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「ただいま」「おかえり」

妻と別れて、アパートで独り暮らしをしている。
年金暮らしの老人だ。
わびしい暮らしの中にも、楽しみはある。
隣から聞こえる微笑ましい会話だ。

隣の部屋は母と娘のふたり暮らしだ。
娘は、まだあどけなさが残る中学生だ。
母親は8時に家を出て4時半に帰ってくる。
娘は部活を終えて5時半に帰る。

「ただいま」
「おかえり」
「お腹空いた。ごはん何?」
「今からカレーを作るところ」
「じゃあ私、ジャガイモ剥くね」

こんな会話が聞こえてくる。何とも幸せだ。
私の家も母だけだった。
もっとも母は夜遅くまで働いていたから、「おかえり」を言うのは私の方だった。
おかずは少なくて、水みたいに薄い味噌汁だったが、今となっては懐かしい。

「部活でレギュラーになれそう」とか、「新しい先生がカッコいい」とか、娘ははしゃぎながら話す。
母親は、どんなに疲れていてもきちんと応える。
ときどき他愛のないことでケンカもするが、夕方にはやはり「ただいま」と「おかえり」が明るい声で聞こえてくる。
素敵な親子だ。

しかしある日、隣の会話が聞こえなくなった。
耳を澄ましても、物音ひとつしない。
どうしたのだろう。旅行でも行ったのだろうか。
気になったが、隣に住んでいるだけで親しいわけではない。
訪ねてみるわけにはいかない。
一週間が過ぎた。カーテンは閉じたままだ。
きっと親戚の法事だ。前に暗い顔で歩いていたのを見かけたことがある。

しかし10日経っても隣の母娘は帰ってこなかった。
私はたまりかねて管理人に尋ねた。
「205号室の方を見かけないのですが、何かご存知ですか?」
「ああ、引っ越しましたよ」
「えっ、引っ越した?」
「ここだけの話ですけどね、部屋に盗聴器が仕掛けられていたんですよ。前のダンナが仕掛けたのかもしれないって、怖がってね。夜中にこっそり引っ越したんですよ。まるで夜逃げみたいにね」

ああ、そういうことか。
寂しいな。あの明るい「ただいま」「おかえり」を聞くことが唯一の楽しみだったのに。
盗聴器が仕掛けられていたなんて……。

どうしてバレたんだ?

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浦島太郎はなぜ? [名作パロディー]

「浦島太郎はなぜ玉手箱を開けてしまったのか」
今日は、このテーマで話し合いをします。
では、各グループに分かれて、話し合ってください。

Aグループ
「お腹が空いたんじゃない?」
「あー、わかる。玉手箱って、お弁当箱と似てるもんね」
「豪華な弁当って感じだな」
「あー、お腹空いちゃった。ねえ、遠足のお弁当って何がいい?」
「玉子焼きとウインナーは必須でしょ」
「のり巻きもいいな。中がお花になってるの」
「でもやっぱり、定番はアレでしょ」
「あー、アレね」


Bグループ
「捨てようと思ったんじゃない?」
「あー、ずっと持ち歩くの、邪魔そうだよね。でも何で開けるの?」
「中身確認しなきゃ。ちゃんと分別しないと、条例違反になるだろ」
「そうか。プラスチックかな?」
「あんな昔にプラスチックなんかないよ。木だよ」
「じゃあ燃えるゴミ?」
「でも、海の中で作られたんだから、違う物質かも」
「サンゴとか?」
「貴重だね。それ、捨てたらもったいないよ」
「じゃあ、アレだね」
「うん、アレしかないね」


Cグループ
「絶望だよ。きっと、ひどく絶望して開けてしまったんだ」
「絶望って、何に?」
「考えてみろよ。三百年後に行っちゃったんだぜ。親も知り合いもいないところに放り出されて、そりゃあ絶望だろう」
「そうかな。僕だったら三百年後に行けたらスゲー嬉しいけど」
「うん。ワクワクするよね」
「行くだけならいいさ。帰ってこれないんだぜ。それでもいいのか?」
「でもさ、三百年後なら、あるんじゃない、アレ」
「あー、あるある。絶対あるよ、アレ」
「アレって?」


Dグループ
「乙姫様が恋しくて開けたんだと思うわ」
「そうかな」
「そうよ。ひとりぼっちで寂しくて、愛しい人を思い出したのよ」
「でもさ、愛しい乙姫が絶対開けるなと言ったのに、開けちゃうんだ。それって、裏切り行為じゃない?」
「開けるなは、開けろっていう意味よ。好きなのに嫌いって言っちゃう男子みたいに」
「ああ、そういう芸人いたよね。押すな押すなは、押してくれってことでしょ」
「なにそれ?」
「知らないの? アレだよ、アレ」
「なに?」
「アレだよ」


さあ、みなさんまとまりましたか。では順番に、発表してください。

Aグループ 「からあげ!」
Bグループ 「ネットオークション!」
Cグループ 「タイムマシン!」
Dグループ 「ダチョウ倶楽部!」

?? いったい、どんな話し合いをしたらそうなるの?


