケーキが食べたいな」
「いいね」と、男の子が笑った。
「このままどこかに遊びに行こうよ。高級ホテルのレストラン、R指定の大人の映画、夜の水族館、私たち、どこでも行けるよ」
誰かとおしゃべりするのは久しぶりで、私はすっかり浮かれていた。

「行けないよ。僕はもう、帰らなきゃ」
「そうか、家はどこ? 近いの? また会える?」
「いや、もう会えないよ」
男の子の声が、少しずつ小さくなっていく。
「僕はもう消えるよ。透明じゃなくて、本当に消えるんだ。2年は長すぎた」
何かを諦めたような、悲しい声だ。

やっぱり私たちは同類だ。眠ったまま目覚めない。
たとえ透明になって街を自由に歩いても、重い体はベッドで眠ったままだ。

「僕は消えるけど、きっと君は大丈夫だよ。まだ間に合う。今日帰ったら、自分の体に言い聞かせるんだ。起きてケーキが食べたい、イチゴがたっぷり乗ったケーキが食べたいってね」
優しい声でそう言って、男の子は消えた。
気配がすっかり消えてしまった。ひとり残されて、私は急に現実を知る。

中学校の入学式の日、私は事故に遭った。それからずっと眠っている。
パパは大好きなお酒を断って、ママは毎日手を摩ってくれる。
透明になって自由に歩けても、やっぱり自分の体で歩きたい。
家に帰って、眠る私をじっと見た。
「ケーキが食べたい、イチゴがたっぷり乗ったケーキが食べたいよ。もういい加減目覚めてよ」
透明の私が、きれいな涙になって、私の中に戻っていく。
ゆっくりゆっくり、命を吹き込むように戻っていく。

パパ、ママ、クリスマスの朝、きっと奇跡は起きるよ。

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コタツを出した日 [コメディー]

ネコのミーコが寒そうだったから、コタツを出した。
鍋の支度ももう終わったし、ミーコとのんびり過ごしましょ。

長男が帰ってきて「おお、コタツだ!」と背中を丸めて足を入れた。
「やっぱコタツはいいねえ、お母さん」
普段は何を訊いても「別に」と「ふつう」と「ウザい」しか言わないのに、コタツってすごい。

長女が帰ってきて「コタツ出したんだ」と、嬉しそうに滑り込んだ。
「あったかいねえ、日本人はコタツだねえ」
普段は、スマホから目を逸らしたら魂を奪われると思っているような長女が、スマホそっちのけで暖を取っている。

夫が帰ってきた。
「今日はやけに賑やかだと思ったら、コタツを出したのか」
仏頂面でいつも疲れた顔の夫が、嬉しそうにコタツに入った。
のぼせたミーコがヨロヨロ出てきて、大きなあくびをして、みんなで笑った。

「コタツって本当にいいわね。出してよかったわ。今夜は鍋よ」
「やった! チゲ鍋希望」
「コラーゲン鍋がいいわ」
「お父さんはすき焼きがいいな」
「残念でした。寄せ鍋よ」
「なーんだ」とか「いいじゃん、美味そうだし」とか「写真撮ってインスタあげよう」とか、いつもよりもずっとずっと賑やかな食卓だった。
ああ、コタツって最高ね。

「あー、美味かった」
「あたし絶対太ったわ」
「お母さん、ビールもう一本」

「ちょっとあなたたち、少しは後片付け手伝ってよ」
「あー、無理。俺の下半身コタツ中毒で麻痺してる」
「コタツって、マジ沼だわ。抜けられない」
「お母さん、俺の代わりにトイレ行ってきて」
「うわ、なにそのオヤジギャグ。昭和か」
「コタツって喉乾くな。お母さん、ポカリある?」
「あたしウーロン茶」
「ビールまだ?」
「ニャー(ごはんコタツの中に持ってきて)」

おまえら、いい加減にしろよ。
私はコタツのコンセントを、こっそり抜いた。

****

新しいパソコンを買いました。
自分専用のパソコンが壊れて、家族と共有のものを使っていましたが。。。

パソコンを開くと、この通り
f6093cfc35a52399ef1843869a961f1c5a00041098b86f47e54255c2b3697e0c.0.jpg

