下を向いて歩こう [短編]
上を向いて歩こう…とみんなが言う中、僕は母に「下を向いて歩け」と教わった。
「下を向いて歩きなよ。ほら、よーく見なさい」
それは、盛大に花見が行われた翌日の早朝だった。
母と僕は、ゴミ拾いに参加しながら、落ちているお金を拾っていた。
「露天商が店を出していた辺りをよくごらん。たくさん落ちているからね。草の間もよく見るんだよ」
言われた通り、下を向いて歩くと、草むらに光るコインを見つけた。
「母さん、500円だよ」
「ほう、おまえはたいした子供だね。素質があるよ」
母に褒められると、僕も嬉しかった。
母は、千円札を2枚拾った。10円などの小銭を合わせると、収穫は3千円を超えた。
僕たちはいつもより豪華な夕食を食べた。
うちには父はいない。去年出稼ぎに行ったきり帰ってこないのだ。
スーパーで働く母の収入で、僕たちは暮らしていた。
「ねえ母さん、うちが貧乏だからお金を拾うの?」
「ちがうよ、バカだね。どんな金持ちだって、金が落ちてたら拾うさ」
「そうなの?」
「そうだよ」
僕はそれを聞いて安心した。それからも、僕は下を向いて歩いた。
そしてお金が落ちていたら拾った。それは、当たり前のことなんだ。
僕は一生懸命勉強をして、奨学金で大学に行った。
一流企業に就職し、真面目な仕事ぶりを評価され、社長の娘と結婚した。
やっといい暮らしが出来るのに、母は苦労が祟って病気になり、亡くなってしまった。
母は死ぬ直前まで、花見のゴミ拾い(金拾い)を続けた。
僕は、相変わらず下を向いて歩いた。そしてお金が落ちていたら拾った。
「あなた、次期社長なんだから、そんなみっともないことはやめて」
妻に言われた。
「みっともない?君はお金が落ちていても拾わないのか?」
「子供のころは拾ったわよ」
「ほら、拾うじゃないか」
「だけど私は交番に届けたわ」
「交番に届けた?なぜ?」
「だって、自分のお金じゃないでしょう。それは落とした誰かのお金よ。自分の物にしたら、それは泥棒よ。私はそう教わったわ」
泥棒だって?僕はいままで泥棒をしていたのか?
愕然とした。
僕は翌日交番へ行った。
「僕は拾った金を自分の物にしていました。僕は泥棒です」
お巡りさんは困った顔をして、「いくら拾ったんですか?」と聞いた。
「20年間で、5000円、いや、それ以上かも」
お巡りさんは笑いながら、
「もう時効ですよ」と優しく言った。
「しかし、それでは気が済まない」
「それでしたら、義援金として寄付したらいかがですか?地震で困っている方がたくさんいますよ」
「そうか。寄付か。思いつかなかった」
お巡りさんに言われて、僕は貯金の中から出来る限りの寄付をした。
それだけでは足りず、被災地に行ってボランティアをした。
「そこまでしなくても」と妻は呆れたけれど、従業員は僕の行動を高く評価した。
あの人が社長になるなら我が社も安泰だ…と。
被災地で食事を配っていた時だった。
「ありがとう」と礼を言って、汁物をもらった初老の男をみて、僕は驚いた。
それは、20年前に僕らを捨てた父親だった。
「父さん?」と言うと、父はひどく狼狽した。
僕たちは少し離れたところで話をした。
母が死んだことを告げると、父は汁物を持ったまま泣き崩れた。すまない、すまない、と何度も謝った。
その姿が何だか滑稽に見えて、僕は「もう時効だよ」と、あのお巡りさんの言葉をまねた。
父は深く頭を下げた。そして草むらに何かを見つけて拾った。
父は、にかっと笑うと僕の手に拾った物を握らせた。
「父親らしいことは何もできなかったから、小遣いだ」
それは、土で汚れた百円玉だった。
僕はこの百円を、交番には届けない。
この百円が、僕と父と、そして母とを繋ぐ宝物のように見えたからだ。
僕はそれをぎゅっと握った。
それから僕は、下を向いて歩くのをやめた。
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「下を向いて歩きなよ。ほら、よーく見なさい」
それは、盛大に花見が行われた翌日の早朝だった。
母と僕は、ゴミ拾いに参加しながら、落ちているお金を拾っていた。
「露天商が店を出していた辺りをよくごらん。たくさん落ちているからね。草の間もよく見るんだよ」
