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35歳の呪い [ホラー]

「おーい、四郎」
名前を呼ばれて顔を上げると、広大な花畑の向こうで、三郎兄さんが手を振っていた。
三郎兄さんは3年前に亡くなった。
するとここは死後の世界か。僕も死んだのか。

僕は名前のとおり4人兄弟の末っ子で、まだ35歳だ。
死ぬには早すぎるが、これが僕の、いや、僕たち一族の運命だ。
遠い昔、僕たちの祖先は地元では名の知れた僧侶だった。
夜な夜な現れる妖怪を、自らが犠牲になって封じ込めたという。
その時の年齢が35歳。それから妖怪の呪いが始まった。
僧侶の血を受け継ぐ男子は、35歳までしか生きることが出来ない。
それは、末えいまで祟られ、今もなお続いている。
3人の兄も35歳で亡くなった。父も、祖父も、そのまた祖父も。

覚悟はしていた。だけど、こんな突然なのか。
そもそも僕は、どうして死んだのだろう。
「四郎、早く船にのれ」
三郎兄さんは、船の上にいた。目の前に大きな川がある。三途の川だ。
「三郎兄さん、もしかして、僕はまだ死んでないんじゃないかな。三途の川を渡る前なら戻れるかな」
「戻る?おまえ何言ってるんだ?」
「そもそも、どうして死んだのかわからない。あまりに突然で、妻と子供に別れも言ってない。一度戻ってお別れを言いたいんだ」
「四郎、そんなことをしたら、余計に未練が残るだろう。これが俺たちの運命だ。ガキの頃から聞かされて来ただろう。今日がおまえの寿命なんだよ」
「わかってる。ただ最後に会ってお別れを言うだけだ。息子はまだ小さくて、呪いの話はしていない。それもちゃんと伝えなければいけないし」
「そんなの奥さんに任せろよ。だいたい自分の運命を知りながら、なぜ子供を作ったりしたんだ」
三郎兄さんは結婚をしなかった。一郎兄さんと二郎兄さんは子供を作らなかった。
どういうわけか僕たち一族には、男の子しか生まれないからだ。
「母さんに孫を抱かせてやりたかったんだ」と僕は言った。
「甘ったれだな。おまえは昔から」
三郎兄さんは、強引に僕の手を引っ張った。
手首にあざが出来るほどに強く握った。もう従うしかないと思った時だった。

遠くから声が聞こえた。
「パパ~」息子の声だ。
「あなた、戻ってきて」妻の声。
僕は船に乗る足を止めた。兄さんは、驚くほど冷たい顔をした。
「ごめん、兄さん。すぐ戻るから」
僕はその手を強引に振り切り、花畑の先に見えるひとすじの光に向かって走った。
ゴーッという地響きのような唸り声が後ろから聞こえた。構わずに僕は走った。

病院のベッドの上にいた。
「気がついたのね。よかった。急に倒れたから驚いたわ」
妻と息子が僕にしがみついた。
「心配させてごめんよ。だけど、どうやら今日が僕の寿命らしいんだ」
「そんな。いやよ」
呪いのことは結婚する前に告げていた。わかっていたとはいえ、妻は泣き崩れた。
眠ったら、再びあそこに戻るのだろう。父と3人の兄が待っている死後の世界に。

ところが僕は死ななかった。あれから30年が過ぎたが、まだ生きている。
僕のところでちょうど呪いがとけたのだと思った。
しかし、そうではない。
僕は、父の子供ではなかったのだ。母と不倫相手とのあいだに出来た子供だった。
それを知ったのは母の臨終前で、「ごめんね」を繰り返しながら、自分の不貞を詫びた。
詫びる必要などない。たしかにショックだったけど、おかげで僕はこうして生きている。

ただ、心配なのは三郎兄さんのことだった。
母の人生をかけた秘密を、三郎兄さんだけが知っていたそうだ。
三郎に日記を読まれてしまったと母が言った。

35歳のあの日、僕を死後の世界に連れて行ったのは三郎兄さんだったのではないか。
血を継いでいない僕を妬んで、無理やり連れて行こうとしたのではないか。
僕は時々夢を見る。あの時の兄さんの冷たい顔。手首にくっきり残ったあざは、あの日兄さんが付けたものだ。
そして、僕の息子の手首にも、あの日から同じあざが出来た。
息子と嫁との間に生まれた、僕の孫にも同じあざがあった。

新しい呪いが始まってしまった。

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コメント 4

SORI

リンさんさん こんにちは
不思議な物語に引き込まれました。35歳で死ぬよりは手首のあざの方がいいですね。
by SORI (2015-02-26 12:22) 

雫石鉄也

もうひとひねり欲しかったですね。
主人公の血統は僧侶の血は受け継いでいないのですね。
だから昔からの呪いは受け継がず、35で死なないわけですね。
その代わりに、代々手首にあざができるのでしょう。
35で死ぬよりも、呪いの濃度が薄くなったのではないのですか。
これではホラーとして尻すぼみです。
アザがなんらかのワザをするというのではどうでしょう。
例えば、

ぼくの妻は35で死んだ。ぼくの兄も父も祖父も35で死んだ。その呪いはとけた。代わりに新たな呪いが。

「あなたどうしたの」
「手首のアザがうずくんだ」
「そんなん初めてじゃない」
「そうなんだ」
「おいしかったね。ありがとう」
 きょうは妻の誕生日だった。ちょっとしゃれたイタリアン・レストランで食事してプレゼントを渡した。そして夜。妻を愛そうとした時、手首が痛くなった。
 アザが立体的になってきた。目鼻がついた。口がついた。聞いたことがある。人の顔の形をしたできもの。人面瘡だ。
できものが口を開けた。その口にはピラニアのような歯が生えていた。そいつはぼくの意思を無視して、妻に近寄った。
妻ののど笛に噛み付いた。そいつはぶるっと震えた。ポタ。肉片が布団に落ちた。妻ののどの肉だ。妻はのどから鮮血をほとばしている。ヒューヒューと空気がもれる。

息子の嫁も35で死んだ。妻殺しの罪に問われ、死刑判決を受けた日に聞いた。
by 雫石鉄也 (2015-02-26 14:32) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
こんな呪いが本当にあったらどうでしょうね。
自暴自棄になるか、一生懸命生きるか、その人次第ですかね。
by リンさん (2015-02-27 18:26) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
雫石さんの結末、本当に怖いですね。
映像にするとすごい迫力ですよ。きっと。
やっぱりホラーだから、私のは優しすぎましたね。
いつもアドバイスありがとうございます。
by リンさん (2015-02-27 18:29) 

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