ベルを鳴らして [競作]
イブの夜、バー海神のランタンが灯ると、それを待っていたように勢いよく扉が開く。
「メリークリスマス」
陽気に入って来たのは、赤い服に白い髭の老人だ。手にプレゼントを持っている。
「ウイスキーをロックで」
早口で言うと、カウンターの椅子にドスンと腰を下ろす。
「あまりゆっくりできないんだ。なにしろトナカイを外で待たせているからね。駐車違反の切符を切られたりしたら大変だろう」
鏑木は、思わずクスッと笑いながら、
「日本の警察もそんなに野暮じゃないでしょう」と返した。
彼は「そう願いたいね」と豪快に笑った。
ウイスキーを飲み干すと老人は、「さあ、仕事仕事」と立ち上がる。
そして、たったひとつしかないプレゼントを持って店を出て行く。
愉快な人だ。
老人は毎年クリスマスイブに現れて、ウイスキーを一杯だけ飲んで帰る。
鏑木は、このせっかちなサンタクロースが好きだった。
プレゼントを待ちわびる小さな子供のように、鏑木はイブの夜を楽しみにしていた。
その年のクリスマス、いつもの時間に扉が開いた。
入って来たのはいつもの老人。
白い髭は健在だが、赤い服は着ていない。
「水割りをくれないか。今日は少しゆっくりできそうだ」
いつもの陽気さはなく、静かに椅子に座った。
「おや、プレゼントを待っている子供たちがいるんじゃないですか?」
水割りのグラスをそっと置いて、鏑木が言うと、彼は小さく笑った。
「マスター、あんたはいい人だな。こんな老いぼれの遊びに最後まで付き合ってくれて」
「最後…とは?」
「サンタクロースはもう引退だ。必要なくなったのでね」
「どういうことです?」
「この夏に、妻が亡くなったんだ」
彼の妻は、数年前に体調を崩しふさぎ込んでいた。
妻を元気づけようと、クリスマスイブの夜にサンタクロースに扮装して帰った。
妻は思いのほか喜び、子供のようにはしゃいで元気を取り戻した。
それから毎年、彼はサンタクロースになった。
「シラフじゃさすがに恥ずかしいからな、ここで一杯ひっかけて帰ったというわけさ」
「そうだったんですか」
「もう待ってる人もいないし、サンタクロースは廃業さ」
寂しいような、どこかほっとしたような呟きだった。
「それで、トナカイはどうしました?」
「トナカイか…。トナカイは、森に帰したよ」
老人が、いつものように豪快に笑った。
老人は、三杯の水割りを飲んで席を立った。
椅子にリボンがかかった箱が置いてある。
「お忘れ物ですよ」
鏑木が声をかけると彼は、振り返って目を細めた。
「あんたへのクリスマスプレゼントだよ」
箱を開けると、ベルが入っていた。サンタクロースの鈴ではない。
扉に取りつける、カウベルだ。
「ありがとうございます」
顔を上げると、老人はもういなかった。
数年が過ぎた。カウベルは、今でも優しい音で客が来たことを知らせてくれる。
クリスマスが近づくと、鏑木はランタンを灯すたびに願った。
陽気でせっかちなサンタクロースが、ベルを鳴らして入ってくることを。
「いらっしゃいませ」
「メリークリスマス!」
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「メリークリスマス」
陽気に入って来たのは、赤い服に白い髭の老人だ。手にプレゼントを持っている。
「ウイスキーをロックで」
早口で言うと、カウンターの椅子にドスンと腰を下ろす。
「あまりゆっくりできないんだ。なにしろトナカイを外で待たせているからね。駐車違反の切符を切られたりしたら大変だろう」
鏑木は、思わずクスッと笑いながら、
「日本の警察もそんなに野暮じゃないでしょう」と返した。
彼は「そう願いたいね」と豪快に笑った。
ウイスキーを飲み干すと老人は、「さあ、仕事仕事」と立ち上がる。
そして、たったひとつしかないプレゼントを持って店を出て行く。
愉快な人だ。
老人は毎年クリスマスイブに現れて、ウイスキーを一杯だけ飲んで帰る。
鏑木は、このせっかちなサンタクロースが好きだった。
プレゼントを待ちわびる小さな子供のように、鏑木はイブの夜を楽しみにしていた。
その年のクリスマス、いつもの時間に扉が開いた。
入って来たのはいつもの老人。
白い髭は健在だが、赤い服は着ていない。
「水割りをくれないか。今日は少しゆっくりできそうだ」
いつもの陽気さはなく、静かに椅子に座った。
「おや、プレゼントを待っている子供たちがいるんじゃないですか?」
水割りのグラスをそっと置いて、鏑木が言うと、彼は小さく笑った。
「マスター、あんたはいい人だな。こんな老いぼれの遊びに最後まで付き合ってくれて」
「最後…とは?」
「サンタクロースはもう引退だ。必要なくなったのでね」
