金環日食の朝に… [ファンタジー]
2012年5月21日。待ちに待った金環日食だ。
「ねえ、見ないの?」と彼に声をかけたけれど、仕事で疲れているのか全く起きない。
彼と暮らし始めて2か月になる。
一緒に日食を見られると思ったけど、仕方がない。
彼は旅行会社に勤めていて、ツアーで半分はいないし、時差ボケもひどい。
寝かせてあげよう…と彼の髪をくしゃっと撫でた。
テレビは朝から、日食の話題で持ちきりだ。
鹿児島、和歌山、東京をつなぎ、リレーしながらの生中継。
人がたくさん集まっている。お祭りみたいだ。
テレビ画面を興味深く見ていた私は、ある違和感に気づいた。
あれ…?
それぞれの場所に、同じ男がいる。
グラスで顔は隠れているけど、同じ髪型、同じ服、同じ靴だ。
鹿児島、和歌山、東京…画面が移るたびに、そこにいた。
ふたたび画面が戻ると、男は消えていた。
だから、私の思い違いかもしれない。だけど確かに、私は見たのだ。
同じ髪型、同じ服、同じ靴の男。偶然とは思えない。
不思議に思いながらも、私は外に出た。
東京の日食が終わったら、次はここだ。私の町で日食が始まる。
近くの草原は、絶好の観測スポットだ。
周りに建物はないし、人もいない。
日食グラスをかけて、空を見た。
真っ黒な月が太陽に重なり、神秘的な金色のリングを作った。
「なんてきれい…」
ため息まじりにつぶやくと、「ホントにいいね」と後ろから彼の声がした。
「なんだ。やっぱり見に来たのね」
と振り向くと、そこにいたのは彼ではなかった。
いや、確かに彼なんだけど、彼ではない。彼そっくりの男が立っていた。
その男は、さっきテレビの画面に映っていた男だった。
同じ髪型、同じ服、同じ靴で、鹿児島や和歌山や東京にいた男。
「あなた誰?」
男はグラスを外した。やっぱり彼にそっくりだ。
「驚かせてすみません」と男は私をじっと見た。
「2012年の日食が見たくて、未来から来たんです」
「未来から?」
「ええ。だけど欲張りすぎました。スケジュールがきつかったな。鹿児島、和歌山、東京、それぞれの日食は素晴らしかったけど、最後に立ち寄ったこの町がいちばんよかったな」
「どうやって移動を?」
「瞬間移動ですよ。ああ、それにしてもこの時代は素晴らしい」
男は時計を見た。
「残念ですが時間です。もう帰らないと」
彼そっくりの顔で笑った男は、さよならと言って消えた。
きつねにつままれたような気分で男を見送って、ふと思った。
彼にそっくりの未来人。もしかしたら、彼の子孫かもしれない。
もしも彼と私が結婚したら、私の子孫になる。
不思議だけど、何となく納得してしまった。素敵な朝だもの。こんなことがあってもいい。
日食騒ぎがすっかり落ち着いた頃、彼がようやく起きてきた。
私はさっきの未来人の話を彼に伝えた。
「不思議なの。あなたにそっくりだったのよ」
彼は、自分で入れたコーヒーを苦そうに飲んで、フッと笑った。
「信じてないのね」
「信じてるよ」
「本当?」
「うん。だって、その男は僕だから」
彼の言葉の意味が、一瞬わからなかった。
「君が会った男は、2120年の僕なんだ」
「…どういうこと?」
「未来の僕は、2012年の金環日食が見たくてタイムツアーに申し込んだんだ。そこで君と出会って、恋をした。未来に帰っても君が忘れられなくて、過去永住権を取得したんだ。そして君を探して、今ここにいる」
「嘘でしょう?」
「本当だよ。今日は未来の僕が来る日だから、日食が終わるまで外出を控えたんだ。万が一会ってしまったら厄介だからね」
「驚いた…じゃあ、私たちの未来を、あなたは知っているの?」
「いや、未来は変わるからね。たとえば、僕は今から君にプロポーズをする」
そう言って彼は、金色に輝くリングを出した。
「イエスでもノーでも、未来は君次第だ」
私はリングを受け取って窓辺で空にかざした。
永遠に消えない私のリング。答えはイエスだ。
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「ねえ、見ないの?」と彼に声をかけたけれど、仕事で疲れているのか全く起きない。
彼と暮らし始めて2か月になる。
一緒に日食を見られると思ったけど、仕方がない。
彼は旅行会社に勤めていて、ツアーで半分はいないし、時差ボケもひどい。
寝かせてあげよう…と彼の髪をくしゃっと撫でた。
テレビは朝から、日食の話題で持ちきりだ。
鹿児島、和歌山、東京をつなぎ、リレーしながらの生中継。
人がたくさん集まっている。お祭りみたいだ。
テレビ画面を興味深く見ていた私は、ある違和感に気づいた。
あれ…?
