赤い着物の女 [ミステリー?]
雪深い山のふもとに、男はひとりで暮らしていた。
静かな深夜である。扉を叩く音で男は目覚めた。
用心深く扉を開けると、若い女が今にも凍えそうに震えていた。
赤い着物に雪が降り積もり、髪もぐっしょりと濡れている。
「悪い男に追われています」
女はすがるような目で男を見た。
「それは大変だ」男は女を家に入れて火鉢にあたらせた。
「着物がびしょ濡れだ。奥の部屋に、死んだ女房の着物がある。着替えて来なさい」
女は何度も礼を言って立ち上がった。
それと同時に、ドンドンと乱暴に扉を叩く音がした。
「ああ、あの男が追って来たのかもしれません」
女は怯えて奥の部屋に隠れた。
隙間から覗くと、体格のいい厳つい顔の男が立っていた。
いざとなったら脅して追い返そうと、男は玄関先の鎌を握りしめた。
「夜分に申し訳ない。赤い着物の女がここに来ませんでしたか?」
顔に似合わず丁寧な物腰だ。鎌を放して扉を開けた。
「さあ、来ていないが…」
「そうですか。もし来ても、中に入れてはいけませんよ」
「なぜだ?」
「その女は恐ろしい殺人鬼です。あなたは人里離れたところに暮らしているから知らないかもしれませんが、何人もの村人が無残に殺されているのです」
男は思わず固唾をのんだ。
「私の身内もあの女に殺されたんですよ。剣で胸を一突きです。やっと捕まえたのに途中で逃げられました」
女は殺人鬼には見えない。しかしこの男も、悪い男には見えない。
この男の言うように女が殺人鬼なら、男も殺されてしまうだろう。
しかしこの厳つい男がとんでもない悪人なら、女はどんな目に遭うかわからない。
結局男は、「女はいない」と嘘をつき、厳つい男を帰した。
女がそろそろと襖を開けて出てきた。
「お着物、たくさんあるんですね。遠慮なくお借りしました」
若草色の着物も、女にとてもよく似合った。
女が男の横に座り、手拭いで髪を拭いた。
なまめかしい仕草だ。
「私が怖くありませんか?」
女がつぶやくように言った。
「怖い?なぜだ」
「さっきの男が言ったでしょう。私が殺人鬼だって」
女の髪のしずくが男の膝にぽたりと落ちた。
「私は誰も殺してませんよ。たまたま殺害現場の近くにいただけなんです。殺人鬼は赤い着物を着ていたそうです。そして私の着物も赤。それだけなんですよ。それなのにあの男、私を犯人と決め付けてひどいことを…」
女は泣きながら男に寄りそった。
「あんたには殺せないよ」
男が女の肩を抱いた。
「信じてくださるのね。嬉しい」
「信じるさ。あんたのようにか弱い女に、あんな大男が殺せるわけがない」
女の肩がぴくりと動いた。
「あの男は…身内が殺されたとしか言ってません。なぜ、大男だとわかるのです?」
女は這うように後ずさり、男から離れた。
そういえば、死んだ女房の着物がたくさんあるのに、この家には位牌も写真もない。
おかしい。
この男こそが殺人鬼ではないか。
女物の着物を着て、村で無差別に殺人を繰り返しているのではないか。
男が静かに立ち上がった。
「おれは赤い着物など着たことはない」
穏やかな笑みだった。女はいくらかほっとして、ぎこちない笑みを返した。
「返り血を浴びて、赤くなっただけだ」
男がにやりと笑った。
「凶器も剣ではない」
その手には、よく砥がれた鎌が光っていた。
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静かな深夜である。扉を叩く音で男は目覚めた。
用心深く扉を開けると、若い女が今にも凍えそうに震えていた。
赤い着物に雪が降り積もり、髪もぐっしょりと濡れている。
「悪い男に追われています」
女はすがるような目で男を見た。
「それは大変だ」男は女を家に入れて火鉢にあたらせた。
「着物がびしょ濡れだ。奥の部屋に、死んだ女房の着物がある。着替えて来なさい」
女は何度も礼を言って立ち上がった。
それと同時に、ドンドンと乱暴に扉を叩く音がした。
「ああ、あの男が追って来たのかもしれません」
女は怯えて奥の部屋に隠れた。
隙間から覗くと、体格のいい厳つい顔の男が立っていた。
いざとなったら脅して追い返そうと、男は玄関先の鎌を握りしめた。
「夜分に申し訳ない。赤い着物の女がここに来ませんでしたか?」
顔に似合わず丁寧な物腰だ。鎌を放して扉を開けた。
「さあ、来ていないが…」
「そうですか。もし来ても、中に入れてはいけませんよ」
「なぜだ?」
「その女は恐ろしい殺人鬼です。あなたは人里離れたところに暮らしているから知らないかもしれませんが、何人もの村人が無残に殺されているのです」
男は思わず固唾をのんだ。
「私の身内もあの女に殺されたんですよ。剣で胸を一突きです。やっと捕まえたのに途中で逃げられました」
女は殺人鬼には見えない。しかしこの男も、悪い男には見えない。
この男の言うように女が殺人鬼なら、男も殺されてしまうだろう。
しかしこの厳つい男がとんでもない悪人なら、女はどんな目に遭うかわからない。
結局男は、「女はいない」と嘘をつき、厳つい男を帰した。