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幕が上がると [公募]

幕が上がると、いつも母の姿を探した。

最初は幼稚園のお遊戯会だ。
私はピンクのドレスを着た花の精だった。その他大勢の中のひとりだった。
それでも母は大きな手拍子をして、私だけを見ていた。

小学校の合唱祭も、中学校の演奏会も、母は欠かさず来てくれた。
最前列を陣取って、上手く出来ても出来なくても、惜しみない拍手をくれた。
「藍子が一番可愛かった」「藍子が一番上手だった」「藍子の声が一番聞こえた」
絶対にそんなことはないのに、帰るといつも褒めてくれた。

父の記憶はあまりない。殆ど家にいなかったからだ。
たぶんよそに女の人がいたのだと思う。私が中学に上がる前に離婚して、私の顔も見ずに出て行った。父の記憶がない分、母の笑顔と拍手はいつでも鮮明に思い出せる。
心の中に「母」と書かれた特別な引き出しがあるのだ。どんなときでも引き出せる。

高校では演劇部に入った。舞台上の私を母に見て欲しい気持ちがあったのだと思う。
もちろん母は公演があるたび来てくれた。
どんな小さな役でも、セリフを忘れてカカシみたいに棒立ちになっても、やはり母は褒めた。
「藍子は大物ね。セリフを忘れてもちっとも焦ってなくて、度胸があるわ」
「焦ったよ。あんなに間があって。先輩が助けてくれなかったら本当に泣いてたから」
「いいじゃないの。その分スポットライトが長く当たってたわ。すごくきれいだった」
「やれやれ、お母さんは褒めるだけだから調子が狂っちゃう。演劇のこと、何も知らないんだから」
「そうね。でもいいのよ。私は藍子しか見ていないもの。藍子だけを見ているのよ」
私は、母を少し疎ましく感じていた。
だから三年生になって初めて主役を射止めても、母に公演の日程を教えなかった。

幕が上がっても母はいない。教えなかったのだから来るはずがない。
何だか寂しくて虚しくて、演技がぼろぼろだった。しかし家に帰ると、母が笑顔で言った。
「素敵だったわよ。藍子が主役だなんて、お母さんびっくりしちゃった」
「来てたの?」
「スーパーに張り紙があったから急いで行ったの。後ろの席だったけど、よく見えたわ」
「私、全然ダメだったよ」
「そんなことないわよ。最後のセリフ、すごく感動的だった。本当に素敵だったわ」
心地よかった。誰に言われるよりも嬉しかった。その夜私は、子供みたいに泣いた。

高校を卒業した私は、舞台女優を目指した。
大して才能があるわけではないけれど、舞台の上に立ちたかった。
もちろん名前のある役なんてもらえない。その他大勢、たまには人間以外の役だってやる。
アルバイトと練習でくたくたの毎日でも、私は舞台に立った。幕が上がって、母を探すために。

母はいつでもどこへでも来てくれた。床が抜けそうな古い小劇場や、テントを張った野外の公演。
母はいつでも変わらない笑顔と拍手をくれた。
結局芽が出ないまま、三十半ばで女優をやめた。
十歳年上の男と結婚したけれど上手くいかずに別れてしまった。
私の人生は一体何だったのだろうと、時々思う。

「そろそろお願いします」
スタッフの声に立ち上がって鏡を見た。今日の衣装は、古い着物ともんぺ姿。
戦後の日本、家に入ってきた泥棒を、戦死した息子と思い込んであれこれ世話を焼く母親の役だ。
食品工場で働きながら、町の小さな劇団に入ったのは二年前。
素人ばかりの集まりだから、すぐに主役に抜擢された。今日は老人ホームの慰労公演だ。

幕が上がると、最前列に母がいた。去年からこの施設でお世話になっている。
母はあの頃と同じように、笑顔で大きな拍手をしている。母が見ている。
私の動きの一つ一つを、私のセリフの一つ一つを、すっかり衰えた目と耳で必死に追いかけている。