寝ているすきにそうっと立ち上げると、気配に気づきやってくる。
KIMG1353.JPG

なぜか私にパソコンをやらせてくれない。
もう背に腹は代えられない。
自分専用の小さなノートパソコンを買いました。
サイズが小さいせいか、あまり邪魔されなくなりました。
ああ、やっとアップできた(笑)


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庭石の記憶 [公募]

里子は、縁側に腰かけて石を見ている。庭の真ん中に置かれた大きな石だ。
青みがかった黒に近い灰色で、季節の草花を映し出して艶やかに光っている。
里子は美しい石を眺めながら、「三十年か」とつぶやいた。

山奥で育った里子は、高校を卒業して家業の酪農を手伝っていた。
遠い親戚からの縁談話が纏まり、ふもとの町へ嫁いだのは三十五年前のことだ。
姑小姑だけでなく、大姑までいる大所帯で、里子は息をつく間もなく働いた。
山しか知らない娘だったから、姑小姑からずいぶん厳しく躾けられた。
躾と言えば聞こえはいいが、里子からすればそれは立派な嫁いびりだった。

「あんたは何をやっても雑ね。山育ちってっていうのは、人種が違うのかしらね」
「お母さん、何を言っても無駄よ。この子、山ザルだもん」
義母は歩き方や笑い方にさえも文句をつけ、義姉は、ことあるごとに里子を田舎者扱いして馬鹿にした。おまけに大姑は、足が不自由だが口は達者で厳しかった。
「呼んだらさっさと来い。立派な足が二本もあるのに、おまえの足は飾り物か」
里子にだけでなく、義母に対しても厳しく、大姑に嫌味を言われると義母は里子に当たる。いつもよりずっと厳しく。

夫は優しくねぎらってくれたが、姑小姑に対しては何も言えない。
義父もまた同じだった。
子供がなかなか出来ないことも、嫁いびりを加速させる理由になった。
それが一番つらかった。

石屋が来たのは、里子が嫁いで五年目のことだった。
石屋とは、山で採掘した見栄えのいい石を磨いて町に売りに来る業者のことだ。
その日は、ようやく縁談が纏まった義姉の結婚式だった。
しかし里子は出席せずに留守番だった。
すっかりボケてしまった大姑の面倒を診るために残った。
もっとも上品ぶった親戚たちに会うよりもずっとマシだった。

石屋は、庭先で里子に声をかけた。
「奥さん、いい石がありますよ。せっかく広い庭なのに殺風景で勿体ないですよ。ね、奥さん、見るだけでも見てくださいよ」
石屋が勧めた石は、黒に近い灰色で、いくらか青い色がちりばめられていた。
美しい石だ。しかもどこか懐かしい。
「きれいでしょう。あまり有名じゃないけどね、あの山で採れた石なんですよ」
石屋が指さした山は、里子が生まれ育った山だった。
石の形も、どことなく山と似ている。「欲しい」と里子は思った。
だけどこれだけ大きかったらさぞかし高価だろう。
里子には、高額なものを買う権限などなかった。

「ちょっと待ってて」と石屋を引き止め、里子は大姑の部屋に向かった。
大姑はこの頃、里子を実の娘だと思い込んでいる。
それを利用して、石を買わせようと思いついた。
「おや、正子じゃないか。何か用?」
やはりこの日も里子を、とうに嫁に行った伯母の正子だと思い込んでいる。
「お母さん、今ね、石を売りに来たの。素敵な石よ。買ってもいいかしら」
「石って、エメラルド? ダイヤ?」
「もっと大きくてきれいな石よ。いいでしょう。私すっかり気に入ったの」
娘には甘い大姑は、「仕方ないね。お金はタンスの引き出しにあるから。お父さんには内緒だよ」と笑った。
タンスに大金があることを、里子はとっくに知っていた。

こうして里子は石を買い、庭の真ん中に置いてもらった。
台所からも居間からも寝室からも見えるように置いた。
五年も耐えたんだ。このくらいいいだろうと思った。

帰ってきた姑は、石を見て憤慨した。舅と夫も唖然としている。
「すみません、お義母さん、おばあさまがどうしても買うと仰って。私は止めたんですよ。でも、あの性格ですから……」
全てをボケた大姑のせいにした。
それでも全身を震わせて怒った姑を、夫がなだめた。
「まあまあ、なかなかいい石じゃないか。庭が明るくなったよ。ねえ父さん」

