人生最後の贈り物 [公募]
人間には寿命がある。それは仕方のないことだ。
あまり知られていないが、寿命が近づくと、どこからか封書が届く。
きれいな水色の封筒には、天使の羽根で書かれたような、あなたの名前が記されている。
封筒の中には、真綿のような白い表紙のカタログが入っている。
タイトルは『人生最後の贈り物』。
高木は、三年前に妻を亡くしてひとり暮らし。
息子夫婦に一緒に暮らそうと言われたけれど断った。
住み慣れた町を離れたくなかったし、嫁に気を使うのも嫌だった。
しかしここ数か月は体調が悪く、息子夫婦の世話になることも考えなければ、と思い始めていた。
高木宛に水色の封書が届いたのは、そんな秋の早朝だった。
起き抜けのテーブルに、不思議なほど自然に置かれていた。
高木は戸惑いつつも封を開けた。
「人生最後の贈り物? なんだ、これは?」
カタログを開くと、紫色のインクで書かれた丁寧なあいさつ文があった。
『慎ましく愛情深い人生を送ってきた貴方に、最後の贈り物です。カタログの中から気に入ったものをひとつ選んで、返信用のはがきに番号をご記入ください。最期まで幸せなときを過ごせるよう、心よりお祈りいたします』
そろそろお迎えが来るということか。高木は妙に納得しながら、頁をめくった。
一頁めに、豪華なディナーの写真があった。
こんな食事を、一度はしてみたいと思っていた。
飲んだこともない高価なワインとシャンパン。
厚いステーキに添えられたフォアグラ。旨そうだ。
しかしこのところ、いかんせん食欲がない。半分も食べられないだろう。
高木はため息をついて頁をめくった。
二頁めには、旅の写真があった。高木は、海外旅行など一度も行ったことがない。
妻が病弱だったから、旅行といっても近場の温泉がせいぜいだ。
ハワイでゴルフ、パリで美術館巡り、豪華客船で世界一周。どれもこれも魅力的だ。
しかし高木は、妻と出かけた温泉以上の想い出を作りたいとは思わなかった。
夕陽に染まる山間の宿と、妻の笑顔が高木のいちばんの想い出だ。
三頁めには、可愛い赤ん坊の写真があった。「初孫」と書かれている。
少し高木に似ている気がする。息子夫婦に子供はいない。
友人から孫の話を聞くたびに、羨ましいと思ったのは事実だ。
しかし、そういう人生を選んだのは息子夫婦だ。
老い先短い自分の願望で、彼らの人生を変えてはならない。
四頁めには、級友たちの写真があった。
どのようにして手に入れたのかわからないが、高木の学生時代の写真であった。
これにはさすがに心が動いた。
最後に級友たちと酒を酌み交わすことが出来たらどんなにいいだろう。
しかし高木は、三年前の妻の葬儀に遠方から駆けつけてくれた友人たちのことを想った。
みんな足が不自由だったり、持病があったりする中、無理をしてきてくれた。
何度も足を運ばせるのは忍びない。高木の方が出向くのは、体力的に自信がない。
これもだめかと頁をめくった。
五頁めには、写真はなかった。ただ、大きな読みやすい字でこう書かれていた。
『あたたかく、おだやかな死』
これだ、と高木は思った。もうこれ以外望むものはない。
高木はカタログを閉じて、同封されていた返信用のはがきに、「№5」と書き込んだ。
すると、それと同時にはがきが煙のように消えた。
カタログも封筒も、一緒に消えてしまった。
高木は、右手に握りしめたボールペンで頭を掻きながら「寝ぼけてたのか?」とひとり言を言った。
それから数か月後、高木は静かに息を引き取った。
息子夫婦と、妹夫婦や甥や姪たちに囲まれて、実にあたたかく、おだやかな最期だった。
「あなた、今までお疲れさまでした」
まるで定年退職をしたときのように、先だった妻が高木を迎えた。
「あなたも№5を選んだのね」
「そうだ。おまえも?」
「ええ、それ以外に望むものなどないわ」
「そうだな」
「あなたが№6を選ばなくてよかったわ」
№6があったことを、高木は知らなかった。五頁までしか見ていなかったからだ。
何だろう。気になったが後の祭り。
高木は妻の手を取って、あたたかくおだやかな風の中を歩き出した。
№6は、「絶世の美女との一日デート」であった。
女性の場合は美女が美男子になるのだが、不思議なことに殆どの人間は、五頁めで手を止めてしまうのだった。人生最後に願うことは、きっとそういうものなのだろう。
*****
公募ガイドTO-BE小説工房で落選だった作品です。
テーマは「贈り物」でした。
これは、オチが決まらなくて書き直しをくり返したものです。
そういうのはたぶんダメだろうなと思っていました。
夫婦が黄泉の国で出会って終わりの方がよかったかもしれません。
どうでしょう?
