引きこもり [短編]
私の兄は、10年も引きこもり生活をしている。
兄が部屋から出てこなくなった時、私は小学生で何もわからなかった。
大学生になった今でも、正直何もわからない。
兄は風呂とトイレ以外はほとんど部屋を出ない。
母は兄が風呂に入るのを見計らって部屋に入り、生ごみを捨ててファブリーズを振りまくる。
ちらりと覗いたその部屋には、数台のパソコンがあった。
ネットの世界だけで、社会と繋がった気になっているのだろうか。
そんな時、沙織さんという女性が突然訪ねてきた。
「ヒロトさんと結婚したいんです」
ヒロトというのは兄の名前だ。これには父も母も驚いた。
兄が月に数回、夜中のコンビニに行っているのは知っていた。
沙織さんとは、そこで知り合ったらしい。
両親は顔を見合わせ「あんな奴でいいんですか」と言った。
私も思わず口をはさんだ。
「あいつ、引きこもりだよ」
沙織さんはにっこり微笑んで「いいんです。彼も私を受け入れてくれました」と言った。
信じられなかった。
だって、彼女がこうして会いに来ている時でさえ、兄は部屋から出てこないのだ。
しばらくして、沙織さんが引っ越してきた。
知的な美人で話題も豊富、家の中が明るくなった。
兄は相変わらず引きこもっていたが、食事は沙織さんといっしょに食べているようだ。
部屋がきれいになったことだけでも、母のストレスはずいぶん軽減された。
アベノミクスで景気回復の兆しが見えた頃、父がため息まじりに言った。
「ヒロトも結婚したんだから、いい加減にちゃんと働いてほしいな」
沙織さんは「いいえ」と笑った。
「もう少し、そうっとしてあげてください。私が働いて、お金を少しずつ入れますから」
沙織さんは、どこかのインテリアショップで働いているらしい。
家事もきちんとこなし、両親ともうまくやっていた。
どうして兄なんかを選んだのだろう。
「沙織さん、あんな奴のどこがいいの?」
「ヒロトさんは素敵よ。わくわくするわ」
「わくわく?」
「そしてとてもエキサイティング」
何を言っているのだろう。ろくに会話も出来ないような暗い奴の、どこがエキサイティング?
ある日、大学の帰りに沙織さんを見かけた。
ブランドの服を身にまとっていた。いつもと違う雰囲気に驚いた。
この近くで働いているのだろうか。好奇心から、あとをつけてみた。
沙織さんは、青山の高級マンションに入って行った。
しばらくしてそこから出てきた沙織さんは、いつもの地味な服装に戻っていた。
それから私は、沙織さんのあとをつけるようになった。
彼女は、二重生活をしている。ブランド品を買いあさり、派手に遊んでいる。
働いている様子はない。かといって、男の影はない。
よほど金持ちのお嬢様なのか。しかし両親はいないと言っていた。
沙織さんの化けの皮が剥がれたのは、彼女が母と夕食の支度をしている時だった。
突然飛び込んできたテレビのニュース。
「株価が大暴落しました」
沙織さんは持っていたジャガイモを投げ捨て、青ざめた顔で階段を駆け上がった。
「ヒロト、株が大暴落したわ」
何事かと思ってあとを追った。ドアが開いたままの兄の部屋では、数台のパソコンがフル活動していた。
株価、為替レート…忙しく変わる数字たち。
兄は、部屋に引きこもって株を操作していた。
「大暴落したわ。大損よ」
狂ったように沙織さんが言った。
「別にいいよ。こんなのゲームさ。金なんかあってもなくても関係ないさ」
久しぶりに兄の声を聞いた。
「だから、あたしがあんたのお金を使ってあげるって言ってるでしょう。もっと損する前にさっさと売りなさいよ」
兄は、ただニヤニヤと笑いながら、パソコンの画面を見ていた。
翌日、沙織さんは出て行った。
株価の上昇と共にやってきて、大暴落と共に去って行った。
兄は、まだ引きこもっている。
父と母は、それから株価の数字を興味深く見るようになった。なぜか、引きこもりを責めることはなくなった。
*株とともに去りぬ…なんちゃって^^
にほんブログ村
兄が部屋から出てこなくなった時、私は小学生で何もわからなかった。
大学生になった今でも、正直何もわからない。
兄は風呂とトイレ以外はほとんど部屋を出ない。
母は兄が風呂に入るのを見計らって部屋に入り、生ごみを捨ててファブリーズを振りまくる。
ちらりと覗いたその部屋には、数台のパソコンがあった。
ネットの世界だけで、社会と繋がった気になっているのだろうか。
そんな時、沙織さんという女性が突然訪ねてきた。
「ヒロトさんと結婚したいんです」