程なく里子が妊娠した。石のご利益だと夫が言い、姑も渋々それを認めた。
石を置いてから、穏やかな日が続いた。
大姑が亡くなり、姑は少しだけ優しくなった。すべては石のおかげだ。
この石は故郷だ。里子は、ずっとそう思って生きてきた。

「三十年間ありがとう」
「本当にいいのか? 大事な石をどかしても」
夫が縁側から声をかけた。もうすぐ結婚するひとり息子のために家を建て替える。
石をどかして二世帯住宅を建てるのだ。
「いいのよ。もう石は必要ないわ」
義父母を看取って自由になった里子は、息子夫婦との暮らしを楽しみにしている。
「あの嫁、気が利かなそうだから、しっかり躾けてあげないとね」
そう言って笑う里子の横顔を、石が映し出した。

*****
公募ガイドTO-BE小説工房の落選作です。
課題は「石」。いろんなエピソードがありそうで、選ぶ方も大変だったかもしれません。
書き終わったときは「すごい、面白い。イケる!」と思ったんだけど、読み返すとイマイチだったかな。


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ケンカするほど……… [男と女ストーリー]

隣の部屋から怒鳴り声が聞こえて、「またかよ」と彼が言った。
隣の夫婦は、ほとんど毎日ケンカをする。
「あんなに怒鳴り合って、よく疲れないな」
「体力消耗するよね。きっとすごくタフなのね、ふたりとも」
「こんなに罵り合っているのに、よく別れないよね」

私たちは、仲良しだ。ケンカなんてしない。
たまにしか会えないのに、ケンカしたらもったいない。
彼のために時間をかけて料理をして、大人の会話で夜を楽しむ。

『なんでビールがねえんだよ』
『あんたの稼ぎが少ないからだろう。飲みたきゃ自分で買ってきな』
『なんだその言い草は』

「ビールが飲めないだけでケンカしてるのか」
「大声出したら、余計に喉が渇くのにね」

茹で上がったパスタを皿に盛る。
生ハムのサラダとチーズの燻製を並べる。

『おまえのやりくりが下手なんだ。俺のせいにするな』
『あんたね、物価は上がってるんだよ。消費税も上がったんだ。上がらないのはあんたの給料だけだよ』
『それは俺のせいじゃねえ。国が悪い』
『じゃあ国にビール買ってもらえ』
『バカじゃね、金がないならお前も働け』
『働けるわけないだろ。お腹に子供がいるんだよ』

「へえ、お隣さん、子供が出来たんだ」
「どうりで奥さん、最近太ったと思ったわ」
「何だかんだ言って、仲いいじゃん」

赤ワインを注いで、彼の前に置く。

『あたしが里帰り出産している間に浮気したら、あんたを殺すからね』
『金もねえのに誰が浮気なんかするか、バーカ』
『じゃあ、あんた一生貧乏でいなよ』

「なんだよ、奥さん、ベタ惚れじゃん」
「そうだね」
「ケンカするほど仲がいいってやつか」
「そうだね」
「どうでもいいけど、やっと静かになったな」

彼が、ワインを口に運ぶ。奮発して買った、ちょっといいワイン。

「あなたもケンカするんでしょう。奥さんと」
「なんだよ、急に」
「家では安いビールしか飲めないって、前に言っていたでしょ」
「やめろよ、そんな話」
「私も一度くらい、あなたとケンカしてみたかったな」
「なんだよ。どうして過去形なんだよ」
「だってあなた、もうすぐ死ぬから」

ワイングラスが床に転がる。彼がゆっくり椅子から落ちる。
すごく勉強して、苦しまない方法を選んであげたのよ。

ねえ、お隣さん。男は金がなくても浮気するよ。
独占したくなるような、いい男だったらね。

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ハロウィンin渋谷 [コメディー]

「渋谷のスクランブル交差点に行ってみようよ」
ドラキュラが言った。
「ああ、ハロウィンか。そりゃあいいな」
フランケンが言った。
「だろ、みんな仮装してるから俺たち全然目立たない」
「うん。堂々と人混みを歩ける機会なんてないからね」
「いいわね、私もチンケな魔女の仮装見て笑いたいわ」
黒魔女が言った。