「どういうことです?」
「この夏に、妻が亡くなったんだ」
彼の妻は、数年前に体調を崩しふさぎ込んでいた。
妻を元気づけようと、クリスマスイブの夜にサンタクロースに扮装して帰った。
妻は思いのほか喜び、子供のようにはしゃいで元気を取り戻した。
それから毎年、彼はサンタクロースになった。
「シラフじゃさすがに恥ずかしいからな、ここで一杯ひっかけて帰ったというわけさ」
「そうだったんですか」
「もう待ってる人もいないし、サンタクロースは廃業さ」
寂しいような、どこかほっとしたような呟きだった。
「それで、トナカイはどうしました?」
「トナカイか…。トナカイは、森に帰したよ」
老人が、いつものように豪快に笑った。
老人は、三杯の水割りを飲んで席を立った。
椅子にリボンがかかった箱が置いてある。
「お忘れ物ですよ」
鏑木が声をかけると彼は、振り返って目を細めた。
「あんたへのクリスマスプレゼントだよ」
箱を開けると、ベルが入っていた。サンタクロースの鈴ではない。
扉に取りつける、カウベルだ。
「ありがとうございます」
顔を上げると、老人はもういなかった。
数年が過ぎた。カウベルは、今でも優しい音で客が来たことを知らせてくれる。
クリスマスが近づくと、鏑木はランタンを灯すたびに願った。
陽気でせっかちなサンタクロースが、ベルを鳴らして入ってくることを。
「いらっしゃいませ」
「メリークリスマス!」
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2014-12-05 19:01
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コメント(12)
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リンさんさん おはようございます。
心が温かくなるような素敵な話です。奥様を大切にされていたのですね。
by SORI (2014-12-06 06:18)
うん、いい話ですね。
愛妻物語ですね。このサンタクロースのおじさん、どこのだれとも書いてなかったのが良かったです。それが少しだけファンタジックな効果を出してます。
海神の雰囲気と鏑木のキャラもいいですね。
by 雫石鉄也 (2014-12-06 09:07)
ああ〜、なるほどね。
海神のドアのカウベルが付いた時のエピソードになってるわけですね。
という事は、まだマスターが若かった頃かも。
心温まるお話でした。
by 海野久実 (2014-12-06 13:00)
<SORIさん>
ありがとうございます。
優しくて陽気なご主人、理想ですね。
by リンさん (2014-12-06 17:39)
<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
カウベルのエピソードを、勝手に作ってしまってすみません。
もぐらさんとはるさんに朗読してもらうときに、ベルの音とかあると素敵だなと思ったので。
これからも時々、バー海神にお邪魔しますね^^
by リンさん (2014-12-06 17:42)
<海野久実さん>
ありがとうございます。
そうですね。
10年くらい前を想定して書きました。
今度海野さんも、バー海神でご一緒しましょう^^
by リンさん (2014-12-06 17:49)
素敵な映画のひとこまのようなお話です。
カウベルを鳴らしてそっとこんなバーの隅っこに座って
みたい気がしました。
これからもお爺さんがいいクリスマスを迎えられます
ように。
by dan (2014-12-06 18:30)
ステキなお話ありがとうございます。楽しみにしていました。
あ、『掃いても掃いても…』勝手にお借りしました。(._.)ペコリ
by はる (2014-12-08 23:21)
<danさん>
ありがとうございます。
Bar海神は、雫石さんのブログから生まれたバーです。
本当にあったら行ってみたいですよね。
そうしたらdanさんと一緒に飲めるかしら^^
by リンさん (2014-12-10 18:10)
<はるさん>
ありがとうございます。
よろしくお願いします。
「掃いても掃いても」聞きました。
素敵に読んで下さってありがとうございます^^
by リンさん (2014-12-10 18:12)
バー海神ってところあるんなら飲みに行きたい。
by さきしなのてるりん (2014-12-11 16:13)
<さぎしなのてるりんさん>
私も行きた~い。
本当にあったら、てるりんさん、一緒に行こう^^
by リンさん (2014-12-12 17:05)