ヒロトというのは兄の名前だ。これには父も母も驚いた。
兄が月に数回、夜中のコンビニに行っているのは知っていた。
沙織さんとは、そこで知り合ったらしい。
両親は顔を見合わせ「あんな奴でいいんですか」と言った。
私も思わず口をはさんだ。
「あいつ、引きこもりだよ」
沙織さんはにっこり微笑んで「いいんです。彼も私を受け入れてくれました」と言った。
信じられなかった。
だって、彼女がこうして会いに来ている時でさえ、兄は部屋から出てこないのだ。
しばらくして、沙織さんが引っ越してきた。
知的な美人で話題も豊富、家の中が明るくなった。
兄は相変わらず引きこもっていたが、食事は沙織さんといっしょに食べているようだ。
部屋がきれいになったことだけでも、母のストレスはずいぶん軽減された。
アベノミクスで景気回復の兆しが見えた頃、父がため息まじりに言った。
「ヒロトも結婚したんだから、いい加減にちゃんと働いてほしいな」
沙織さんは「いいえ」と笑った。
「もう少し、そうっとしてあげてください。私が働いて、お金を少しずつ入れますから」
沙織さんは、どこかのインテリアショップで働いているらしい。
家事もきちんとこなし、両親ともうまくやっていた。
どうして兄なんかを選んだのだろう。
「沙織さん、あんな奴のどこがいいの?」
「ヒロトさんは素敵よ。わくわくするわ」
「わくわく?」
「そしてとてもエキサイティング」
何を言っているのだろう。ろくに会話も出来ないような暗い奴の、どこがエキサイティング?
ある日、大学の帰りに沙織さんを見かけた。
ブランドの服を身にまとっていた。いつもと違う雰囲気に驚いた。
この近くで働いているのだろうか。好奇心から、あとをつけてみた。
沙織さんは、青山の高級マンションに入って行った。
しばらくしてそこから出てきた沙織さんは、いつもの地味な服装に戻っていた。
それから私は、沙織さんのあとをつけるようになった。
彼女は、二重生活をしている。ブランド品を買いあさり、派手に遊んでいる。
働いている様子はない。かといって、男の影はない。
よほど金持ちのお嬢様なのか。しかし両親はいないと言っていた。
沙織さんの化けの皮が剥がれたのは、彼女が母と夕食の支度をしている時だった。
突然飛び込んできたテレビのニュース。
「株価が大暴落しました」
沙織さんは持っていたジャガイモを投げ捨て、青ざめた顔で階段を駆け上がった。
「ヒロト、株が大暴落したわ」
何事かと思ってあとを追った。ドアが開いたままの兄の部屋では、数台のパソコンがフル活動していた。
株価、為替レート…忙しく変わる数字たち。
兄は、部屋に引きこもって株を操作していた。
「大暴落したわ。大損よ」
狂ったように沙織さんが言った。
「別にいいよ。こんなのゲームさ。金なんかあってもなくても関係ないさ」
久しぶりに兄の声を聞いた。
「だから、あたしがあんたのお金を使ってあげるって言ってるでしょう。もっと損する前にさっさと売りなさいよ」
兄は、ただニヤニヤと笑いながら、パソコンの画面を見ていた。
翌日、沙織さんは出て行った。
株価の上昇と共にやってきて、大暴落と共に去って行った。
兄は、まだ引きこもっている。
父と母は、それから株価の数字を興味深く見るようになった。なぜか、引きこもりを責めることはなくなった。
*株とともに去りぬ…なんちゃって^^
にほんブログ村
2013-04-24 18:36
nice!(8)
コメント(12)
トラックバック(0)
蕪と共に去りぬか、?株だった。
by さきしなのてるりん (2013-04-24 21:06)
【 ボブとともに去りぬ 】
ボブ → (´∀`)ノPちっと
りんさん、おこんばんち^^ノシ
株では三十万ほど損をしている四草めぐるですw
お話自体は、ふむふむと読んでいたいのですが、最後でブゥーw
株ともに去りぬってw
山田くん、座布団十枚、持ってきてw
私は、その一言にりんさんのセンスを感じましたよ。
プロになる願望は薄いんですか。
りんさんならば、いい強敵(とも)になれるのではと思ったのですが。
しかし私も、作家になる件は、決して甘くは考えていませんよ。
お話も自分的に合格レベル。
絵も自分的に合格レベルの四コマ漫画を一本あげてあります。
その子が今、小学館に旅立っています。
更に今、ギャグ漫画もキャラのペン入れまできています。
15ページのギャグ漫画です。
そして今年中に41ページのストーリー漫画を描く予定です。
この子たちをのべつまくなしに出版社に送れば、どこかに引っかかるのでは?