にほんブログ村
あまり知られていないが、寿命が近づくと、どこからか封書が届く。
きれいな水色の封筒には、天使の羽根で書かれたような、あなたの名前が記されている。
封筒の中には、真綿のような白い表紙のカタログが入っている。
タイトルは『人生最後の贈り物』。
高木は、三年前に妻を亡くしてひとり暮らし。
息子夫婦に一緒に暮らそうと言われたけれど断った。
住み慣れた町を離れたくなかったし、嫁に気を使うのも嫌だった。
しかしここ数か月は体調が悪く、息子夫婦の世話になることも考えなければ、と思い始めていた。
高木宛に水色の封書が届いたのは、そんな秋の早朝だった。
起き抜けのテーブルに、不思議なほど自然に置かれていた。
高木は戸惑いつつも封を開けた。
「人生最後の贈り物? なんだ、これは?」
カタログを開くと、紫色のインクで書かれた丁寧なあいさつ文があった。
『慎ましく愛情深い人生を送ってきた貴方に、最後の贈り物です。カタログの中から気に入ったものをひとつ選んで、返信用のはがきに番号をご記入ください。最期まで幸せなときを過ごせるよう、心よりお祈りいたします』
そろそろお迎えが来るということか。高木は妙に納得しながら、頁をめくった。
一頁めに、豪華なディナーの写真があった。
こんな食事を、一度はしてみたいと思っていた。
飲んだこともない高価なワインとシャンパン。
厚いステーキに添えられたフォアグラ。旨そうだ。
しかしこのところ、いかんせん食欲がない。半分も食べられないだろう。
高木はため息をついて頁をめくった。
二頁めには、旅の写真があった。高木は、海外旅行など一度も行ったことがない。
妻が病弱だったから、旅行といっても近場の温泉がせいぜいだ。
ハワイでゴルフ、パリで美術館巡り、豪華客船で世界一周。どれもこれも魅力的だ。
しかし高木は、妻と出かけた温泉以上の想い出を作りたいとは思わなかった。
夕陽に染まる山間の宿と、妻の笑顔が高木のいちばんの想い出だ。
三頁めには、可愛い赤ん坊の写真があった。「初孫」と書かれている。
少し高木に似ている気がする。息子夫婦に子供はいない。
友人から孫の話を聞くたびに、羨ましいと思ったのは事実だ。
しかし、そういう人生を選んだのは息子夫婦だ。
老い先短い自分の願望で、彼らの人生を変えてはならない。
四頁めには、級友たちの写真があった。
どのようにして手に入れたのかわからないが、高木の学生時代の写真であった。
これにはさすがに心が動いた。
最後に級友たちと酒を酌み交わすことが出来たらどんなにいいだろう。
しかし高木は、三年前の妻の葬儀に遠方から駆けつけてくれた友人たちのことを想った。
みんな足が不自由だったり、持病があったりする中、無理をしてきてくれた。
何度も足を運ばせるのは忍びない。高木の方が出向くのは、体力的に自信がない。
これもだめかと頁をめくった。
五頁めには、写真はなかった。ただ、大きな読みやすい字でこう書かれていた。
『あたたかく、おだやかな死』
これだ、と高木は思った。もうこれ以外望むものはない。
高木はカタログを閉じて、同封されていた返信用のはがきに、「№5」と書き込んだ。
すると、それと同時にはがきが煙のように消えた。
カタログも封筒も、一緒に消えてしまった。
高木は、右手に握りしめたボールペンで頭を掻きながら「寝ぼけてたのか?」とひとり言を言った。
それから数か月後、高木は静かに息を引き取った。
息子夫婦と、妹夫婦や甥や姪たちに囲まれて、実にあたたかく、おだやかな最期だった。
「あなた、今までお疲れさまでした」
まるで定年退職をしたときのように、先だった妻が高木を迎えた。
「あなたも№5を選んだのね」
「そうだ。おまえも?」
「ええ、それ以外に望むものなどないわ」
「そうだな」
「あなたが№6を選ばなくてよかったわ」
№6があったことを、高木は知らなかった。五頁までしか見ていなかったからだ。
何だろう。気になったが後の祭り。
高木は妻の手を取って、あたたかくおだやかな風の中を歩き出した。
№6は、「絶世の美女との一日デート」であった。
女性の場合は美女が美男子になるのだが、不思議なことに殆どの人間は、五頁めで手を止めてしまうのだった。人生最後に願うことは、きっとそういうものなのだろう。
*****
公募ガイドTO-BE小説工房で落選だった作品です。
テーマは「贈り物」でした。
これは、オチが決まらなくて書き直しをくり返したものです。
そういうのはたぶんダメだろうなと思っていました。
夫婦が黄泉の国で出会って終わりの方がよかったかもしれません。
どうでしょう?