劇が終わると、まっ先に母に駆け寄った。
「どうだった?」
「ええ、とても素敵だったわよ。あなた、女優さんだったんですってね。道理でお上手だわ。私の娘もね、女優なのよ。あのね、名前はね……」
焦点が合わない目で、母は私の名前を思い出そうとしている。
「藍子さん、カーテンコールだよ」
スタッフに呼ばれて舞台に戻った。母はいつまでも、惜しみない拍手を私にくれた。
それでいい。それだけが欲しくて、私は舞台に立つのだから。

*********

公募ガイドTO-BE小説工房の落選作です。
課題は「幕」でした。どうせなら、幕の内弁当ネタでも書けばよかった(笑)
TO-BEも残すところ1回になってしまいました。
最終回は、有終の美を飾れたらいいけど。。。

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キューピットのお仕事 [ファンタジー]

私はキューピットです。人間を結婚まで導くのが仕事です。
遠距離恋愛担当、略して「遠坦」です。
職場恋愛担当(職坦)や、婚活担当(婚坦)だったらもっとポイントが稼げるのにと、思うことは少なくありません。
だけど、やりがいはあります。
距離や寂しさに負けず頑張るカップルを応援するのは、とても有意義です。

今回のターゲットは、東北支社に異動になった中田ナオキ君と、本社勤務の大沢さおりさんの遠恋カップルを結婚させるのが仕事です。
本社の職坦キューピットから引き継ぎました。
この二人は、離れても順調に愛をはぐくみました。
毎日の電話、月に一度の逢瀬、2年の地方勤務の後、結婚させるのは難しくないと思っていました。
ところがそこに、突然現れた東北支社の新入社員、野村ヒカリ。
東京に彼女がいると知りながら、ナオキ君にグイグイ迫ります。
後ろに誰かいるなと思ったら、やはりいました。
フリーの職坦キューピット、点数稼ぎの嫌な奴です。
「職坦さん、私のターゲットの邪魔をしないで頂きたい」
「おや、これは遠坦さん、所詮人間は近くにいる人と結ばれるものだよ。悪いけどこのポイントは俺がもらう」
私はナオキ君に、さおりさんが如何に素晴らしい女性かを囁き続けました。
おかげでナオキ君は心変わりすることなく、愛を育みました。

しかし、職坦のやつは強硬手段に出たのです。
ヒカリが、ナオキ君と撮ったツーショット写真を、さおりさんの社内メールに送り付けたのです。『彼のことはお任せください』なんて強気のメッセージを添えて。
「職坦さん、やってくれましたね」
「やったのはヒカリだ。俺は耳元でちょいと囁いただけさ」
職坦め、汚い真似をしやがって。

ナオキ君はすっかり落ち込みました。
さおりさんが電話もメールも無視するからです。
「会いに行きましょう。会って誤解を解くのです」
一生懸命囁きましたが、彼は心を閉ざしています。
こうなったら、さおりさんの所へ飛ぶしかありません。

しかし、さおりさんの肩の上に、なんと職坦キューピットがいたのです。
「なあ、失恋は新しい恋で埋めるものだぜ。あの大学院出のエリート、あんたに気があるぜ。いっそ乗り換えたらどうだ」
こいつ、一度に2つのポイントを手に入れようとしてるな。負けるものか。
「さおりさん、ナオキ君に会いに行きましょう。会って話せば誤解だとわかります」
両側から囁かれて、さおりさんはパニックになりました。
「職坦さん、もうやめましょう。さおりさんが精神的に参ってしまいます」
「構うものか。俺はポイントさえ稼げればそれでいい」
「ダメです。そんなの誰も幸せになりません。時として見守ることも必要なのです」
私は強引に、職坦キューピットを天空に連れて行きました。
混乱を避けるために、しばらく人間界を離れることにしたのです。

その後、事態は急展開。
なんと、ヒカリが幼なじみの青年と電撃結婚したのです。
実は彼女は、初恋の彼を振り向かせるために、ナオキ君を利用したのです。
誤解が解けて、ナオキ君とさおりさんは元のさやに収まりました。
春には本社に戻れます。ようやく私の仕事が実を結びそうです。

職坦キューピットは落ち込んでいました。
「なあ遠坦さん、今回のことは、初坦キューピットの仕業だぜ。すっかりやられたな」
「初坦?」
「初恋成就担当。略して初坦だ。滅多に成功しない分、報酬はデカいらしいぜ」
「なるほど。私たち、初坦さんに振り回されていたんですね」

そこへ、初坦キューピットがやってきました。
「遠坦さん、職坦さん、こんにちは。この度はありがとう。おかげでポイントいっぱい稼げたわ」
初坦キューピットがにっこり微笑みました。
「初坦、女だったのか」
「か、かわいい……ですね」
職坦さんと私の間に火花が散りました。
負けませんよ。この恋、私が成就してみせます!