それぞれの場所に、同じ男がいる。
グラスで顔は隠れているけど、同じ髪型、同じ服、同じ靴だ。
鹿児島、和歌山、東京…画面が移るたびに、そこにいた。
ふたたび画面が戻ると、男は消えていた。
だから、私の思い違いかもしれない。だけど確かに、私は見たのだ。
同じ髪型、同じ服、同じ靴の男。偶然とは思えない。
不思議に思いながらも、私は外に出た。
東京の日食が終わったら、次はここだ。私の町で日食が始まる。
近くの草原は、絶好の観測スポットだ。
周りに建物はないし、人もいない。
日食グラスをかけて、空を見た。
真っ黒な月が太陽に重なり、神秘的な金色のリングを作った。
「なんてきれい…」
ため息まじりにつぶやくと、「ホントにいいね」と後ろから彼の声がした。
「なんだ。やっぱり見に来たのね」
と振り向くと、そこにいたのは彼ではなかった。
いや、確かに彼なんだけど、彼ではない。彼そっくりの男が立っていた。
その男は、さっきテレビの画面に映っていた男だった。
同じ髪型、同じ服、同じ靴で、鹿児島や和歌山や東京にいた男。
「あなた誰?」
男はグラスを外した。やっぱり彼にそっくりだ。
「驚かせてすみません」と男は私をじっと見た。
「2012年の日食が見たくて、未来から来たんです」
「未来から?」
「ええ。だけど欲張りすぎました。スケジュールがきつかったな。鹿児島、和歌山、東京、それぞれの日食は素晴らしかったけど、最後に立ち寄ったこの町がいちばんよかったな」
「どうやって移動を?」
「瞬間移動ですよ。ああ、それにしてもこの時代は素晴らしい」
男は時計を見た。
「残念ですが時間です。もう帰らないと」
彼そっくりの顔で笑った男は、さよならと言って消えた。
きつねにつままれたような気分で男を見送って、ふと思った。
彼にそっくりの未来人。もしかしたら、彼の子孫かもしれない。
もしも彼と私が結婚したら、私の子孫になる。
不思議だけど、何となく納得してしまった。素敵な朝だもの。こんなことがあってもいい。
日食騒ぎがすっかり落ち着いた頃、彼がようやく起きてきた。
私はさっきの未来人の話を彼に伝えた。
「不思議なの。あなたにそっくりだったのよ」
彼は、自分で入れたコーヒーを苦そうに飲んで、フッと笑った。
「信じてないのね」
「信じてるよ」
「本当?」
「うん。だって、その男は僕だから」
彼の言葉の意味が、一瞬わからなかった。
「君が会った男は、2120年の僕なんだ」
「…どういうこと?」
「未来の僕は、2012年の金環日食が見たくてタイムツアーに申し込んだんだ。そこで君と出会って、恋をした。未来に帰っても君が忘れられなくて、過去永住権を取得したんだ。そして君を探して、今ここにいる」
「嘘でしょう?」
「本当だよ。今日は未来の僕が来る日だから、日食が終わるまで外出を控えたんだ。万が一会ってしまったら厄介だからね」
「驚いた…じゃあ、私たちの未来を、あなたは知っているの?」
「いや、未来は変わるからね。たとえば、僕は今から君にプロポーズをする」
そう言って彼は、金色に輝くリングを出した。
「イエスでもノーでも、未来は君次第だ」
私はリングを受け取って窓辺で空にかざした。
永遠に消えない私のリング。答えはイエスだ。
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2012-05-21 19:07
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コメント(12)
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わーっ!りんさん、まさしくタイムリーなショートショート。(拍手)
確か映画でありましたよねタイムトラベルをしていて、見つかった男。
え~っと、なんてタイトルか思い出せない。ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…
でも、りんさんのストーリーは、ロマンがあってステキ!