「お前も行くだろ」と言われて、僕は渋々うなづいた。
本当は、あまりこいつらと関わりたくはない。
だって僕は、こいつらのようなモンスターじゃないから。
僕は堂々と人混みも歩けるし、友達だっている(もちろん人間の)
だけどまあ、こいつらも陽の当たる場所を歩けない可哀想な奴らだ。
付き合ってやるか。

そんなわけでやってきた、ハロウィンの渋谷。
「へえ、見てよ、意外と本格的な仮装だわ」
「ミニスカナースのゾンビ、そそられるぜ」
「あの魔女、かわいいな」
「ちょっと、本物の美しい魔女がここにいるでしょ」
僕は黙って、後ろを歩いていた。

「あれ、タカシじゃね?」
声をかけてきたのは、大学の友人だった。
ゾンビの仮装をしていてもすぐに分かった。
今日は出来れば会いたくなかった。

「おまえの仲間、すげーな。本格的だな」
……そりゃあそうだろ。本物だからな。
「おまえは仮装しねえの?」
「ああ、うん、まあ」

その時、雲が切れて月が出た。
やべえ、今日は満月だった。
僕の手に、黒い毛が生え始め、服が破け、体中を覆った。
牙が生えて、目が光り、四つん這いになって吠えた。

「お、ついに出たな、狼男」
「それでこそ仲間だ」
「変身した彼、すごくセクシーね」
ああ、いやだいやだ。こんな体質。人間のほうがずっといい。
それよりも、大学の友人にバレちまったじゃないか。
どうしよう。

「タカシ、おまえの仮装、すげーな。ねえねえ、どうやったの? 本物の毛みたいだな。触っていい?」
あれ? まさか、バレてない?

渋谷のハロウィン、何でもアリだな。
来年も来よう。

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ぬかみそ

スズメの涙ほどの給料袋を抱えて、葉子は家路を急いだ。
生まれて初めてのお給料だ。
これでお母さんと妹に何か買ってあげよう。
空に浮いているようなおぼろ月が、笑っているような夜だった。

父親がいなくて貧しかった葉子は、中学卒業とともに働きに出た。
45年も前のことだ。
学校から紹介されたのは、老舗の料亭の下働き。初月給は、今の若者が聞いたらテーブルをひっくり返して「マジか!」と言いそうなほど安かった。
それでも葉子は、走り回りたいほど嬉しかった。

下働きは厳しくて、叱られたり苛められたりしたけれど、料理の仕事は好きだった。
一番つらかったのは、買い出しの途中で同級生に会うことだった。
「あれ、葉子じゃん」
セーラー服の女子高生が、割烹着の葉子を取り囲む。
「有名な料亭なんでしょ。いいなあ、美味しいもの食べられて」
「そんなことないよ」と笑いながら、葉子は思った。
それ、本気で言ってるの? 毎日お母さんが作った2段のお弁当を持って高校に行く方が、よっぽどいいじゃないの。
手を振って別れた後、背中越しに「なんか、ぬかみそ臭くなかった?」と言う同級生の声が聞こえた。みじめで泣きたくなった。

還暦を迎える年になり、葉子は初めて、中学校の同窓会に出席することにした。
どうせ話が合わないと思ったし、仕事も忙しかったから一度も出ていない。
会場のホテルに着くと、それらしい団体がロビーを占領していた。
それなりに60年の年を重ねたおじさんとおばさんが、肩を叩きながらあだ名で呼び合っている。
ひとりの女性が葉子に気づいた。
「あら!」と目を丸くして近づいてきた。
「味山葉子先生じゃありません? 料理研究家の味山先生ですわよね」
「ええ」と葉子は頷いた。
「わあ、本当だ。先生の本、全部持っています。テレビの料理番組も欠かさず見ています」
「私も、先生のレシピいつも参考にしてるんですよ」
色とりどりの服を着たおばさんたちが、葉子を取り囲む。
葉子は、今日本で一番人気の料理研究家であった。

最初葉子を「先生」と呼んだ女は、みっちゃんだとすぐにわかった。
みっちゃんは老け顔だったのであまり印象が変わっていない。
45年前のあの日、葉子を「ぬかみそ臭い」と言った同級生の一人だ。