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不夜城 [ミステリー?]

「お客さん、終点ですよ」と肩を叩かれて飛び起きた。
終点だって? 
仕事を終えて最終電車に乗り込んで、珍しく座れたから眠ってしまった。
よほど疲れていたんだろう。何しろこのところ、毎日残業だ。

ホームに降りたのは私だけだ。
乗客もいなければ駅員もいない。無人駅か?
自動改札もなく、切符を入れる木箱が置いてある。今どき切符など持っていない。
仕方なく改札を抜けて外に出た。生暖かい風が不快だ。

何もない。店もなければタクシーもない。
始発まで駅のベンチで待つしかないと思ったとき、若い女が現れた。
「おじさん、乗り過ごしちゃったの?」
「ああ、そうなんだ。すっかり寝てしまって。この辺りに、泊まれるところはあるかな。ビジネスホテルかネットカフェ。朝までやってるバーでもいいけど」
女は、値踏みするように私を見た後「あるよ」と言って歩き出した。
スナックの女か? 現金は8千円ほどしかないが足りるだろうか。

女が立ち止まり、足元のマンホールの蓋を開けた。
「ここが入り口。おじさん痩せてるから入れるでしょ」
女はするすると降りていく。
「おじさん、早くおいでよ。蓋はちゃんと閉めてね」
どういうことだ。疑問符を脳みそ一杯に残したまま梯子を降りた。
どこからか、賑やかな声が聞こえてくる。こんな地下に店があるのか?
「おじさん、早く」と下で女が手招きをする。赤や黄色のネオンが女の顔を照らす。

たどり着いた私は思わず目を見張った。
何てことだ。マンホールの下に、繁華街が広がっている。
「好きなだけ遊んでいきなよ。ここは何でもあるよ。酒も女も麻薬も」
「いや、そんな金はないよ」
「平気だよ。闇金あるし、カジノもあるよ」
「勘弁してくれ。そういうものとは関わりたくない」
「つまんないの。じゃあね、おじさん。せいぜい真面目に遊んでいきなよ」
女は跳ねるように歩きながら、ネオン街に消えた。

歩いてみると、実に様々な店がある。
ファッションヘルスにキャバクラ、ソープランド。
しかもすべて現金払い。いつの時代だ?
私はこういう類の店には入ったことがない。仕事ばかりしていた。
地道に生きてきたのだ。今さら羽目を外したいとも思わない。

私は、一番落ち着けそうな居酒屋に入った。
「いらっしゃい。おや、新顔だね。乗り過ごしたクチかい?」
「ええ、まあ」
店主がメニューを広げてみせた。
「どの子にする?」
メニューには、若い女の写真が並んでいる。
「待ってくれ。俺は朝まで時間を潰せればそれでいい。そもそも金がない。現金は持ち歩かない主義なんだ」
「金なら貸すよ。取りあえず10万。トイチでどう?」
私は店を飛び出した。まともじゃない。この街は変だ。
酔っ払い同士のケンカ、クスリ漬けの女、我が物顔で歩くホストとキャバ嬢。
早く出よう。長居する場所ではない。
出口を探したが、見当たらない。同じところをぐるぐる回っているみたいだ。

私をここに連れて来た女を見つけた。
「おい、ここから出してくれ。そろそろ始発が出る頃だ」
女は振り返って言った。
「おじさん、朝は来ないよ。来る必要がないんだよ。だってここは不夜城だよ。夜でもこんなに明るいんだもん」
「出口はどこだ。帰らないと。あしたは大事な会議があるんだ」
「大丈夫よ。おじさん一人いなくなっても会社は困らないよ。そんなものよ」
女はにやりと笑って再びネオンに消えた。
こんなところで一生を過ごす? 仕事しかしてこなかった俺が?
「ねえ、遊ばない」と近づいてきた女に、力なく頷いた。
そして私は、深い闇に落ちていった。

***
「ああ、今日も終電だ」
疲れ果てた男が最終電車に乗り込んだ。運良く席が空いている。
「座れるなんてラッキーだ。明日の資料を確認しよう。その前に、少しだけ眠ろう。本当に少しだけ。少しだけ……」

「お客さん、終点ですよ」

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作文が書けません! [コメディー]

