彼と星とベンチコート [SF]
「寒いよ、もう帰ろうよ」
私が言うと龍一は、自分のベンチコートを脱いで私の肩にかけてくれた。
「それじゃ龍一が寒いでしょ」
「僕は平気だから、もうちょっと待ってて」
ずるいくらいの爽やかな笑顔で、彼は視線を空へ戻した。
夜のデートはいつも天体観測。
星と私、どっちが大事? そんな言葉を飲み込んで、彼のベンチコートにくるまった。
彼の匂いが私を安心させた。いつまでも寄り添っていたいと、心から思った。
目覚めて、いつもの夢だと気づいた。
毎日のように龍一の夢を見る。
彼は5年前のあの日、宇宙に連れ去られてしまった。
空からまばゆい光がまっすぐに降りてきて、龍一を連れ去った。
私はまるでSF映画を観ているような気分で、ただその場に立ち尽くしていた。
不思議と怖くなかった。
龍一が、光の中で笑っていたから。まるでそれを望んでいるように見えた。
謎の失踪事件として、しばらく世間を騒がせたが、もう誰もが忘れている。
私はあの日返しそびれたベンチコートがあるかぎり、忘れることなど出来なかった。
龍一が訪ねてきたのは、星がきれいな真冬の夜だった。
窓を叩き、相変わらずの爽やかな笑顔を見せた。
ここはマンションの5階なのに、彼はなんでもないように宙を歩いていた。
「ごめん、心配させて」
こんなに寒いのに、彼は薄着だった。あの日私がベンチコートを奪ってしまったからだ。
「5年も何をしていたの?」
「5年?そんなに経ったの?まだ半月位だと思っていた。まるで浦島太郎だな」
彼は、連れ去られたどこかの星で、留学生として優遇されていると言った。
「いずれ地球と交流を持ちたいんだって。僕はその架け橋になれるように勉強させてもらっている」
龍一はとても輝いていた。楽しくて仕方ないようだ。
「すぐには無理だけど、必ず帰ってくるよ」と龍一は言った。
ベンチコートは、その時まで預かって欲しいと。
私は、わかったと答えた。とにかく龍一が無事だったことが嬉しかった。
彼は少しも変わっていなかった。
龍一は、その後も会いに来た。
決まって星がきれいな真冬の夜。
そして決まって5年後だ。
宇宙がどれだけ素晴らしいか、地球がどんなに美しいかを熱く語る。
「もうすぐ、地球とあの星を行き来できる日がくるよ」と彼は言う。
私は、その星と地球の交流は無理だと思う。
だって時間の流れが違いすぎる。
龍一が会いに来た10度目の冬、彼はまだ青年で、私はすっかりおばあさんだ。
次に彼が来たときまで、生きていられるかどうかわからない。
古ぼけたベンチコートを眺めながら、私は呟く。
やっぱりあなたは星を選んだのね。
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私が言うと龍一は、自分のベンチコートを脱いで私の肩にかけてくれた。
「それじゃ龍一が寒いでしょ」
「僕は平気だから、もうちょっと待ってて」
ずるいくらいの爽やかな笑顔で、彼は視線を空へ戻した。
夜のデートはいつも天体観測。
星と私、どっちが大事? そんな言葉を飲み込んで、彼のベンチコートにくるまった。
彼の匂いが私を安心させた。いつまでも寄り添っていたいと、心から思った。
目覚めて、いつもの夢だと気づいた。
毎日のように龍一の夢を見る。
彼は5年前のあの日、宇宙に連れ去られてしまった。
空からまばゆい光がまっすぐに降りてきて、龍一を連れ去った。
私はまるでSF映画を観ているような気分で、ただその場に立ち尽くしていた。
不思議と怖くなかった。
龍一が、光の中で笑っていたから。まるでそれを望んでいるように見えた。
謎の失踪事件として、しばらく世間を騒がせたが、もう誰もが忘れている。
私はあの日返しそびれたベンチコートがあるかぎり、忘れることなど出来なかった。
龍一が訪ねてきたのは、星がきれいな真冬の夜だった。
窓を叩き、相変わらずの爽やかな笑顔を見せた。
ここはマンションの5階なのに、彼はなんでもないように宙を歩いていた。
「ごめん、心配させて」
こんなに寒いのに、彼は薄着だった。あの日私がベンチコートを奪ってしまったからだ。
「5年も何をしていたの?」
