子どもを乗せるな [ホラー]
「暗やみ坂に幽霊が出るらしい」
客待ちの時間を持て余した運転手たちが、輪になってそんな話をしていた。
タクシーの運転手をしていると、この手の話は珍しくない。
「夜遅く、子どもがひとりで手を上げているらしい」
「子どもの霊か。いやだな」
「子どもは乗せるな、ということだな」
みんなが話に夢中になる中、私はあまり興味がなかった。
私にはまったく霊感がないから、幽霊に会う心配など皆無だと思っていた。
しかし今夜、私はうっかり乗せてしまったのだ。
子どもは乗せるなという忠告を、話半分に聞いていたからだ。
夜の10時を回ったところだ。坂の手前で男の子が手を上げていた。
てっきり親が一緒にいるのだと思い、車を停めた。
街灯のない暗い道だった。
ドアを開けると、子供はひとりで静かに乗り込んできた。
「きみ、ひとりなの?」
私の問いかけに答えず、子供は小さな声で行き先を告げた。
「3丁目の霊園まで」
「れ、霊園?」
ルームライトが小さな白い顔を照らし出した。
子どもがこんな時間に、ひとりで霊園など行くはずがない。
間違いなく幽霊だ。暗やみ坂に幽霊が出ると、あの日言っていたではないか。
冷気とともに、底知れぬ恐怖が背中を伝う。
私はどうしていいかわからずに、とりあえず震える手でハンドルを握った。
振り向かないように、前だけを見て走った。
後部座席からは、不気味なほどに何の物音もしない。
ルームミラーをチラッと見るが、子どもは映らない。
やはり幽霊だと確信した。汗がとめどなく流れた。
霊園に着けば、きっと消えてくれるだろう。
車を停めたら誰もいなくて、シートだけが濡れていたとか、よく聞く話じゃないか。
タクシーは人通りがまったくない霊園の入り口に着いた。
きっと子供は消えているだろう。シートだけが濡れているだろう。
人生で初めて幽霊を見た。それだけのことだ。
私は思い切って振り向いた。
「着きました」
子どもは、大きな瞳で私をじっと見た。
消えていない。それどころか、はっきりした声で「いくらですか?」と言った。
なんだ、人間の子供じゃないか。
最近は塾やら何やらで、遅く帰る子供が多い。
そういえば、この霊園の先に住宅がいくつかある。
きっとそこへ帰るのだろう。
ルームミラーに映らなかったのだって、この子が小さいからだ。
何をビビってたんだ。ライトをつけてよく見れば、可愛い顔をした小学生じゃないか。
私は心底安心して、にこやかに答えた。
「970円です」
子どもは「はい」と小さく返事をした。
そして、誰もいない助手席に向かって声をかけた。
「お母さん、970円だって」
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客待ちの時間を持て余した運転手たちが、輪になってそんな話をしていた。
タクシーの運転手をしていると、この手の話は珍しくない。
「夜遅く、子どもがひとりで手を上げているらしい」
「子どもの霊か。いやだな」
「子どもは乗せるな、ということだな」
みんなが話に夢中になる中、私はあまり興味がなかった。
私にはまったく霊感がないから、幽霊に会う心配など皆無だと思っていた。
しかし今夜、私はうっかり乗せてしまったのだ。
子どもは乗せるなという忠告を、話半分に聞いていたからだ。
夜の10時を回ったところだ。坂の手前で男の子が手を上げていた。
てっきり親が一緒にいるのだと思い、車を停めた。
街灯のない暗い道だった。
ドアを開けると、子供はひとりで静かに乗り込んできた。
「きみ、ひとりなの?」
私の問いかけに答えず、子供は小さな声で行き先を告げた。
「3丁目の霊園まで」
「れ、霊園?」
ルームライトが小さな白い顔を照らし出した。
子どもがこんな時間に、ひとりで霊園など行くはずがない。
間違いなく幽霊だ。暗やみ坂に幽霊が出ると、あの日言っていたではないか。
冷気とともに、底知れぬ恐怖が背中を伝う。
私はどうしていいかわからずに、とりあえず震える手でハンドルを握った。
振り向かないように、前だけを見て走った。
後部座席からは、不気味なほどに何の物音もしない。
ルームミラーをチラッと見るが、子どもは映らない。
やはり幽霊だと確信した。汗がとめどなく流れた。
霊園に着けば、きっと消えてくれるだろう。
車を停めたら誰もいなくて、シートだけが濡れていたとか、よく聞く話じゃないか。
タクシーは人通りがまったくない霊園の入り口に着いた。
きっと子供は消えているだろう。シートだけが濡れているだろう。
人生で初めて幽霊を見た。それだけのことだ。
私は思い切って振り向いた。
「着きました」
子どもは、大きな瞳で私をじっと見た。
消えていない。それどころか、はっきりした声で「いくらですか?」と言った。