by haru (2012-05-21 19:26)
甘~~い!!タイムリー&スウィートなお話、ごちそうさまです。
りんさん、金環日食ご覧になったんですね。
ボクの町はそんときだけ小雨が降っていて見ることができませんでした。
隣町の同僚は通勤中に見えたと言ってました。日頃往生ですネ。
by 矢菱虎犇 (2012-05-21 20:23)
わおー。
これはタイムトラベルSFラブストーリーじゃないですか?
お話はいつものようによく出来ていて、楽しめましたけどね。
[ファンタジー]と言うカテゴリーなので、そのつもりで読んでいて、ちょっとだまされちゃった感が残りましたね(笑)
でもまあ、心地よいだまされた感ですので、それも良しかな。
ありがとうございましたー
by 海野久実 (2012-05-21 23:48)
いつもわくわくしながらりんさんのブログ読みます。
そして参ったあ~ 。と感心します。今日は二回読んで
やっと理解して、ああ人を引き付けるには旬の材料を
こういうふうに味付けするのだ....と納得です。ホント
面白かったです。
by dan (2012-05-22 14:34)
<haruさん>
そうそう。朝に金環日食を見て思いついたんです。
タイムリーでしょ^^
映画…すみません。私も思い出せません…。
何だろう~??
by リンさん (2012-05-25 17:59)
<矢菱さん>
あら、雨が降っちゃったんですか。
残念ですね。
私の周りは見た人が多くて、お弁当持って集まって見た人までいました。
こういうイベントはいいですねえ^^
by リンさん (2012-05-25 18:01)
<海野久実さん>
そうなんですよね~
ファンタジーが書きたいって思っていたから、カテゴリーをファンタジーにしちゃったんですね^^
考えてみたらSFでしたね(笑)
by リンさん (2012-05-25 18:02)
<danさん>
ありがとうございます。
せっかく見ることができたので、これは何か書かなくては…と思ったのです。指輪に結び付けるのは、ちょっとベタかな…とも思ったのですが、楽しんでいただけて良かったです^^
by リンさん (2012-05-25 18:05)
未来からやってきた男〜!
こういうお話大好きです。楽しかった〜(^0^)
by クローヴ (2012-05-26 13:53)
<クローブさん>
ありがとうございます。
ちょっとロマンチックにまとめてみました^^
by リンさん (2012-05-27 15:25)
ああ、金環日食のすぐあとにコメントすればよかったっす。
こういうラブなお話しって、いいですね。
昔、ハートカクテルっていうアニメがあって
それが、ちょうどこんな感じの大人の恋愛を題材にした
お話でした。
そんなことを思い出しました。
by ヴァッキーノ (2012-05-28 21:36)
<ヴァッキーノさん>
金環日食を見てすぐに考えた話です。
ヴァッキーノさんは見ましたか~^^
ハートカクテル…ありましたね。
あのイラスト、流行りましたね。
by リンさん (2012-05-30 13:30)