「5年?そんなに経ったの?まだ半月位だと思っていた。まるで浦島太郎だな」
彼は、連れ去られたどこかの星で、留学生として優遇されていると言った。
「いずれ地球と交流を持ちたいんだって。僕はその架け橋になれるように勉強させてもらっている」
龍一はとても輝いていた。楽しくて仕方ないようだ。
「すぐには無理だけど、必ず帰ってくるよ」と龍一は言った。
ベンチコートは、その時まで預かって欲しいと。
私は、わかったと答えた。とにかく龍一が無事だったことが嬉しかった。
彼は少しも変わっていなかった。
龍一は、その後も会いに来た。
決まって星がきれいな真冬の夜。
そして決まって5年後だ。
宇宙がどれだけ素晴らしいか、地球がどんなに美しいかを熱く語る。
「もうすぐ、地球とあの星を行き来できる日がくるよ」と彼は言う。
私は、その星と地球の交流は無理だと思う。
だって時間の流れが違いすぎる。
龍一が会いに来た10度目の冬、彼はまだ青年で、私はすっかりおばあさんだ。
次に彼が来たときまで、生きていられるかどうかわからない。
古ぼけたベンチコートを眺めながら、私は呟く。
やっぱりあなたは星を選んだのね。
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2015-02-21 18:06
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コメント(8)
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リンさんさん こんばんは
5年ごとのデート、素敵です。宇宙は好きだけど自分だけ年をとってしまうのはつらいですね。次は連れて行ってくれるのかもしれません。
by SORI (2015-02-21 19:41)
映画「時をかける少女」の冒頭のモノクロのシーンを思い出しました。
https://www.youtube.com/watch?v=MBl0FmLLW0k
たぶん地球と彼が留学している星は交流もできますね。
時間の流れる早さが違うのじゃなくて、彼が宇宙船で光速に近い速さで移動するので彼の時間の経過が遅くなっているからでしょう。
これはSFでは定番の「ウラシマ効果」と言う物ですね。
http://www42.tok2.com/home/catbird/urasimakouka.html
まあ、もちろん、地球と時間の流れる早さが違う星がある、と言うアイデアも面白いとは思います。
by 海野久実 (2015-02-23 18:21)
夢のような純愛物語ですね。
時が流れても二人は永遠にデートを続けるでしょう。
冬の星は美しくていろんな想像が湧いてきます。
by dan (2015-02-23 22:38)
ラストがせつなくて涙ぐんでしまいやした。
そういえば、人間と犬や猫であるペットも、年のとり方が違って
ペットはぐんぐん年をとって先にいってしまうんだよな・・・と思いやした。
by ぼんぼちぼちぼち (2015-02-24 16:25)
<SORIさん>
ありがとうございます。
ロマンチックだけど、自分だけ年をとって結婚も出来ないのは辛いですね^^
by リンさん (2015-02-25 23:26)
<海野久実さん>
ありがとうございます。
時をかける少女の冒頭シーン、憶えてますよ。
原田知世のアップが可愛かったですね。
ウラシマ効果というのは聞いたことがありましたが、こんなふうに計算式で示されるとなるほど~と思います。
難しくてよくわからないですけどね(笑)
by リンさん (2015-02-25 23:32)
<danさん>
ありがとうございます。
冬の星は本当にきれいですね。
こんな純愛もあるかもと思ってしまいます。
by リンさん (2015-02-25 23:33)
<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
ああ、そうですね。
ペットとの関係に似ているかもしれませんね。
悲しいですね。
by リンさん (2015-02-25 23:35)