ああ、なんてことだ。
夏休みがもうすぐ終わるのに、作文の宿題が終わらない。
計画的に物事を進めることをモットーに生きて来たのに、11年間の人生で一番の不覚だ。
去年はおばあちゃんの家に行って、虫取りと川遊びという小学生男子ならではの視点を重視した作文で銀賞をもらった。
その前は初めての海外旅行で得た異文化との触れ合いを、子どもらしくまとめて金賞をもらった。
その前は……。まあいい。過去の栄冠に浸るのはこのくらいにしよう。

「お母さん、作文が書けません」
「まあ、珍しいわね。秀ちゃんが宿題のことでママに相談するなんて」
「お母さん、ママと呼んでいたのは6歳までです。秀ちゃんという呼び方も、いい加減やめてください。僕は秀一です」
「いいじゃない、どうだって。それで、どうして書けないの?」
「どこにも出かけていないからです。コロナで緊急事態宣言が出て、外出を自粛しているから、夏の想い出がないんです」
「そうか。田舎にも行けなかったしね。じゃあ、家での暮らしを書けばいいじゃないの。朝起きてから寝るまでのことを書けば?」
「お母さん、僕の日常は、判を押したように同じです。面白いことなんて何一つありません。そんなことを書いても、銅賞すらもらえませんよ」
「じゃあ、花火でもやる?」
「5年生の作文が花火ですか? 題材が弱くありませんか」
「じゃあ、バーベキューは?」
「お父さんが出張なのに、誰が肉を焼くんですか。お母さんが焼くといつも生焼けで全然おいしくないじゃないですか」
「じゃあ、それを作文に書けば? 恐怖の生焼け肉ってタイトルで」
「もういいよ」

ああ、母に相談した僕がバカだった。
母の脳内メーカーは、「韓国ドラマ」と「メルカリ」と「アンチエイジング」で成り立っている。
夏休みもあと二日か。参ったな。

その夜は、作文が気になってなかなか眠れなかった。
夜中にドアが開いて、母が部屋に入ってきた。
「秀ちゃん、起きて。何だかね、リビングで物音がするの。泥棒かも」
「ど、泥棒! それは僕ではなく、110番に電話をした方がいいですよ」
「ああ、そうだった。秀ちゃん、まだ小学生だったね。大人っぽいからつい頼っちゃった。じゃあ、警察に電話……はっ、スマホ、リビングだ!」
やれやれ。僕は災害用に用意したヘルメットをかぶり、誕生日にもらったけど一度も使っていない野球のバットを手に持った。
「秀ちゃん、気を付けてね」
階段をそろりと下りたら、キッチンに灯りがついていた。
大きな背中が、冷蔵庫をあさっている。母が耳元でささやいた。
「秀ちゃん、バット貸して。冷蔵庫には京都から取り寄せた超高級スイーツが入っているの。泥棒に食べられたら悔しくて一生眠れない。なかなか買えないのよ」
「危ないよ、お母さん。かなりの大男だ」
「平気よ。ママ、こう見えて合気道教室に3か月通ったことがあるの」
「3か月……」
母が僕からバットを取り上げて、泥棒めがけて振り上げた。

アハハハハハ
真夜中のリビングに、笑い声が響いている。
どういうことかというと、泥棒だと思った大きな背中は父だった。
出張が急遽取りやめになって、夜中に帰って来たのだ。
「ママはコントロールが悪いなあ。冷蔵庫叩いてどうするんだよ」
「パパが悪いのよ。帰って来るなら連絡してよ」
「ごめん、ごめん。ところでさあ、腹減ったんだけど何かない?」
「じゃあバーベキューやりましょう。ねえ秀ちゃん、これで作文書けるわね。タイトルは、真夜中のバーベキューよ」
「だからお父さん、お母さん、パパママの呼び方は、とうに卒業しています」
「いいから早く庭に集合して。パパ、バーベキューセット出してね。ママはお肉と野菜を用意するわね。秀ちゃんはお皿とコップ出してね」
「本当にやるんですか。近所迷惑になりませんか。お父さん、カラオケはやめましょう」

この夏僕が書いた作文「真夜中のバーベキューで通報された件」は、金賞をはるかに超えて市長賞をもらった。
やれやれ。

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人魚の娘 [ファンタジー]

八十吉さんは、人魚を助けたことがあるそうだ。
岩場にきれいな虹色のうろこが見えて、近づいたら人魚だったそうだ。
「まだ子どもの人魚でなあ。海に帰そうと思ったら腕に怪我をしてたんだ。それで手当てをして、しばらく家の生け簀で泳がせてたんだよ」
八十吉さんは80過ぎのおじいさんだ。この病院に入院して、2か月ほどになる。
ボケてるわけではないけれど、時々おかしなことを言ったりする。
「相手にしちゃダメよ」と婦長は言うけれど、私は八十吉さんの人魚の話が好きだった。だからこうして、婦長の目を盗んで八十吉さんの病室に来ている。

