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最後のゲスト [公募]

本当に大きなお屋敷だったの。
20人は座れる大きなテーブルが真ん中にあって、天井には素敵なシャンデリア。
ゲストルームもあってね、週末には必ずお客様を迎えて、ちょっとしたパーティをしたの。
みんな素敵なお洋服を着ていたから、私もその日はブルーのドレスをおねだりしたわ。

ゲストの中には同じ年の少年もいて、一緒にかくれんぼをしたわ。
思えば、あれが私の初恋かしら。
母は、決まって美味しいローストビーフを焼いて、父はお気に入りのワインを振る舞ったわ。
私はまだ飲めなかったけど、ワインを開ける音は大好きだったのよ。

私が大人になるころには、我が家の財政は破たんしていたわ。贅沢しすぎたのね。
あの家を手放すとき、母は信じられないほど泣いたわ。
命を失ったように静まり返った家で、母の泣き声だけが響いていたの。

**
男は、黙って私の話を聞いていた。
「ねえ、最後にあの家に行ってみたいの。だめかしら」
「過去に戻りたいということですか?」
「そうじゃないの。最後に一度でいいから、あの家にゲストとして招かれてみたいの」
男は深いため息をついて、ふうっと消えてしまった。

余命を告げられたのは数か月前だ。「会いたい方はいませんか」と医者は言った。
誰もいなかった。両親はとっくに天に召されたし、兄弟もいない。
一度は結婚したけれど、ひどい男ですぐに別れた。よって子供もいない。

ひとりで穏やかにその時を迎えようと決めた。そして今日、男が現れた。
死神と名乗るその男は、「お迎えにあがりました」と抑揚のない声で言った。
穏やかに逝くと覚悟したのに、急に我儘を言いたくなった。
未練はひとつ。私がいちばん幸せだったあの家に、もう一度行ってみたい。

死神はなぜ消えてしまったのだろう。
いったん戻って上司と相談しているのだろうか。
そんなことを考えていたら、可笑しくなってひとりで笑った。
胸が苦しい。やはり今夜が寿命のようだ。
痛い足を引きずりながら台所でローズマリーのお茶を淹れた。
最後のお茶はローズマリーと決めていた。
そして魔法にかかったように、私は深い眠りに落ちた。

体を揺さぶられて、夜中に目を覚ました。死神が戻っていた。
「あら、上司との交渉は上手くいったの?」
寝ぼけながらジョークを言ってみたけれど、死神は表情を変えず、「急いでください。時間がありません」と、私の手を取った。
旅立ちはいつも忙しないものだ。死神に手を引かれ暗闇をさまよう。
怖くはないけれど、未練を捨て切れてはいない。

突然、視界が開けた。柔らかい光に揺れる若葉。薔薇が咲誇る庭にバイオリンの音色が響く。
そこは、ずっと夢に見た私の家だった。
いつのまにか、ターコイズブルーのドレスを着ていた。死神は消えていた。
「ようこそ。お待ちしていました」
メイドに招かれて中に入ると、懐かしい父と母がいた。
「いらっしゃい」「さあどうぞ」
大きなテーブルの真ん中に座った。ゲストは私ひとりだ。
「お招きありがとうございます」私は言った。
お父さん、お母さんとは呼ばなかった。
なぜならふたりは、今の私よりずっと若いから。

母は白いエプロンを身に着けて、得意のローストビーフを運んできた。
子供の頃は苦手だった西洋わさびの味も今ならわかる。
父はとっておきのワインを持ってきた。
ぎりぎりと瓶にしがみつくコルクを回し、ポンと引き離す。
トクトクとグラスに注がれる音は、私の心音に似ていた。
「ああ、美味しい」

父がワインの薀蓄を語り、母が穏やかにたしなめる。
昔から見ている風景に胸がいっぱいになった。楽しい時間は過ぎるのが早い。
気づいたら暗闇に戻っていた。元の寝巻姿で、となりには死神がいる。
魔法がとけたシンデレラみたいだ。

「気が済みましたか」
相変わらず抑揚のない声で言った。
「ええ。とても素敵だったわ。死神さんがこんなにサービスがいいなんて驚いたわ」
「特別です」
「あら、そうなの? どうして?」
「私もあの家に招かれたことがあるからです」
「え? やだ、あのときの少年? まさかね。天使のような少年が、死神のわけないわね」
「天使が死神になってはいけませんか」
抑揚のない声だが、少し拗ねたように聞こえる。
何度もジャンケンに負けてオニばかりさせられた少年の、拗ねた顔を思い出した。
「やっぱりそうなの?」
死神は応えなかった。感覚が徐々に薄れていく。
「ありがとう」と言ってみた。返事はない。
暗闇に紛れてしまったのか、その姿はもう見えなかった。

*****

公募ガイド「TO-BE小説工房」で佳作をいただいた作品です。
しかも今回は、次点ということで、選評にも名前を入れていただきました。
課題は「余韻のある結末」 相変わらず難しくて、これでいいのかな?と思いながら送りました。
佳作がいただけるとは本当に思っていなかったので嬉しかったです。

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mura

おめでとうございます!