「先生、握手してください」
みっちゃんが手を差し出した。
「私の手、ぬかみそ臭いわよ」
「素敵です。先生のぬか漬け、食べてみたい」
葉子はその時、何となく「勝った」という気がした。
45年も前のことなど、誰も覚えていない。葉子のことさえ、もう彼女たちの記憶から消えているだろう。
だからどうでもいいことなんだけど、何となく気分が良かった。
葉子はにこやかに握手に応じ、「ごきげんよう」とその場を去った。

「先生、同窓会に出席しないんですか?」
待たせていた運転手が、不思議そうに聞いた。
「もういいの。何だかねえ、みんなぬかみそ臭いおばさんになっちゃって、ふふふ、だからもういいの」
「ここ、先生の故郷ですよね。どこか寄りたいところはありますか?」
「じゃあ、この先の角のお肉屋さんに寄って。初月給でコロッケを買った店なの」
ホテルの同窓会ブッフェより、家族で食べた1個50円のコロッケ。
今日はそんな気分の葉子だった。

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気まずい帰郷 [公募]

車窓に広がる田園風景に妙な安らぎを覚えながら、紘一は二本目の缶ビールを開けた。
シラフでは帰れないほどの不義理をした、十年ぶりの帰郷だ。
うんざりするほど嫌だった田舎暮らしが、何故だかやけに懐かしい。

紘一は地元の大学を出た後、実家の旅館を手伝った。
いずれは自分が継ぐはずの旅館だが、正直まったく向いていなかった。
客商売は性に合わないと、家を飛び出してそれっきり。
客商売が嫌だったくせに、コンビニのバイトで食い繋ぎ、気づけば三十半ばだ。

実家の旅館は二歳下の弟が継ぎ、昨年リニューアルしてなかなか評判のいい旅館になっている。ホームページで笑顔を振りまく美人の若女将は、おそらく弟の嫁さんだろう。
いつの間にか、自分が捨てた旅館のホームページを見ることが日課になった紘一は、今なら帰ってもいいのではないか、と思うようになった。
かなり繁盛しているようだし、客の送迎くらいならやってもいいかな、などと虫のいい事を考えた。

山間の駅に着くと、思ったよりも空気が冷たく、十月なのに吐く息が白かった。
この感覚は久しぶりだ。紘一は思わず身を縮めた。
旅館の送迎バスを頼むわけにもいかないので、勿体ないけどタクシーに乗り込んだ。
「つばき屋旅館に行ってくれ」
「つばき屋さんね。あれ? つばき屋さん、今日休業じゃなかったかな」
「えっ? 年中無休だろ」
「確か臨時休業だよ。葬式とか言ってたな」
「葬式? 誰の?」
「さあ、詳しいことは知らないけど。どうする? 他の宿にするかい?」
「いや、つばき屋に行ってくれ」

紘一は、十倍くらい早く動く心臓を押さえながら、暑くもないのに吹き出す脂汗を拭った。
いったい、誰が死んだんだ。

タクシーを降りると、すっかり酔いは醒めたのに足が震えて転びそうになった。
リニューアルしても老舗旅館の趣は昔のままで、竹で出来た塀と、いい具合にカーブした松の木が紘一を迎えた。
どこにも葬式の花輪などはなかったが、随分閑散とした雰囲気に身が引き締まった。
門を入ると、小さな立て看板があった。葬儀を知らせる看板だ。
そこには、父の名前が書いてあった。
「父さん、まさか、死んだのか」
見るとロビーの中に、礼服の人たちが集まっていた。
ゆらゆら近づくと、庭で小さな女の子が花を摘んでいた。
弟の娘だろうか。目元が写真で見た若女将にそっくりだ。

「君のおじいちゃんのお葬式なの?」
話しかけると女の子は、「おじちゃん、だれ?」と、つぶらな瞳で紘一を見上げた。
初めて会う姪っ子がこんなに可愛い。汚れのない目に、自分はどう映っているのだろう。
中に入るのが怖かった。不義理をして親の死に目にも会えず、今更どんな顔をすればいいのか。
紘一は、このまま逃げ出したくなった。

「そろそろ葬儀が始まりますよ」
葬式にしてはやけに明るい声が聞こえた。きっと若女将の声だ。
「始まるって。行こう、おじちゃん」
女の子に手を引かれ、戸惑いながら中に入った。礼服の人たちが一斉に紘一を見た。
「あら、紘ちゃんじゃないの?」
「本当だ。おまえ何してたんだ、今まで」
「この親不孝者が」と罵倒する親戚たちの間を縫って、母と弟が顔を出した。
「兄さん、おかえり。知らせたわけじゃないのに、今日帰ってくるなんてすごい奇跡だ」
「紘一、やっと帰ってきてくれたのね」
母が涙ながらに紘一の手を握った。

