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カプセル制度 [SF]

15歳になったらカプセルに入る。
カプセルの中で、充分な栄養と、充分な知識を与えられ、充分な肉体が造られる。
そのカプセルで8か月眠ることが義務付けられている。
そしてカプセルから出ると、安定した豊かな暮らしが保障される。
僕たちは、そのことに何の疑いも持たなかった。

まれに、カプセルに入ることを拒否する人たちもいる。
彼らは下の世界の人間と呼ばれ、河川敷のじめじめした集落で集団生活をしている。
階級は最も低く、ろくな仕事も与えられず常に貧しかった。
朝から晩まで働いている。何を作っているのかわからないけれど、彼らに休みはない。

母は、丘の上から下の集落を見下ろして、嫌悪を露わにする。
まるで虫けらを見ているようだ。
「汚い連中。あなたは、あんなふうになってはだめよ」
もちろん僕も嫌だった。父や母のようにカプセルに入り、豊かな生活を送る方がいいに決まっている。僕がカプセルに入るのは、もうすぐだ。

ある日、学校の帰りに下の世界の人を見た。
薄汚い服でゴミ箱をあさっている。
鼻をつまんで通り過ぎようとしたら、「おや、坊やパンを持っているね」と声をかけられた。
給食の残りのパンが、確かにカバンに入っている。
しつこく付きまとわれるのも嫌なので、僕はパンを投げてやった。
男は大事そうにそれを受け取り、にやりと笑った。
「ありがとうよ。坊やはいい子だから、忠告してやるよ」
「おまえに忠告してもらうことなどない」
「まあ聞きなさい。いいかい、カプセルには入らない方がいい」
くだらない…。僕は無視して行こうとした。

「もうすぐ宇宙戦争が起こるんだよ」
「ふっ」と僕は笑った。
「ありえない。宇宙平和協定を結んだばかりだ」
「あんなのただのパフォーマンスさ。戦争は確実に起こる。そして政府はそれを知っている」
男は、汚い顔を近づけて声をひそめた。
「あのカプセルは、従順な兵士を作る装置だ。地球のために迷わず戦い、死をも恐れない兵士を作っている。戦争が始まった合図を聞いた途端、インプットされた戦闘意識が動き出す。誰もが皆、自分を犠牲にして戦うのだ」
「まさか」
「その証拠に、政府関係者はカプセルに入っていないことを知っているかな?」
「うそだ!」
「我々がいつも作っている建物は、シェルターだ。もしも助かりたいのなら、いつでも受け入れよう。パンのお礼にな」

僕は走って家に帰った。両親にその話をすると、バカバカしいと鼻で笑った。
「そんな連中と関わるんじゃない」と父は怒った。
そして春が来て、僕がカプセルに入る日が近づいた。
そんな時だった。突然空が真っ黒に覆われ、宇宙人が攻めてきた。
あの男のいうとおり、宇宙戦争が始まったのだ。

どこからともなくサイレンが鳴った。けたたましい音だ。
父と母が突然立ち上がる。
見たこともない険しい顔で、いつの間にかレーザー銃を手にしている。
周りの大人たちも、みな同じだ。兵士になった。もう戦うことしか考えていない。
あちこちに爆弾が落ちる。誰も僕を守ってくれない。

僕は走った。
河川敷のシェルターに向かって。
正しいと信じて疑わなかったカプセル施設が、次々に破壊されていく。
そんなことはどうでもよかった。
ただ生きるために、僕は転がるように走った。

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矢菱虎犇

ひゃあ、壮大なお話ですねぇ。倍くらいの長さで読みたいくらいっす。
石原さんやら橋下さんやら、徴兵制で若者を教育しようなんて平気で言っちゃう昨今、他人事ではありませんね。
by 矢菱虎犇 (2013-02-17 08:56) 

海野久実

わーい。
これはやっぱりもっと長くした方がいいんでしょうね。
短編どころか長編にでもできそうなシチュエーションがいっぱい。
>宇宙戦争が始まったのだ
以後の描き方があっさりしすぎてるのかな。
もっとこのお話に入り込みた~い。
カプセルがもうちょっと絵としてイメージ出来たらいいな。
とかいろいろ考えてしまいますね。


by 海野久実 (2013-02-18 21:04) 

dan

読みながら何だか今の世相を風刺しているような
感じがしました。六十八年も戦争のない国に住んで
いる幸せを忘れないようにしたいものです。

by dan (2013-02-19 14:18) 

リンさん

<矢菱さん>
ありがとうございます。
戦争中の軍隊も、似たようなものですよね。
だって特攻隊とか人間魚雷とか、まともじゃ考えられないですもん。
だけど、こんな風に洗脳されたらたまりませんね。
戦争反対!!
by リンさん (2013-02-20 17:02) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
これは、私ももう少し長く書いてみたいなと思いました。
といっても、せいぜい30枚かな。
長編苦手なので。
いろいろ想像しながら書くと楽しいだろうなと思います。
いつになるかわかりませんが、書いてみようかなと思ってます。
by リンさん (2013-02-20 17:05) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
そうですね。平和ボケと言われるけど、ずっと平和でいて欲しいですね。

by リンさん (2013-02-20 17:06) 

もぐら

最近いろんなことを考えさせられますね。
戦争は絶対嫌ですが、もし戦争が始まったら自分たちはなにもしないで
沖縄の駐屯地のようなアメリカ兵の人たちに戦ってもらって、死んでもらうのは
おかしい気がします。
あの人たちにも家族がいて、そばにいて守りたい人がいるのに。

カプセルで洗脳。
日本人にはうってつけかもしれません。
不謹慎でしょうか。

ついこの間「世界から戦争をなくすには宇宙人が攻めて来たらいいんじゃない?」って
会話をしたところなんです。
でもそうなると宇宙戦争が勃発ですね。
大きな隕石が落ちるほうが平和かな?
by もぐら (2013-02-20 23:19) 

リンさん

<もぐらさん>
軍隊も、ある意味洗脳ですよね。
怖いです。
いちばん大切なのは命ですよね。
宇宙戦争が起こったら、確かに世界中で力を合わせるかも。
やっぱり理想はみんな仲良し、なんですけどね…。
by リンさん (2013-02-22 23:25) 

かよ湖

ラストの考えさせられる終わり方は好きです。

今現在、内戦をしている国などは、ある意味宗教という名のカプセル教育かもしれませんね。
色々な考えの人たちがいて、彼らも家族や友人と共に生活している。全ての人が悲しまない生活を考えたいものです。
by かよ湖 (2013-02-24 16:18) 

リンさん

<かよ湖さん>
ありがとうございます。
軍隊やテロの組織も、ある意味洗脳されていますよね。
たくさんの人を殺しても、それが正しいと思ってしまうのは怖いですね。
by リンさん (2013-02-26 16:41) 

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