「八十吉さん、続き聞かせて」
「またあんたか。怖い婦長に叱られるぞ」
「いいの。休憩時間だもん。ねえ、怪我が治った人魚を海に帰した後、何があったの?」
「ああ、あの後な、そうだな、10年くらい経ったころだな。海で釣りをしていたら、あのときの人魚が海からぽっかり顔を出したのさ」
「人魚の恩返し?」
「いいや、ちがう。そんな話じゃねえ」


「おじさん、あたしのこと憶えてる?」
人魚は言った。すっかり大人になっていたけど、もちろんすぐにわかった。
「おじさんに、頼みがあるの」
「ほう、何だい?」
「あたし、子どもを産んだのよ」
「そうかい。そりゃあよかったな」
「よくないわ。見てよ、あたしの子ども」
人魚はそう言って、抱えていた子どもを岩場に寝かせた。
「かわいい女の子じゃないか」
そう言いながら「おや?」と思った。
赤ん坊には足がある。虹色のうろこはどこにもない。

「わかったでしょう。あたし、人間の子どもを産んじゃったの。これは罰なのよ」
「何の罰だ?」
「人間の世界に行ってはいけない掟を破った罰よ。あの日、おじさんに助けられたあたしは、怪我をして人間界で数日過ごした。それは許されないことなのよ」
「仕方ねえよ。怪我してたんだから」
「あたしもそう思ってた。実際10年間平穏無事だったし。だけどね、今頃になって重い罰を受けることになったの。それがこの子よ。人間は海の中では生きられない。だからあたしは、愛しいわが子と一緒に暮らすことは出来ないの。それが罰よ。とてもつらい罰だわ」
人魚は、真珠みたいきれいな涙をこぼした。
「だからね、おじさんがこの子を育てて。だってこれは、おじさんのせいでもあるんだから」
「いや、待ってくれ。俺は男やもめで子どもなんか育てた事ねえよ」
赤ん坊が激しく泣き出した。「おお、よしよし」と抱いてあやしているうちに、人魚は海に帰ってしまった。

途方に暮れた俺は、とりあえず赤ん坊を毛布にくるんで、近所に住む妹夫婦を訪ねた。
「ええ? 赤ん坊を育てて欲しい? どういうことよ。どこの女に産ませたのよ。お義姉さんが亡くなってずいぶん経つから、女の一人や二人いてもいいけどさ、赤ん坊を押し付けていなくなるなんて、どこの性悪女よ。本当に兄さんの子なの?」
妹はすっかり誤解していたけれど、人魚から預かったと話したところで信じるはずもないから黙っていた。
妹夫婦には子どもがいなかったから「仕方ないね」と言いながら、養女にして立派に育ててくれた。
かれこれ40年も前の話だ。


「へえ、意外な展開。じゃあ、その人魚の子どもは、今も元気なんですか」
「もうすっかり普通のおばさんだよ。人魚の娘だと言っても誰も信じないさ」
「会ってみたいなあ」
「そうか?」
そのとき病室のドアが開いて、婦長が入ってきた。
「あなた何やってるの。用もないのに患者の部屋に来るんじゃありません」
「すみません」
「伯父さんもいい加減にしてよ。血圧上がるわよ」
婦長は八十吉さんを軽く睨んで、カーテンを開けた。
えっ、伯父さん? もしかして婦長って……
「あの、婦長って……」
「なによ」
振り向いた婦長の足に、一瞬だけ虹色の模様が浮かび上がった。
八十吉さんが、小さく目配せをした。「ほらね」

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ビニールプールとスイカとビール [短編]

水しぶきを上げながら、3歳の香帆が全力で遊んでいる。
「子どもはいいなあ」と言いながら、隆一がホースで虹を作った。
芝生の上のビニールプール。
幼い笑い声が垣根を越えて空に響く。
これが幸せの縮図というものか。

「スイカ切ろうか?」
「おっ、いいねえ。夏だねえ」
いつも以上に隆一がはしゃいでいる。

「お迎え何時?」
スイカを食べながら、隆一が訊いた。
「遅くなると思う。たぶん香帆が寝てからじゃないかな」
「起こして連れて行くのか。可哀想だな」
「仕方ないわよ。あの子も色々あるのよ」