言われた通り、下を向いて歩くと、草むらに光るコインを見つけた。
「母さん、500円だよ」
「ほう、おまえはたいした子供だね。素質があるよ」
母に褒められると、僕も嬉しかった。
母は、千円札を2枚拾った。10円などの小銭を合わせると、収穫は3千円を超えた。
僕たちはいつもより豪華な夕食を食べた。
うちには父はいない。去年出稼ぎに行ったきり帰ってこないのだ。
スーパーで働く母の収入で、僕たちは暮らしていた。
「ねえ母さん、うちが貧乏だからお金を拾うの?」
「ちがうよ、バカだね。どんな金持ちだって、金が落ちてたら拾うさ」
「そうなの?」
「そうだよ」
僕はそれを聞いて安心した。それからも、僕は下を向いて歩いた。
そしてお金が落ちていたら拾った。それは、当たり前のことなんだ。
僕は一生懸命勉強をして、奨学金で大学に行った。
一流企業に就職し、真面目な仕事ぶりを評価され、社長の娘と結婚した。
やっといい暮らしが出来るのに、母は苦労が祟って病気になり、亡くなってしまった。
母は死ぬ直前まで、花見のゴミ拾い(金拾い)を続けた。
僕は、相変わらず下を向いて歩いた。そしてお金が落ちていたら拾った。
「あなた、次期社長なんだから、そんなみっともないことはやめて」
妻に言われた。
「みっともない?君はお金が落ちていても拾わないのか?」
「子供のころは拾ったわよ」
「ほら、拾うじゃないか」
「だけど私は交番に届けたわ」
「交番に届けた?なぜ?」
「だって、自分のお金じゃないでしょう。それは落とした誰かのお金よ。自分の物にしたら、それは泥棒よ。私はそう教わったわ」
泥棒だって?僕はいままで泥棒をしていたのか?
愕然とした。
僕は翌日交番へ行った。
「僕は拾った金を自分の物にしていました。僕は泥棒です」
お巡りさんは困った顔をして、「いくら拾ったんですか?」と聞いた。
「20年間で、5000円、いや、それ以上かも」
お巡りさんは笑いながら、
「もう時効ですよ」と優しく言った。
「しかし、それでは気が済まない」
「それでしたら、義援金として寄付したらいかがですか?地震で困っている方がたくさんいますよ」
「そうか。寄付か。思いつかなかった」
お巡りさんに言われて、僕は貯金の中から出来る限りの寄付をした。
それだけでは足りず、被災地に行ってボランティアをした。
「そこまでしなくても」と妻は呆れたけれど、従業員は僕の行動を高く評価した。
あの人が社長になるなら我が社も安泰だ…と。
被災地で食事を配っていた時だった。
「ありがとう」と礼を言って、汁物をもらった初老の男をみて、僕は驚いた。
それは、20年前に僕らを捨てた父親だった。
「父さん?」と言うと、父はひどく狼狽した。
僕たちは少し離れたところで話をした。
母が死んだことを告げると、父は汁物を持ったまま泣き崩れた。すまない、すまない、と何度も謝った。
その姿が何だか滑稽に見えて、僕は「もう時効だよ」と、あのお巡りさんの言葉をまねた。
父は深く頭を下げた。そして草むらに何かを見つけて拾った。
父は、にかっと笑うと僕の手に拾った物を握らせた。
「父親らしいことは何もできなかったから、小遣いだ」
それは、土で汚れた百円玉だった。
僕はこの百円を、交番には届けない。
この百円が、僕と父と、そして母とを繋ぐ宝物のように見えたからだ。
僕はそれをぎゅっと握った。
それから僕は、下を向いて歩くのをやめた。
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2011-04-06 19:19
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コメント(16)
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タイムリーで、しかもよく出来た良いお話ですね。
なんだか読後、ふと実話かな?と思わせるあたり、「一杯のかけそば」を思い出したりしてしまいました。
どこかの企業の社長の半生期の一部みたいな?
by 海野久実 (2011-04-06 19:42)
上を向いて歩こう♪
の逆を行ってるのがシャレてますね!