女がそろそろと襖を開けて出てきた。
「お着物、たくさんあるんですね。遠慮なくお借りしました」
若草色の着物も、女にとてもよく似合った。
女が男の横に座り、手拭いで髪を拭いた。
なまめかしい仕草だ。
「私が怖くありませんか?」
女がつぶやくように言った。
「怖い?なぜだ」
「さっきの男が言ったでしょう。私が殺人鬼だって」
女の髪のしずくが男の膝にぽたりと落ちた。
「私は誰も殺してませんよ。たまたま殺害現場の近くにいただけなんです。殺人鬼は赤い着物を着ていたそうです。そして私の着物も赤。それだけなんですよ。それなのにあの男、私を犯人と決め付けてひどいことを…」
女は泣きながら男に寄りそった。
「あんたには殺せないよ」
男が女の肩を抱いた。
「信じてくださるのね。嬉しい」
「信じるさ。あんたのようにか弱い女に、あんな大男が殺せるわけがない」
女の肩がぴくりと動いた。
「あの男は…身内が殺されたとしか言ってません。なぜ、大男だとわかるのです?」
女は這うように後ずさり、男から離れた。
そういえば、死んだ女房の着物がたくさんあるのに、この家には位牌も写真もない。
おかしい。
この男こそが殺人鬼ではないか。
女物の着物を着て、村で無差別に殺人を繰り返しているのではないか。
男が静かに立ち上がった。
「おれは赤い着物など着たことはない」
穏やかな笑みだった。女はいくらかほっとして、ぎこちない笑みを返した。
「返り血を浴びて、赤くなっただけだ」
男がにやりと笑った。
「凶器も剣ではない」
その手には、よく砥がれた鎌が光っていた。
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2014-01-09 23:36
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コメント(12)
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人里離れた家 想像しながら読みました。
読みながら どっちなの~?って^^;
この女の人 どうなっちゃうの?
怖いわぁ(>_<)
by みかん (2014-01-10 21:18)
おお~
これはなかなかちゃんとした謎のあるミステリーですね。
内容の割に文字数が少ないので、書きこまれた短編で読みたい様な気がします。
by 海野久実 (2014-01-11 21:18)
【 寒い日が続きますなw 】
|電柱|・ω・`)ノ ヤァ
りんさん、寒いですなw
四草めぐるです。
返り血を浴びたと、なるほどw
楽しめました。
ただ、贅沢を言わせてもらえれば、海野さんと一緒ですw
ちゃんと書き込まれた短編で読みたかったです。
では、では。
草々。
by 四草めぐる (2014-01-11 22:15)
恐いこわ~い。
二転三転本当に怖いのは誰でしょう。
色々妄想が広がって.....深いお話しだと思います。
by dan (2014-01-12 11:51)
面白かったです。(○´∀`○)
りんさんは、こういうお話がとても上手ですね。
[トンネル]のときもそうなんですが、読みながら映像が浮かんで来ます。
赤い着物は、返り血だった。
ヒヤッとするオチですね~。
犯人も、まさかの結末で、楽しめました。
by 華月麗唖 (2014-01-12 19:59)
<みかんさん>
ありがとうございます。
そんなふうにドキドキしてもらえたら嬉しい~^^
女の人が助かる道を考えたかったんですが、思いつきませんでした。
by リンさん (2014-01-12 20:03)
<海野久実さん>
ありがとうございます。
そうですね。もう少し長く書くことも考えたんですが、ここで一旦終わりにしてしまいました。
女をもう少し怪しくするとかすれば、もっと面白くなるかもしれませんね。
by リンさん (2014-01-12 20:06)
<四草めぐるさん>
ありがとうございます。
寒いですね^^
短編…ショートばかり書いているので、なかなか書けなくて。
すみません。頑張ってみます^^
by リンさん (2014-01-12 20:09)
<danさん>
ありがとうございます。
たまに、こういう怖いものが書きたくなります。
本当に怖いのは、こんな話を書く私だったりして(笑)
by リンさん (2014-01-12 20:14)
<華月麗唖さん>
ありがとうございます。
赤い着物が返り血だった…これが書きたくて、このタイトルにしたんです。
楽しんでいただけてよかったです。
本当は、女が助かる終わり方にしたかったんですけどね^^
by リンさん (2014-01-12 20:18)
もうちっと読みたい。皆さんに同じ。
by さきしなのてるりん (2014-01-18 23:28)
<さぎしなのてるりんさん>
そうですか。ありがとうございます。
今度もう少し長い話にも挑戦してみます。
by リンさん (2014-01-20 18:27)