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駅から五分 [公募]

その客は、車に乗り込むと同時に、ストップウォッチをカチリと押した。
「広告に、駅から車で五分って書いてあったよね。計らせてもらうよ」
不動産の物件案内だ。さりげなく時計を見る客はいるが、こんなに露骨な客は珍しい。それならば、意地でも五分以内に着いてやる。
私は、いくらか強めにアクセルを踏んだ。

若い男だ。庭付き一戸建ての新築住宅を買うには若すぎる気もする。
「高崎さま、今日ご家族は一緒じゃないんですか?」
「家族はいないよ。ひとりじゃだめなの?」
「いいえ、もちろん構いませんよ」

この男、ひとりであの広い家に住むのか? 
「もしかして、結婚のご予定が?」
「うーん。いずれはするけど、まだいいや」
やっぱりひとりで住むのだろうか。
男は時間を確認した。
「一分経過。やっぱり駅から一分くらいだとマンションしかないね」
「そうですね。庭付き一戸建ては街中では難しいですね」
前の車がやけに遅い。何をとろとろ走っているんだ。意地でも五分以内に着きたいのに。公園を過ぎたら裏道を走ろう。

「いい公園だな」
「はい。春には桜が見事です。お花見で賑わいますよ」
「今は犬の散歩で賑わっているね」
そうか。この男、大型の犬を飼っているのかもしれない。
それで庭付きの家を探しているのか。
「高崎さま、犬を飼っていらっしゃるんですか?」
「飼ってないよ。犬も猫も好きじゃないんだ」
犬の線も消えたか。あ、何だか刑事みたいな言い方だな、などと秘かに笑いながら左に曲がった。

「ああ、やっぱり裏道行くんだ。もしかして大通りを走ると五分以上かかるとか?」
「いいえ、高崎さま、ちょっと細いけど、このあたりの住人は、みなこの道を通りますよ」
「ふうん。でも大きい車じゃ無理だね」
車が趣味か? 大きい車を持っているのだろうか。アメ車とか、キャンピングカーとか。それなら庭が必要だ。
「高崎さまは、いいお車にお乗りなんでしょうね。私はもっぱら会社のワゴン車ですけど」
「軽だよ。税金安いし小回り効くしね」
ああ、車の線も消えた。

男はストップウォッチを確認した。
「三分二十秒」
よし、あと一分で着いてやる。…と思ったら赤信号だ。この信号は、なかなか長い。
「赤に変わったばかりだね。間に合うかな」
ひょっとして投資目的か? 物件内容をここまで気にするのは、きっと投資目的だ。いや、そこまでいい物件だろうか。自分で売っていて何だが、私だったらこの物件に投資などしない。

「信号青だよ。ちなみに四分経過ね」
「おまかせください。物件はすぐそこです」
私は、思い切りアクセルを踏んだ。次の十字路を右に曲がると物件が見える。あと少しだ。間に合う、間に合うぞ。
スムーズに右折すると、白い壁の新築住宅が見えた。
大丈夫。五分以内に到着だ。
その時、突然目の前に自転車の女が飛び出した。
慌ててブレーキを踏んだ。
女は転倒したが、ぶつかってはいない。大丈夫だろうか。
車を降りて女に近づこうとしたとき、男が言った。
「あと少しだったのに。もう無理だね」
「いや、それどころじゃないでしょう」

自転車の女が立ち上がり、服の汚れを手で払った。
「残念ね。五分で着かなかったわ。賭けはあたしの勝ちね」
「賭け?」
男が呆れたように女に近づく。
「お前には負けたよ。命がけだもんな。負けた負けた。約束通り晩飯おごるよ」

ふたりが笑いながら去って行くのを呆然と眺めた。賭け? 晩飯? 
つまりこれは…。
「ただの冷やかしだ」
つぶやいた私をあざ笑うようにカラスが鳴いて、私の五分が今終わった。

*****

公募ガイド虎の穴でボツだった作品です。
今回のテーマは、「五分間の話」 うーん、テーマ、だんだん難しくなる~^^;
残念でしたが、また次回頑張りたいと思います。

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海野久実

この女の負けでしょ?
車が走るのを妨害するなんて。

僕の作品も没でした。
サイトーさんご紹介のこんな募集がありますね。
http://www.kaiseisha.co.jp/news/news/506-20130904.html
テーマが丁度かぶっています。
書きなおしてこちらに投稿なんて言うのもいいのではないでしょうか?
by 海野久実 (2014-01-12 23:58) 

雫石鉄也

面白かったです。
男がなにを目論んでいるのか、興味深く読みました。
なるほど、賭けだったんですね。秀逸なオチでした。

ところで私もこんな結末を考えました。

>「もしかして、結婚のご予定が?」
>「うーん。いずれはするけど、まだいいや」

ここの2行目を
>「ひょっとするとするかもしれない」

その後
>自転車の女が立ち上がり、服の汚れを手で払った。
「賭けはあたしの勝ちね。約束よ。結婚してね」
「うん」
男がうなずいた。
「いい家ね。あたしたちの新居にぴったしだわ」
男は少し困ったような顔をして、私に言った。
「駅から5分をこしたけど、この家気に入った。契約するよ」
「ご結婚おめでとうございます」

by 雫石鉄也 (2014-01-13 13:40) 

はる

りんさん、めちゃオモシロイで~す。
こんなに良くできた作品でも没ですか?信じられない。
私は今慢性の胃炎と逆流性食道炎で、かなり声が出ずらいので、
ちょっと長めの作品は残念ですがパスしています。
でも、でも。。。これ朗読したーい!良いでしょうか?お願いします。(._.)ペコリ
by はる (2014-01-13 23:38) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
5分のドラマって難しいですね。
タイムストーリーのサイト見ました。
情報ありがとうございます。
締め切りが今月末ですか^^;間に合うかな^^
by リンさん (2014-01-14 16:52) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
雫石さんの結末、すごくいいですね。
こういう結末だと、温かくて不動産屋さんも傷つかない。
いいですね。
私のは、ずっこけて終わりになっちゃいました^
by リンさん (2014-01-14 16:55) 

リンさん

<はるさん>
ありがとうございます。
朗読、もちろんOKです。
だけど、無理しないでね。
よろしくお願いします。
by リンさん (2014-01-14 16:57) 

dan

リンさんのお話にはつい、一ひねりした結末を期待して
しまいます。
そして今回も期待通り。
「虎の穴」って難しいですね。私はとても面白いと思うのに。
懲りずに頑張って下さい。
by dan (2014-01-14 23:10) 

ぼんぼちぼちぼち

そう 賭事が好きな人って どんなことでもネタにするらしいでやすね(◎o◎)
by ぼんぼちぼちぼち (2014-01-16 12:10) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
虎の穴は、とにかく毎回のテーマが難しくて四苦八苦しています。
頑張ります^^
by リンさん (2014-01-16 20:02) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
そうですね。
遊び半分の賭けでも、はた迷惑な場合もありますね^^
by リンさん (2014-01-16 20:03) 

さきしなのてるりん

5分の裏はなんだろうって考えてたら、これかぁ。混んでる、裏道を行く、
そう深く読んで車に体当たり。命がけだとしたらやっぱりそれなりのものをかけるかも。
by さきしなのてるりん (2014-01-18 23:35) 

リンさん

<さぎしなのてるりんさん>
晩ごはんに命をかけるなんてねえ^^
この女性はよほど身体能力に優れているんでしょうね。
ぶつからない自信があったんですよ。きっと^^
by リンさん (2014-01-20 18:25) 

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