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イタリアンナイト [男と女ストーリー]

 今にも消えそうなぼんやりした月の夜。男とふたりでイタリアンレストランにいる。
さっき知り合ったばかりの男だ。橋の上で声をかけられた。
誰にでもついて行く軽い女と思わないで欲しい。声をかけられたのは久しぶりだし、割と好みのタイプだったし、何より、帰りたくなかったからだ。

「…ずわい蟹のクリームパスタとシーザーサラダ、あとワインをボトルで。あ、君も飲むよね」と男が聞いたので私は頷いた。
「じゃあ、グラスふたつね」
女性店員は、「はあ」と生返事をして、落ち着かない様子で私たちを交互に見た。
「感じ悪いな。あの店員」
店員が下がると、男が小さな声で囁いた。
「早く帰りたいんでしょ。私たちが最後の客だから」

店員は、ワインや食事を持ってくるたび怪訝な顔で私たちを見た。男はいちいち気にしたけれど、私はどうでもよかったから、運ばれたワインを一気に飲んでみた。
「すごいね。酒強いんだね」
「ええ。前はあまり飲めなかったけど、飲めるようになったわ」
「いいね。酒飲みの女って好きなんだ」

私がパスタとサラダを食べてる時に、男が自己紹介のようなことをしていたけれど、正直そんなものはどうでもいい。
「ねえ、ピザとラザニアも頼んでくれる?あとクリームブリュレとティラミスとシナモンティ」
「え?そんなに食べて大丈夫?」
「ええ。いくらでも食べられるわ」
「へえ、大酒飲みで大食いな美人か。ますますいいね」

店員はふたり。私たちを見てヒソヒソ話をしている。どうでもいい。
パスタもピザもラザニアも、美味しいはずのデザートも私の胃袋を満足させることはなかった。

最後のワインを飲み干すころ、男が待っていたように切り出した。
「これからどうする?」
ほらきた、と私は男をじっと見た。
「俺のマンションに来ないか?」
その言葉を私は待っていた。
「いいわよ。だけど私、居心地が良かったら住みついちゃうかもよ」
「いいよ。好きなだけ居ていいよ。君とは気が合いそうだ」
「じゃあ、決まりね」
私たちは席を立った。

男が会計を済ませるあいだ、外で待った。月はすっかり隠れてしまって星もない。何だかミステリアスな夜だ。カランと音を立てて男が出てきた。
「やっぱり、ここの店員変だよ」
「どうして?」
「真面目な顔でさ、どういうトリックですかって聞くんだよ」
「トリック?」
「そう。君が平気な顔であんまり食べるから、不思議に思ったんじゃない?全く意味不明。変な店だよ」
男は笑いながら私の腰に手を回した。
「冷えてるね。寒いかい?」
「平気よ。ちょっと体温が低いだけ」
「へえ、大酒飲みで大食いで低体温か。よくわからないけど、なんかいいね」

男は、タクシーを拾おうと大通りに向かった。この時間だと、車は殆ど走っていない。静かな夜だ。
男が、不意に外灯の下で振り向いた。
「どうかした?」
「いや…、君の…靴音が聞こえないんだけど」
男は私の足元を見た。顔色がみるみる変わる。
「君の…影が…ない」
ああ、ばれてしまった。「えへ」と笑ってみたけれど、男の表情は硬いまま青ざめている。
「君は、もしかして」
「ばれちゃったなら仕方ないわ。そうよ、私は幽霊よ。たぶん、あなたにしか見えてないわ。この世に未練がたくさんあるから帰ってきちゃったの。ねえ、あなたの部屋に住みついていいんでしょう。早く行きましょうよ。私、あの世には帰りたくないの」
甘えた声を出してみたけどダメだった。男は真っ暗な歩道を全速力で走り去った。マヌケな叫び声まであげて。

ああ…、もう少しだったのに。仕方ない。次を探しましょう。

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****

これは、公募ガイドの「小説虎の穴」に応募してボツだったものです。
テーマは「実は私は」…自分の正体を明かす小説です。
優秀作品は、確かに面白かったです。私はまだまだですね^^
次回がんばりまっす!