「ごめんよ母さん。連絡もしないで、心配ばっかりかけたね。父さんのことも全然知らなくて。本当にごめんよ」
紘一は、膝をついて泣き崩れた。母がその背中を優しく擦る。
親戚たちも「せいぜい親孝行しろよ」と、紘一の肩を叩いた。
「みなさん、お葬式始めますよー」
若女将の張りのある声が、しんみりした空気を一蹴した。
そうだ。こんなところで泣いている場合ではない。
父の祭壇に手を合わせて、親不孝を詫びよう。
涙を拭いて立ち上がった紘一の前に、突然父が現れた。

「紘一、今更どの面下げて帰ってきた」
白装束姿の父の霊だ。紘一は尻もちをつきながら、必死で詫びた。
「父さん、ごめんよ。これからは心を入れ替える。下働きでも何でもして、母さんを支える。だから、どうか成仏してください」
周りから、どっと笑い声が起こった。父だけが、鬼のような顔で立っている。
「何が成仏だ。まだ死んでない」
「えっ、だって、父さんの葬式だろ」
「生前葬だ」
生前葬? 体中の力が一気に抜けて、紘一はその場に倒れこんだ。
紛らわしいことするなよ。だけど、だけど、よかった。

****
公募ガイド「TO-BE小説工房」で佳作をいただきました。
課題は「葬儀」でした。
簡単なようで難しくて、なかなか書けず、締切日ギリギリに出した覚えがあります。
だから佳作にも選ばれないと思っていました。よかった!


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秋の夜長にミステリー [ミステリー?]

秋の夜長に、ミステリー小説を読んでいたの。
何人もの人が惨殺されるお話で、怖いけれどやめられないの。
犯人は、首を絞めて殺害した後に、遺体に火をつけるのよ。
何もそこまで、と思いながら、犯人が火をつける理由を探りながら読んでいく。
身元の確認を遅らせるため? いいえ、その割には被害者のバッグがすぐ近くに落ちていたりして、ずいぶんとずさんだわ。きっと何か意味があるはず。
遺体の身元が判明したから、容疑者も3人に絞られた。
Aか、Bか、それともCか。刑事よりも早く事件の真相を暴いてみせるわ。

その時、凄まじい稲光と、家が揺れるほどの雷鳴。家じゅうの電気がプツリと切れた。
あらいやだ。ゴロゴロ言ってるな~とは思ったけど、本に夢中で気にしてなかったわ。
懐中電灯を探したけれど、肝心な時に見つからないのよ。
戸棚をガサガサやってたら、夫のライターが出てきた。
外国製のなかなか高価なライターだけど、去年禁煙に成功したから無用の長物ね。
でも、よかったわね。役に立つときが来たわよ。
ライターの灯りでろうそくを見つけて火をつけた。
あら、なかなかいいじゃないの。

私そこで、ハッとしたの。
そうよ、ライターよ。確かAは父親の形見のライターを持っていたわ。
それで火をつけたのよ。動機は、父の恨みをはらすため。
ああ、早く読みたい。続きが知りたい。

電気がついた。外は雨、雷の音は大分遠ざかった。
さて、本の続きを読みましょう。
刑事『父親の形見のライターで火をつけたんだろう』
A 『まさか。このライター使えませんよ。オイルが入ってないから』
刑事『犯行後に抜いたんだろう』
A 『そんなことしませんよ。もう古いし、オイル入れても火がつくかわかりませんよ。それにね、うちの親父はただの事故死。誰も恨んでなんかいませんよ』