最初のお金を拾うくだり、がばいばあちゃんっぽくて面白かったです。
ボクはよく小銭を拾う夢を見ます。
雨上がりの水たまりに手を突っ込むと硬貨がザクザク出てくるんです。
夢中になってウハウハ拾い続けます。
なんかすごく幸せなんです。
下向きな人生なんでしょうかね~(笑)
by 矢菱虎犇 (2011-04-07 00:57)
いい話ですね。感動しました。
僕、母、お巡りさん、妻、お父さん、これだけの短い話に、5人も登場人物が出てきますが、まったくわずらわしくありません。まずい書き手ですと、登場人物が多すぎると、まとまりがなくなるものですが、実に、感動的にすっきりとまとまっていました。見事です。さすがです。
by 雫石鉄也 (2011-04-07 09:45)
どんなに金持ちでも金が落ちてりゃ拾う
ってのが、ストイックでいいですねえ。
お菓子を床に落としても3秒以内だったら
なぜか安全。
ボランティアって偉いなあ。
だけど、偉いって思われたらダメなんですよね。
by ヴァッキーノ (2011-04-07 14:34)
いろいろと考えてしまいました。
金の亡者が出てこなくてよかった。
りんさん すごいなぁ。
by もぐら (2011-04-07 16:35)
感動のお話ですね。さすがにりんさんだとうなずくばかりです。
私も昔は、よくお金拾いました。雪解け後の道には結構落ちていました。
でも、世の中せちがなくなったのか、お金落ちてないですね。
雪解け後の路肩には車からのポイ捨てゴミが。。。
ゴミのポイ捨て厳禁の看板の下に沢山あるんです。困ったものです。
by haru (2011-04-07 17:57)
素晴らしいです。
なんだか、とてもとても長い物語のような重厚で
中身の詰まった作品じゃないですか。それなのにこの
ショートショートにまとめるなんて素晴らしい。
自分もこういう中身のある短い文章にまとめる才能が欲しいです…(笑
自分はふらふらと周りばかり、下もむかず上もむかず歩いていたので
…これを幸せと呼ぶべきか…たまには周りだけでなく上の方を見て
あるいてみますか。桜が綺麗ですし
by hiro1468 (2011-04-08 14:13)
ご無沙汰してしまいました。。。
いろいろご心配おかけしてすみませんでした。
ようやく、読みにこれました!!!
リンさんの作品をまとめ読みさせていただき。。。
もう、やっぱりすごいわ♪
と叫んじゃいましたよ。
このお話も良く出来ていますね。
この短さで、ちゃんとまとまっていて
主人公の気持ちもよく伝わってくる
それでいて。。。必要以上の重苦しさもない。
いいですね。。。やっぱりリンさんです。
楽しませていただきました。ありがとっ♪ (^^)v
by 春待ち りこ (2011-04-10 16:55)
<海野久実さん>
ありがとうございます。
「1杯のかけそば」ですか(笑)
実話と言えば、祭りの翌日とか、本当にお金落ちてるらしいですよ。
私もゴミ拾いに行ったことがあるけど、ゴミしか落ちてませんでした^^;
by リンさん (2011-04-10 20:52)
<矢菱さん>
ありがとうございます。
お金を拾う夢を見るんですか。
夢なのに幸せな気分になれるなんて安上がりでいいですね(笑)
私は洗濯機の排水溝を掃除すると、必ずお金が入っています。
昨日は250円ありましたよ。
by リンさん (2011-04-10 20:55)
<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
すごく嬉しいです。
長い人生を短くまとめるのは難しいですね。
すっきりまとまっていると言っていただけて嬉しいです。
by リンさん (2011-04-10 21:14)
<ヴァッキーノさん>
うちの近所に金持ちの子供がいますが、自動販売機の下を探ってい金を拾ったりするんです。
金持ちでも、お金拾うみたいですよ。
3秒ルールですか?あれって関係ないらしいですよ(笑)
by リンさん (2011-04-10 21:17)
<もぐらさん>
金の亡者が出ると、違った話になりそうですね。
小金に喜ぶ庶民の話でした^^
by リンさん (2011-04-10 21:20)
<haruさん>
ありがとうございます。
そうか…雪の中にお金落としたら拾えないんですね。
ケイタイとか落としたら大変だろうな。
「お金落としてもゴミは落とすな」って看板つけるといいですね^^
by リンさん (2011-04-10 21:25)
<hiroさん>
ありがとうございます。
才能だなんて、恥ずかしいです。。。
桜が満開ですね。
私も上を向いて歩きます。
by リンさん (2011-04-10 21:27)
<りこさん>
落ち着いたようですね。
よかったです。
読んでくれてありがとう。
私のコメディとかを読んで、りこさんの気持ちが少しでも楽になれば嬉しいです。
by リンさん (2011-04-10 21:31)