やっと会えたね：りんのショートストーリー：SSブログ

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やっと会えたね　[ファンタジー] [編集]

ピキピキ…
湖の氷が割れる音が聞こえます。
もう、春が近いようです。

湖の底で暮らす龍たちは憂鬱です。
龍が自由に湖を泳げるのは、氷が張った冬の間だけなのです。
「どうしてもう泳いじゃいけないの？」
小さなリュウが母親に聞きました。
「人間に姿を見られるからですよ」
「どうして見られちゃいけないの？」
「人間は怖いからですよ」

やがて氷がすっかり溶けて春が来ました。
龍たちは岩の陰に隠れて、ふたたび冬が来るのを待つのです。
小さなリュウは、退屈で仕方ありません。
そして、母親が眠ったすきに、そっと岩を抜け出しました。

上へ上へ、リュウはぐんぐん昇って行きました。
キラキラの太陽の光に水がゆらゆら揺れています。
きれいだな…。
リュウは、そうっと顔を出しました。
柔らかい風が吹いています。
緑色の木々が揺れて、青い空が広がっています。
「すごいな。湖の上は、こんなにきれいなんだ」
リュウは、思わず見とれました。
二度と見ることが出来ない景色を、しっかり目に焼きつけようと思いました。

さあ帰ろうと思ったその時です。
「やっと会えた！」と声がしました。
見ると、人間の男の子が湖のほとりで手を振っています。
「ずっと待ってたんだ。ぼく、毎日来てたんだよ」
男の子が手招きをします。
「ぼくのパパがね、子供の頃に湖で龍に会ったんだって。春になったばかりの頃だよ。だからね、ぼくも会いたいと思って毎日来ていたの。ああ良かった。今日会えて」
男の子はとても嬉しそうに言いました。

「友達のしるしだよ」
男の子はそう言うと、リュウの口に黒い物を投げこみました。
「チョコレートだよ」
チョコレート…？
リュウが初めて食べたチョコレートは、あんまり美味しくありませんでした。
変な味は、あっという間に口の中で溶けてなくなりました。

「じゃあ、ぼく帰るね。もうすぐ小学生になるんだ。忙しくなるからもう会えないけど元気でね」
男の子は、にっこり笑って帰って行きました。
友達のしるしのチョコレートは美味しくなかったけど、心に温かいものが残りました。
リュウは、もう一度ぐるりと景色を見渡して、ゆっくりと湖の底へ帰りました。

岩陰で、母親にこっぴどく叱られました。
「ごめんなさい。でもね、お母さん、人間はちっとも怖くなかったよ」
「たまたま運がよかったんですよ」
「チョコレートっていう食べ物をくれたよ」
「チョコレート？ああ、あれはまずいわね」
「え？お母さん、食べたことあるの？」
しまった、とお母さんは思いました。

もちろんリュウは気づきました。
あの男の子のパパが会った龍は、きっとお母さんだと。
お母さんは、気まずそうに眠ったふりをしました。
リュウも、気づかないふりで眠りました。
美しい春の景色を夢に見ながら。

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2013-02-20 17:12 nice!(9) コメント(6) トラックバック(0)

nice! 9

ほのぼのファンタジー、おいしくいただきました。
龍の話にチョコが出てきたり、
龍と人間の世代交代がシンクロしていたり、
なんといっても龍なのに人間を恐れていたり。
つまんない固定観念にゴリゴリとらわれていると、こうは発想できません。
昨日の地方ニュースで土筆が紹介されてました。
りんさんのお話とローカルニュースで季節の移ろいを感じる昨今です。

by 矢菱虎犇 (2013-02-21 05:24)

てっきり人間の親子は何代にも渡って同じ龍と付き合っていくんだと思ってたんですけど、なんということか。
なんかとてもかわいらしい人間的な龍の親子ですね。
でもでも、人間と同じ寿命しかない龍はちょっと考えられなくて、湖の底にはおじいさん龍、曾おじいさん龍、さらにまたその祖先の龍、さらにそのまたという風に、すごい数の龍一族が暮らしているような気がしてきました。
by 海野久実 (2013-02-21 17:35)

＜矢菱さん＞
龍はひっそり暮らしているから、架空の動物と思われてるけど、実はいるかも。
河童や人魚も、実はいるかもしれませんよ＾＾
土筆がもう出ましたか。
寒いけど確実に春に近づいていますね。
by リンさん (2013-02-22 23:29)

＜海野久実さん＞
ああ、確かに龍は人間よりも長生きですよね、きっと。
大人になるまでは人間と同じ速度で、その先が長い、ということにしますか（笑）
相当広い湖じゃないと住めませんね。
うちの近くの霞ヶ浦か琵琶湖か…。
どっちも凍らないからダメですね。

by リンさん (2013-02-22 23:33)