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ベルベットの部屋 [SF]

この部屋は、本当に居心地がいい。
温かくて清潔で、おだやかな空気が流れている。
アイボリーの壁には花の絵が飾られ、いつも静かな音楽が流れている。
窓にかかったベルベットのカーテンは、季節ごとに色を変える。

ママはソファーにもたれてレースを編む。
私と弟は、ふかふかの絨毯で本を読んだりトランプをする。
1日中この部屋で過ごすけれど、なんの不自由も感じない。
むしろ楽しい。

夕方パパが仕事から帰ってくると、弟がすかさず飛びつく。
「おかえりパパ」
「パパ、外の話聞かせて」
パパは優しく笑いながら、仕事で出会った珍しい生物の話をしてくれる。
ママは食事をテーブルに並べ、グロテスクな生物の話に眉をしかめる。

パパが宇宙勤務になったのは1年前。
私たち家族は、地球に残るか、パパと宇宙に行くかを問われた。
私と弟は、迷わず「宇宙」と答えた。
地球の学校が好きではなかった。
乱暴な男子にイスを蹴られたり、消しゴムを取られたりした。
早生まれで小さい弟は、理由もなくイジメを受けていた。

宇宙には、どんな恐ろしいことがあるかわからないから、パパが仕事に行っている間、私たちは1日中部屋の中で過ごす。
ベルベットのカーテンが開くことはない。
窓の向こうは、鉄の壁だから。
その向こうがどんな世界か知らないけれど、知る必要もないほどに、この部屋が大好きだ。

ママが10作目のレースを編み終え、私と弟が50冊の本を読み終えた頃、パパが言った。
「もうすぐ地球に帰れるぞ」
ママは目を輝かせた。
「まあ嬉しい。もう味気ない宇宙食を食べなくて済むのね」
私と弟は、思わず顔を見合わせた。
地球になど、帰りたくない。
「3日後、地球に帰るぞ」
パパは言った。

その夜、私と弟は家出の計画を立てた。
3日後の朝、家出をする。
私たちがいないことに気付けば、地球へ帰るのもやめるはず。
「でもさ、外は危険なんでしょう?」
弟がしり込みをする。
「パパはいつも出かけるけど、無事に帰ってくるじゃない」
「特殊な宇宙服を着ているからだ」
「じゃあその服を借りればいい」
宇宙服が小型宇宙船のガレージに2着ある。それを着ればいい。

そして3日後、ほとんど眠らずに朝を迎えた。
パパとママはまだ眠っている。
弟とベッドを抜け出して、そろりと歩く。
鉄の扉を開けるセキリュティーコードはこっそり覚えた。
宇宙服を着て扉を開けると、朝の陽射しが眩しかった。
久しぶりに見る光に、思わず目を閉じた。
そよそよと風になびく草原が広がっている。
鳥のような生物が空を飛び、キツネのような生物が顔を出す。
「なんだ。地球と同じような星だ」

空気があることを知り、宇宙服を脱いだ。
大地に足をのせると、弟ははしゃいで走り回った。
私は久しぶりすぎて、上手く走れない。
足がもつれて転んだとき、うしろからパパの声がした。
「こら、いきなり外に出たら危ないだろう」
しまった。連れ戻される。

「パパ、私ずっとこの星にいたい。地球に帰りたくない」
パパとママは呆れたように笑った。
「何言ってるの?ここが地球よ」
「え?だって、今日地球に帰るんでしょう?」
「たった今帰って来たんだよ。3日間かけて地球にね」

振り向くと、大きな宇宙船が私たちを見おろしている。
窓もない鉄のかたまり。
朝露を含んだ草が足元をくすぐり、優しい風が髪を揺らした。
1年間過ごしたベルベットの部屋が、なぜだかとても不自由に感じた。

「お姉ちゃん、ぼく学校へ行ったら、みんなに宇宙生物の話をするんだ」
息を切らした弟の顔が輝いている。
「うん。私も」 と答えていた。
なぜだろう。少しだけ、楽しみだ。


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たまきち

ショートショートの傑作

平和な日常が実は宇宙船だったなんて!
思いもよりませんでした。すばらしい。!