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コメント 10

海野久実

タイトルからしてしゃれてますね。
アラビアンナイトのもじりですか?

よく出来た作品ですね。
>何より、帰りたくなかったからだ。
と言うさりげない伏線。
レストランの店員の態度でうすうす結末がわかってしまいましたが、それは僕がどういうオチなんだろうと構えて読んでいるからで、普通に読めばこのどんでん返しはいい感じだと思います。

なんか人のいい幽霊ですね。
本人の了解の上でないと住みつけないなんて。
by 海野久実 (2012-05-16 18:41) 

矢菱虎犇

大酒飲んで、うまいもん食って、いい男と暮らそうなんて、物欲まみれの幽霊ってのが笑えます。ボクは物欲にまみれて生きているので、まだまだ成仏できません。ヒュ~ドロドロ~
by 矢菱虎犇 (2012-05-17 03:47) 

haru

幽霊になってもあの世にはいけずこの世にとどまっているのですね。
橋の上に佇むイイ女には、気をつけなくてはいけませんね。
でも、この世の女達よりよっぽど可愛いのにね。
by haru (2012-05-17 09:20) 

リンさん

<海野久実さん>
いつもタイトルで悩むんですよ。
先にタイトルを思いついて、そこから話を書くこともあるんですけど、これはけっこう考えました。
アラビアンナイトのもじりです^^

レストランの店員の態度は難しいですよね。
何かあると思わせたいけど、幽霊だとは気づかれたくない…みたいな。
この辺は本当に難しいですね。
by リンさん (2012-05-18 17:41) 

リンさん

<矢菱さん>
この人は生前は欲のない人だったかもしれませんね~^^
それでやり残したことがたくさんあった。
悔いのない人生を送りましょう(笑)
by リンさん (2012-05-18 17:43) 

リンさん

<haruさん>
橋の上の女は、きっとすごく妖艶だったのでしょうね~。
見えちゃったんだから仕方ないですよね。
私は霊感ないから、イケメン幽霊も見えません(笑)
by リンさん (2012-05-18 17:45) 

ヴァッキーノ

矢菱さんのとこのお話しにもありましたけど
やっぱ、女を誘ったりするときは、タクシーで
送るんですね。
ボクは、そんなに遠くまで飲みに行かないので
徒歩ですよ。
あ、徒歩じゃダメなのか?
そうか。
とほほ。
by ヴァッキーノ (2012-05-20 18:23) 

かよ湖

前回は完璧に騙されたので、今回は(なぜか)注意深く読んでいました。
絶対に「私」には何かある!と思ったのですが、やっぱり騙されてしまいました。また降参!です。
ところで、公募ガイドの「虎の穴」の最優秀賞を読みましたが、私はリンさんの作品の方が圧倒的にイイと思います。お世辞とかではなくて、本当に。(逆に佳作の皆さんの作品も読みたいと思ってしまいました。)「虎の穴」は選者が1人なので、趣味もあるのだと思います。深い男女ものより、爽やかな初恋系の作品の方が確立がいいのかな?と最近は思っています。
by かよ湖 (2012-05-21 00:01) 

リンさん

<ヴァッキーノさん>
徒歩でも大丈夫ですよ~。
夜の街を歩くのって、結構好きだから私はまるで気にしませんよ~。
あ、でももっと若い子がいいですよね。
失礼しました~^^
by リンさん (2012-05-21 18:28) 

リンさん

<かよ湖さん>
ありがとうございます。
かよ湖さんに褒めていただけると、ホントに自信がつきます。

確かに選者の好みってあるかもしれませんね。
創作童話にも何度か送りましたが、こちらも佳作どまり。
こちらは「私の好みがかなり入っています」と、はっきり書いています。
でも、最優秀作品は、私は面白いと思いました。
by リンさん (2012-05-21 18:34) 

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