なんだ、人間の子供じゃないか。
最近は塾やら何やらで、遅く帰る子供が多い。
そういえば、この霊園の先に住宅がいくつかある。
きっとそこへ帰るのだろう。
ルームミラーに映らなかったのだって、この子が小さいからだ。
何をビビってたんだ。ライトをつけてよく見れば、可愛い顔をした小学生じゃないか。
私は心底安心して、にこやかに答えた。
「970円です」
子どもは「はい」と小さく返事をした。
そして、誰もいない助手席に向かって声をかけた。
「お母さん、970円だって」
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2016-08-04 19:33
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コメント(16)
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リンさんさん おはようございます。
どんな形で幽霊を見せてもらえるのか、想像しながら読ませていただきました。予想だに出来なかった最後の言葉「お母さん、970円だって」! 恐れ入りました。
by SORI (2016-08-05 05:42)
見事です。ショートショートのオチのお手本です。
最後の一行で、作品全体を支配しています。
さすがです。
by 雫石鉄也 (2016-08-05 13:53)
こんにちは!
子どもが手をあげて待ってるトコでゾッとし、
普通に会話したトコでホッし、
最後のオチでゾゾゾッとしました。
想像したら怖いけど、
この時期ならではの楽しさも味わえました。
by まるこ (2016-08-06 11:50)
お~このオチはまったく予測できなかったでやす~
by ぼんぼちぼちぼち (2016-08-06 14:05)
おお~
これは切れのいいすっきりした怪談になっていますね。
ど定番のシチュエーションを使いながら意外な結末。
実は、そのど定番のストーリ運びから、どんな結末が待っているのか、あまり期待せずに読んでいたのです。
すっかりやられました。
by 海野久実 (2016-08-06 18:21)
お見事です。最初からオチばかり考えながら
読んでいました。
最後やられると分かっているのに私の無駄な抵抗です。
勿論全部はずれでした。
by dan (2016-08-09 15:25)
<SORIさん>
ありがとうございます。
やっぱり、「見えないけどいる」というのが、一番怖いかなと思って、この結末にしました^^
by リンさん (2016-08-09 22:26)
<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
セリフの後に何か描写を入れようと思ったのですが、このままの方がいいような気がして入れませんでした。
これでよかったのですね^^
ホッとしました。
by リンさん (2016-08-09 22:27)
<まるこさん>
ありがとうございます。
夏はやっぱりホラーですね。
ゾゾッとしていただけてよかったです^^
by リンさん (2016-08-09 22:28)
<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
見えないのにずっと隣に乗っていたなんて、怖いですよね。
by リンさん (2016-08-09 22:30)
<海野久実さん>
ありがとうございます。
ラストはいろいろ考えたんですよ。
手だけが伸びてお金を渡すとか、声だけ聞こえるとか。
だけど結局ここで終わりにしました。
その方がよかったみたいですね。
by リンさん (2016-08-09 22:33)
<danさん>
ありがとうございます。
オチを考えながら読んでたんですか。
ではこれからもギャフンと言わせるものを書かなければ(笑)
by リンさん (2016-08-09 22:36)
やっぱりオチを考えて読んでしまうのですが、子供に渡されたのは古いお金かな?と考えてました。やられたぁ笑
by ふう (2016-08-10 16:29)
<ふうさん>
ありがとうございます。
ああ、子どもが旧千円札を出すという結末も、なかなか怖いですね。
それは思いつきませんでした。
by リンさん (2016-08-10 21:45)
それで見えない札を手渡して「釣りはいりませんよ」とか言いながら降りたりして
by Tome館長 (2016-08-12 11:23)
<tome館長さん>
ありがとうございます。
あっ、それ新手の詐欺ですか^^
by リンさん (2016-08-12 22:49)