と思っています。
それが甘いのかな?w
甘い、甘い、ベリィー・スィート?w
後、SS以外に連載小説もやっていまして、これも出版社に送る予定です。
一応、私がシナリオを書いたゲームは、本に掲載されましたよw
その頃、一緒にやっていた絵師さんの力もありますが。
Windows100%という本です。
そして、そのシナリオも推敲してあり、発送待ちの状態です。
ま、ここまでやってもダメであれば、更に他の手を打つしかないのですがw
とにかくデビューをしてやろうと思っています。
それが今年の目標です。
ま、でも論より証拠だと思っています。
ここで何を言っても空虚ですね。
とりあえず、何らかの成果を上げて、りんさんを驚かせたいと思います。
今は面白い話ができそうなりんさんと出会えて良かったと。
そう思います。
また時間を作って遊びにきますね^^ノシ
では、では。
草々。
ボブ → (*´∀`)ノシ
by 四草めぐる (2013-04-24 21:12)
あぁ なるほど。
こういう人 現実にいますよね。
でも「引きこもり」と「お嫁さん」と「株」「アベノミクス」・・・
「今」を織り込んで面白かったです。
私もこういう男性でいいわと思った人 きっと多いはず。
by もぐら (2013-04-25 22:34)
なるほどな~。
引きこもりってタイトルだから、そこから脱する話かなあって思っていたら、
彼女のミステリアスな行動があって、彼女に利用されている話かと思ったら、
そういう展開と整合性をとりながらのどんでん返しっ。
みごとな変化球です。・・・カーブかな?なんつって。
by 矢菱虎犇 (2013-04-25 23:06)
<さぎしなのてるりんさん>
蕪とともに去りぬだったら、それって蕪どろぼう…(笑)
by リンさん (2013-04-27 10:49)
<四草めぐるさん>
いつもありがとうございます。
頑張っていますね。
きっと夢はかなうと思います。応援しています。
ペンネームは何とおっしゃるのでしょう。
ブログと同じですか?
私は長編が書けないので、プロになるのは難しいのかなと思っています。
いつか作品集を出版したいとは思っているんですけどね^^
by リンさん (2013-04-27 10:56)
<もぐらさん>
こういう男性でいいわ…なるほど!
金の切れ目が縁の切れ目。
後腐れなくていいかも^^
by リンさん (2013-04-27 11:04)
<矢菱さん>
ありがとうございます。
最初は義姉と義妹との話を書こうと思いついて、兄が引きこもりだったら面白いかも…
まあ、そんな風に広げていったので、私も書きながら試行錯誤という感じでした。
by リンさん (2013-04-27 11:08)
特に最近は自分の才能でお金を設けている人をすごいなーと思うようになりました(笑)
株とか投資信託とかそんなことでね。
いつも主人公の姿を何となく想像して読んでいるわけですが、読みはじめ読み終わりとでその姿と言うか、人相なんかもガラッと違ってしまいましたね。
そんな自分がちょっといや(笑)
by 海野久実 (2013-04-28 16:39)
7~8年前に株に手を出して、その後大損しました。
ヒロトさんとメル友になっていればよかったぁ。
儲けようと思っての株はダメですねぇ。お金目当ての女性にも気を付けないとね。
リビングのPCで家族4人で株をすれば、引きこもりから脱出できそうですね。でも、すごい損害になっちゃたりして。
by かよ湖 (2013-04-28 23:35)
<海野久実さん>
株ってある意味博打ですね。
お金に余裕があるときだけ手を出したいですね。
この沙織さんは、きっと最後には人相も変わっていると思います。
女ってコワイ^^;
by リンさん (2013-04-30 17:00)
<かよ湖さん>
大損したんですか。あら、大変でしたね。
私はバブルのころに、国債ファンドで小銭を稼いだりしていました。
今じゃ考えられないですね。
株の話で家族が団らん出来たら、損しても価値があるかな?
by リンさん (2013-04-30 17:03)