香帆は、妹の子どもだ。
妹の久美子はシングルマザーで、働きながら香帆を育てている。
たまに私たち夫婦に預けて遊びに行く。
子どもがいない私たちにとって、香帆は娘みたいな存在だ。

「久美ちゃん、遅くない?」
時計の針は、午後9時を回っている。
「電話しても出ないのよ。何かあったのかしら」
彼氏がいることは、何となく気づいていたから、多少のことは目をつむってきた。

久美子からようやく電話があったのは、11時だった。
「ごめん、お姉ちゃん。私今、新潟にいるの」
「新潟? どういうこと?」
「あのね、急に彼の両親に会うことになって……」
「えっ? あんた結婚するの?」
「前からプロポーズされてたんだけど、返事を先延ばしにしてて、彼が業を煮やして強硬手段に出た感じかな」
「何よそれ。香帆がいるのに勝手な男ね」
「じつは、子どもがいること、言ってないの。ついつい言いそびれて、そのままズルズル。彼ね、造り酒屋の御曹司で、すごくいい人なの。バツイチ子持ちの私が付き合えるような人じゃないのよ。ごめん、お姉ちゃん。私、ずるいよね」
久美子は、しばらく香帆を預かってほしいと言った。
辛そうな様子が、スマホ越しに伝わってきた。

隆一は「そうか」と言って、眠っている香帆の頬を優しく撫でた。
「久美ちゃんが結婚するなら、香帆をうちの養女にしてもいいかな」
「それ、私も考えた。香帆は今でも娘みたいなものだもんね」
私たちは、寝ることも忘れて幸せな妄想を語り合った。
幼稚園のお遊戯会、入学式、運動会、思春期、反抗期。
諦めていた子どもとの暮らしが、現実になろうとしている。

翌日、香帆は迎えが来なかったことを気にすることもなく牛乳を飲んでいた。
「ねえ香帆、おばちゃんの家、楽しい?」
「うん。お庭広いし、プールあるから大好き」
よかった。私は鼻歌を歌いながら、香帆のためにパンケーキを焼いた。

昼過ぎ、隆一が大きな荷物を抱えて帰ってきた。
「何それ?」
「ビニールプール。今のやつ、来年には小さくなっちゃうからさ、一回り大きいのを買ってきた」
「気が早いわ。あなたって親バカタイプだったのね」
「オヤバカ、オヤバカ」と香帆が笑う。なんて幸せな午後だろう。
だけど私たちの幸せな妄想は、その夜見事に崩れ去った。

久美子が香帆を迎えに来たのだ。造り酒屋の御曹司を連れて。
「思い切って話したら、彼が香帆を受け入れてくれたの。全然気にしないって言ってくれたの。すぐに迎えに行こうって言ってくれて。お姉ちゃん、2日間ありがとう」
満面の笑顔だ。香帆を捨てようとしたことなんてすっかり忘れている。
秋を待たずに新潟で、新しい暮らしを始めるという。
人見知りをしない香帆はすぐに御曹司に懐き、「バイバイ」と手を振って、あっさり帰った。

幸せそうな3人を見送って、私たちは肩を落として座り込んだ。
「どうするの? ビニールプール」
「スイカでも冷やすか。でっかい氷を入れてさ」
「それならビールも冷やそう」
「おっ、いいねえ」
残暑は続く。幸せな風景を、ふたりで作っていくのも悪くない。


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真夜中の仁義なき闘い? [コメディー]

おじゃましま~す。
入るなと言われても入りますよ~。
何しろこっちも命がかかっていますからね。

わあ、この人間、丸々太っておいしそう。
足もお腹もぷにぷにだ。
いただきま~す。
ブチ、チュー
あんまり健康的な血液じゃないな。
でもまあ、腹は満たされた。

「カール、助けて」
「レベッカ!フラフラじゃないか。どうしたんだ」
「人間にやられたわ。隣の部屋の女よ。いきなり両手でバチンですもの。身も蓋もないわ。まあ、すんでのところで逃げたけど」
「ひどいな。俺たち、人間よりずっと短い命なのに」
「本当よ。ワクチン注射は進んでするくせに」
「とりあえず栄養補給だ。この男の血を吸え。腕なんかどうだ?」
「ありがとうカール。やさしいのね」
「ボーフラの頃からの付き合いじゃないか」
「じゃあ遠慮なくいただきます」
「うわ、まぶた。そこ行く? 人間が一番嫌がるところだ。さすがレベッカ、エグイな」
「性格の悪さはボーフラ時代からお墨付きよ」