作品がアップされるのを楽しみに待っていました。
あの阿刀田先生に「文章が冴えてる」と褒められたのですから、すごいですよね。
読みやすいのに味わいのある素敵なお話でした。
余韻もばっちりです。さすが!


by mura (2015-08-12 14:20) 

ゆん

おめでとうございます。
お屋敷の贅沢な様子が活き活きと伝わってきました。
by ゆん (2015-08-12 15:51) 

SORI

リンさんさん こんにちは
死神さんも彼女に恋をしていたのですね。最後に素晴らしいプレゼントをしてもらえるなんて、素敵で不思議な物語です。読んでいる方も、心地よい感じです。
by SORI (2015-08-12 17:22) 

さらまわし

残暑お見舞い申し上げます。
まだまだ暑いです。体調崩さないようにして下さいね!!!
by さらまわし (2015-08-12 21:26) 

海野久実

おめでとうございます。
早くも「TO-BE小説工房」常連さんですね。

なんと初めから終わりまで暖かい光に包まれたような素敵なお話ですね。
そうか。
りんさんの世界観では普通の人間が天使や死神になったりするんですね。
僕の世界観ではそれらは別物なのでなるほどと思いました。
by 海野久実 (2015-08-13 10:09) 

リンさん

<murakamiさん>
早速読んでくださってありがとうございます。
阿刀田先生は、佳作についてはあまり触れてくれないので、今回は本当に嬉しかったです。

来月の課題も難しいですね。
お互い頑張りましょうね。
by リンさん (2015-08-13 20:34) 

リンさん

<ゆんさん>
ありがとうございます。
ホームパーティなんてしたことないから、想像だけで描きました。
伝わってよかったです^^
by リンさん (2015-08-13 20:38) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
そうか、死神さんにとっても初恋だったのですね。
そのあたりは、あえてあやふやにしたのですが、そういうふうに受け取っていただけて嬉しいです。
by リンさん (2015-08-13 20:43) 

リンさん

<さらまわしさん>
残暑お見舞い申し上げます。
まだまだ暑いうえに、天気が不安定ですね。
くれぐれもお身体お大事に。
by リンさん (2015-08-13 20:45) 

リンさん

<海野久美さん>
ありがとうございます。
常連だなんて、まだまだですよ^^;

死神が出る話はたまに書くんですけど、人生を全うして迎えに来られるなら本望かな…と思って、優しい死神さんに登場してもらったのです。
ちょっときれいすぎるかな、という気もするんですけどね^^
by リンさん (2015-08-13 20:50) 

家間歳和

佳作(しかも次点!)おめでとうございます。
ラストが死に向かっているのに、暖かい余韻が残る良作ですね。
上司との交渉は上手くいったの? と冗談を言う部分が好きです。
by 家間歳和 (2015-08-14 10:13) 

dan

佳作おめでとうございます。惜しい! あと一歩だったのですね。
とても素直に物語のなかに入っていけました。
本当に余韻のある結末でした。
懐かしいわが家で若い両親と会えた場面、私なら多分ここで
終わりにしたでしょう。
リンさんはやっぱり才能豊かです。
by dan (2015-08-14 16:19) 

リンさん

<家間歳和さん>
ありがとうございます。
今回は思いがけず次点をいただけて、本当に嬉しかったです。
両親も高齢になって、死というものを穏やかに描きたいと思うようになりました。
それでときどき、このような死神を登場させることがあります。
課題の余韻を感じてもらえてよかったです。
by リンさん (2015-08-17 00:03) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
そうです。あと一歩でした^^
余韻を残すために、暗闇の中をラストにしました。
死神を少年と匂わせたのは、あとから思いついて書き足しました。

by リンさん (2015-08-17 00:07) 

SORI

リンさんさん おはようございます。
「天使が死神になってはいけませんか」、そんな言葉から感じられたのです。無限に近い長い時間が過ぎていく素敵で一番印象的な言葉でした。

by SORI (2015-08-18 09:28) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
このセリフだけ、やけに人間っぽいですよね。
私も気に入っています^^
by リンさん (2015-08-21 17:43) 

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