ああ、Aじゃなさそうね。
その時、消し忘れたろうそくが倒れそうになって慌てて消した。
あぶない、火事になるところだったわ。
はっ、火事? 確かBは火事で両親を亡くしていたわ。
火事の原因は少年たちの火遊び。
そうよ、殺されたのはその少年たちよ。年齢的にも合ってるわ。
そうか、犯人はBね。続き読もう。
刑事『被害者は、みんなT市出身だ。そしてBさん、あなたもT市出身。両親が火事で亡くなったことと、今回の事件は繋がっている。違いますか?』
B 『刑事さん、そりゃあ偶然だ。T市出身なんてごまんといる。それにね、刑事さん、俺が火遊びをしたやつらを恨んでいるなんてとんでもない。実はね、あの少年たちの中に、俺もいたんでだよ。すぐに逃げたし、権力があったからみんなに口止めして俺の名前を出さないようにしたんだ。あはは、今バレちゃったけどな。もう時効だろ』

B最低、なんてやつ。だけどたぶん犯人じゃないわ。
ああ、消去法でCかしら。うーん、モヤモヤするわ。

その時、夫が帰ってきた。
「いやあ、雨やどりしてたら遅くなっちゃったよ。すごい雷だったね。停電になったの? へえ、どこかに落ちたかな。おや、君、この小説読んだの? 面白かったよね。僕も読んだよ。まさか犯人がDだったなんてね。最初の被害者の姉Dが、捜査に協力するふりして犯行を繰り返していたなんてね。ただの猟奇殺人だったなんてちょっと興ざめだけど、大どんでん返しが面白かったね」

「……まだ読み終わってないんだけど」
「あ、ごめん。風呂入ろ。ビールあるかな」
「ふざけんな。風呂から出たら首絞めて火をつけてやる」
終わった。私の読書の秋が、今終わった。

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黒い財布と3人の男 [コメディー]

午前中の診療が終わった病院の待合室。
会計を待つ3人の患者が、ぽつりぽつりと座っている。

通りかかった看護師が、黒い財布を拾い上げた。
大金が入っていそうな太った財布だ。
「どなたか、財布を落としませんでしたか」
財布をかざすと、「俺のだ」と男が手を上げた。
その後ろで、別の男が手を上げた「いや、俺のだ」
2列離れた席にいた別の男も手を上げた。
「俺の財布だ」

「ひとつの財布に持ち主が3人? みなさん、本当に自分のですか? 鞄やポケットに財布、入ってませんか?」
「ないよ。だってそこに落としたんだ」
「落としたのは俺だ。さっき会計をしたときに落としたんだ」
「いや、俺のだ。間違いない」

「うーん、仕方ないですね。じゃあ、中身を確認します。保険証とか入っているかもしれないでしょう。いいですね、開けますよ」
看護師が財布を開けると、金は一円も入っていない。
レシートとクーポン券がどっさり入った財布だった。
それを見た3人の男は、「俺のじゃなかった」と口々に言った。
「よく探したらあったよ。似てたから間違えちゃった」
3人は、金が入っていないと分かった途端、白々しく笑った。

看護師は、財布を見ながら目を潤ませた。
「可哀想ですね。この財布の持ち主さん。だって一円もないんですよ。病院の費用を払ったらお金が無くなってしまったんだわ。可哀想。病気なのに、明日の食費にも困っているんじゃないかしら」
看護師はポロポロと泣きながら、ポケットから自分の千円札を出して財布に入れた。
「私にはこのくらいのことしか出来ないけれど、この財布の持ち主のために千円寄付します。だって取りに来たときに、ないと思っていたお金が入っていたら嬉しいじゃないですか。きっと生きる希望になるはずよ。そう思いませんか?」
3人の男は顔を見合わせた。
「看護師さん、あんた優しいな。そうだよな。人間は助け合って生きるもんだ。俺も千円入れてやる」
3人の男は自分の財布から千円を出すと、黒い財布に押し込んだ。
「ありがとうございます。財布の持ち主が現れたら、みなさんのこと、話しておきますね」
「いやいや、こういうことは黙ってやるから価値があるんだ。ああ、いいことをしたら気分がいいな。どうです、みなさん、この先に昼からやってる小料理屋があるんですが、一杯やりませんか」
「いいですな。血圧も正常だったし、行きますか」
「賛成。塩分控えめの食事ばかりでウンザリだったから、たまにはいいか」
3人は意気投合して帰っていった。

看護師はナースステーションに戻ると、後輩のナースに声をかけた。
「三千円ゲットしたからランチ行かない?」
「先輩、またやったんですか。いい加減、捕まりますよ」
「いいじゃない。みんないい気分で帰るんだから。これも治療の一環よ」
看護師は笑いながら、黒い財布をポケットに入れた。

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