ハッピィエンドのりんさんの作が好きです。♪
by たまきち (2015-11-16 09:48) 

雫石鉄也

これはみごとなSFです。
最後のどんでんがえしも良かったです。
ただ、地球帰還の第1歩はたいへんに良い印象で、良かったです。
しかし、これでめでたしめでたしとはなりませんね。
この兄弟、姉弟かな、はまた学校へ行くわけでしょう。だったらまたイジメにあいませんか。その心配を解決する描写があると、よりいっそう良くなったと思います。
by 雫石鉄也 (2015-11-16 13:48) 

リンさん

<たまきちさん>
ありがとうございます。
嬉しいです。
SFをアップするときは、本当にドキドキなんです^^
by リンさん (2015-11-16 17:51) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
いつもアドバイスありがとうございます。
たしかにおっしゃる通りです。
学校へ行く憂鬱さが少しでも軽くなるように、最後に4行付け足してみました。
きっといい方向へ向かうように、明るいラストにしてみました。
by リンさん (2015-11-16 17:56) 

dan

姉弟にとって住み心地のいいベルベットの部屋も
やっぱり地球にはかないません。
これから二人は学校で誰も経験したことのない
ベルベットの部屋のことを話すだけで人気者に
なって、地球がもっと好きになるのではないでしょうか。
それにしても父親が宇宙勤務になるという発想はリンさんならでは
のものです。拍手!!
なかなか読み応えがあって好きでした。
by dan (2015-11-17 11:43) 

ぼんぼちぼちぼち

ベルベットが幸せ、守ってくれているものの象徴として使われているのでやすね。
あの肌触り、納得でやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2015-11-17 16:10) 

U3

リンさんへ

「さらまわし」という人物がnice!を押していますね。
過去に読者登録してくれというコメントをCOPY & PASTEされたことはありませんか。「毎回楽しく拝見しております」というような文章で始まるコメントです。
 このブロガーは訪問先の記事を実は一度も見ずにこのコメントをコピペしています。ただただnice!が欲しくてあちらこちらのブログに同じコメントを貼り付けている要注意人物です。
 もし読者になってくれと請われても応じないでください。不快な思いをするだけです。
by U3 (2015-11-20 12:36) 

海野久実

少年少女向けの家族SFと言う感じですね。
とても微笑ましいいいお話だと思います。
それを踏まえたうえで(笑)

>パパが宇宙勤務になったのは1年前。

この「宇宙勤務」と言う言葉のイメージが僕の中で、あいまいなんですよね。
宇宙空間で何をするんだろうと思いながらずっと読んで行き、後の方でどこか異星に着陸して調査をしていたんだと解るんですね。
その辺、最初からはっきり判らせておくか、最後の最後まで隠しておいてそれを意外な結末にするか、どっちかだと思うんです。

>「お姉ちゃん、ぼく学校へ行ったら、みんなに宇宙生物の話をするんだ」

書き足した最後の部分を生かすためには子供たちはお父さんの話だけではなく、写真や動画で宇宙生物を見せられているか、本物を見ている方がいいような気がしました。

by 海野久実 (2015-11-21 12:00) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
一生嫌な思いもせずに、何かに守られていくわけにはいきませんよね。
地球の大地を踏みしめて、成長していってほしいものです^^
by リンさん (2015-11-21 14:18) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
ベルベットには、やわらかや上品さや温かさがありますね。
たとえ宇宙船の中でも、快適に過ごせるように用意されたんでしょうね^^
by リンさん (2015-11-21 14:25) 

リンさん

<U3さん>
ご忠告ありがとうございます^^
by リンさん (2015-11-21 14:26) 

リンさん

<海野久美さん>
ありがとうございます。
そうですか。
父親の仕事、最初からわかったほうが良かったですか。
入れることも考えたのですが、子供目線なのでぼかしてもいいかなあ~と^^;
宇宙生物のところは、そうですね、画像を見せる方がいいですね。
いつもありがとうございます。
by リンさん (2015-11-21 14:30) 

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