レベッカ、両手で叩かれても死なないとか、まるでゾンビだな。
さて、腹も満たされたし、おいとまするか。
「カール、大変よ。女が蚊取り線香を持って来たわ」
「さすがのレベッカも蚊取り線香には勝てないな。早く出ようぜ」

「ゴホ、ゴホ」
あっ、男が起きた。あんなに爆睡してたのに。
「煙いな。嫌いなんだよ、蚊取り線香。消してくれよ」
「だって蚊がいるのよ。電気付けるわよ」
パチ
「まぶしいよ~」
「キャー!化け物! あっちに行って!」
「なんだよ~。枕投げるなよ~」
レベッカに刺されたまぶたが腫れて、男の顔がお岩さんみたいだ。
ふたりが揉めているうちに、外に出よう。

「レベッカ、栄養もたくさん取ったし、丈夫な子を産んでくれよ」
「ええ、カール。今日もステキな熱帯夜ね」

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廃墟潜入リポート [ホラー]

ハルタが真夜中の廃墟に潜入して、戻らかった。電話も繋がらない。
昔病院だったというその廃墟は、近所では有名な心霊スポットだ。
「本当に出るから、1人で行ってはいけない」と言われていた。
彼はユーチューバーだ。
「無謀なことに挑戦しなきゃ意味ないっしょ」と言いながら、スマホひとつ持って出かけて行った。
登録者数を増やして、就職を迫る父親に認めて欲しかったのだ。

翌日心配になって友達数人と廃墟に行った。昼間でも気味が悪い。
名前を呼びながら捜し歩いたけれど、どこにもいない。
「ハルタ、他に女がいるんじゃない?」
「そうそう、いいのが撮れてテンション上がって、女でもひっかけたか?」
「やめてよ。ハルタはそんな人じゃないわ。せっかく撮った動画をアップしてないのも変だし、絶対何かあったのよ」
「じゃあ逆に、何にも撮れなくて落ち込んで」
「飲み屋の女と……?」
「だからやめてってば」

私は、面白半分でついてきた友達を帰して、ひとりで捜すことにした。
蜘蛛の巣だらけの廊下の先に、手術室があった。見ていないのはこの部屋だけだ。
「ハルタ、いないの?」
部屋に足を踏み入れたとき、スマホのお知らせ音が鳴った。
『ハルゾウチャンネル』の配信を知らせるものだった。
それはハルタのユーチューブチャンネルだ。
なんだ。ハルタ帰ってるんだ。よかった。
それならどうして電話に出ないのかと、少しムカついたけど無事が分かってホッとした。
私はその場にしゃがみこんで、ハルタの動画を見た。

『ハルゾウでーす。今日はなんと、地元で有名な心霊スポットに来ています。この場所ね、1人で来ちゃいけないって言われてるんですよ。今どき1人で行けない場所なんてあります? キャンプもひとりでする時代ですよ』
軽快なトークと共に、部屋を映して行く。
『なんか、何もないですね。人体模型とかあると盛り上がるんだけどな。あっ、あれは学校か。学校の理科室だな。ここは病院だから霊安室とかヤバそうだな。真っ暗で、どこがどの部屋かわかんないけど』
突然、カメラが切り替わった。ハルタを背後から撮影している。

どういうこと? カメラマンがもうひとりいたの?
ハルタは、自分が撮られていることにまるで気づいていない様子で、自分のスマホに向かってリポートを続けている。
次の瞬間、壁から無数の手が伸びて、ハルタに絡みついた。
無数の手は、ハルタの足を、腕を、髪を容赦なく掴んで闇に引きずり込んだ。
「わあ、なんだこれ。わあ、た、たすけて」
悲鳴を上げて引きずられるハルタのアップで動画が終わった。

なにこれ? 演出? 本格的だ。こんなすごい動画が撮れる人だったの?
再生数がぐんぐん上がる。コメント欄も大変なことになっている。
ハルタ、すごいね。登録者数も一気に増えるね。

帰ろうと立ち上がって、ふと気づいた。
この部屋、ハルタが最後に撮った部屋だ。
どこからか伸びてきた手が足に絡みついて、私はそのまま動けなくなった。


「ハルゾウチャンネル見た?」
「見た見た。めっちゃ怖いよね」
「次の配信楽しみだな~」
「さっきアップされてたよ。今度は女の人だった」
「ハルゾウの彼女なんでしょ。叫び声、めっちゃリアルだったよ」
「噂なんだけど、あの動画の後、ふたりとも行方不明なんだって」
「ありがち!都市伝説かよ」

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