にほんブログ村
2016-09-10 17:49
nice!(9)
コメント(18)
トラックバック(1)
リンさんさん おはようございます。
物語に最後のオチが必要なのだろうかと、最近考えることがよくあります。偶には、自然に穏やかに終わりながら心に残る物語もあってはいいのではないかと思います。
素敵な物語です。
by SORI (2016-09-11 04:21)
最後のオチはオチで少しクスって笑えて
よかったです。
でも私もきっと5番目で○して、
そのまま送っちゃうかも。
やっぱり人生の最期はおだやかに
旅立ちたいな。
by まるこ (2016-09-11 12:37)
いい話です。ちょっと感動しました。
ただ、№6のこと。少しとうとつでしてたね。№6があるのなら、伏線をはれば良かったです。
この作品を読んでて、ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの映画「最高の人生の見つけ方」
http://blog.goo.ne.jp/totuzen703/e/bb9b9abef0231bf833dc57734d819618
あの映画は「世界一の美女にキスする」でした。この映画もけっこうな映画でした。モーガン・フリーマンいいですね。
by 雫石鉄也 (2016-09-12 14:38)
結婚式の引き出物のカタログギフトですね。
この贈り物は>慎ましく愛情深い人生 を送った人だけに届くのでしょうか。
若くして亡くなる人とか、事故で突然亡くなる人には届かないのかなあ。
そんなことをあれこれ考えていました。
やはり、NO.6はオチの為に考えた感じがして他の贈り物の中に入るとちょっと違和感がありますね。
こんなのはどうでしょう?
NO.6 もう一度、別の人との人生。
by 海野久実 (2016-09-12 17:08)
最優秀作品読みました。
うーんリンさんの作品の方が私はいいと思いました。
このテーマ範囲が広すぎて簡単なようで難しいですね。
リンさんの「贈り物」 私には思いつきもしないとても素敵だと、
私の心情にぴったりでした。
最後は二人が会ったところで終わった方が余韻があったのではと
思います。
by dan (2016-09-12 20:58)
№6があるほうが リンさんのお話らしくていいです♪
この話の進み方で6があるとは考えないですよね^^;
私もあたたかく、穏やかな死を選ぶかな。
by みかん (2016-09-13 20:44)
<SORIさん>
ありがとうございます。
ショートストーリーを書いていると、どうしてもオチを求められているような気がしてしまいます。
SORIさんの言うように、自然に終わるのもいいですよね。
by リンさん (2016-09-14 17:00)
<まるこさん>
ありがとうございます。
そうですよね。
ここまできたら、私もきっとNo.5を選びますよ。
by リンさん (2016-09-14 17:01)
<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
オチを考えて、何となく浮かんでしまったものなので、確かに唐突でしたね。
もう少し練ればよかったと反省しました。
この映画、見てないんですよね。
世界一の美女にキス? どうやってしたんでしょう?
by リンさん (2016-09-14 17:04)
<海野久実さん>
ありがとうございます。
やはり寿命を全うした人に届くのではないでしょうか。
NO.6 もう一度、別の人との人生
うわ、やられた!
このオチだったら佳作もらえたかも。
しかしこれで何度も人生繰り返されたら大変ですね(笑)
by リンさん (2016-09-14 17:07)
<danさん>
ありがとうございます。
最優秀作品、贈り物がラーメンだったっていう、さりげなさがよかったのでしょうかね。
danさんのおっしゃるように、最後は二人手を取り合って…で終わったほうがよかったかなと、読み返して思いました。
難しいものですね。
by リンさん (2016-09-14 17:10)
<みかんさん>
ありがとうございます。
わあ、いろんな意見が聞けて嬉しいです。
№6が先だったら、けっこう悩む人がいそうじゃないですか。
「今度順番替えようか」みたいなセリフもちょっと考えたんですよね。なんだかコメディになっちゃいそうでやめたんですけど。
by リンさん (2016-09-14 17:13)
danさんと同意見です。
だいぶ前 danさんと同じ経験したから。
(りんさんの作品のほうが好きだと思った)
審査員のようにあれこれ分析しないから?
いいなと思うものは自分の心に届きます。~
(^ω^)
by たまきち (2016-09-26 07:17)
<たまきちさん>
お返事遅くなってごめんなさい^^;
ありがとうございます。
たまきちさんが審査員だったらなあ~(笑)
by リンさん (2016-09-27 23:20)
いま読みました。
最後はたしかにオチを入れたくなるし、りんさんのは
奥さんの思いも浮かびあがってアリだと思いました。
ただ、No5のあとにあるのはちょっと不自然かも(笑)
「もう一度、別の人との人生」これなら最後にあっても自然。
うまいです。(最後にしては時間かかりすぎだけど)
りんさんの作品のいちばんの魅力は、なめらかに心に入ってくる
「優しさ」ですね。
「慎ましく愛情深い人生を送ってきた貴方に」というあいさつ文もすてきです。
普通ならだれそうなMo1~No4の説明を、ごく自然につなげていく技術力もすごいと思います。
しかも「慎ましく~」をちゃんと読者にしみこませながら。
ぼくもこの回応募して落選で、「何でだよ」とむかついたんだけど、
りんさんの作品が落選と知ってなっとくしました(^^;)
しかし、りんさんのが落選というのは納得できない(怒)
阿刀田さんがぼけてきたのか、そこまで行く前の下読みのレベルが低いのか……
ほんと、すてきな作品でした。
by ひと休み (2016-12-26 10:09)
あれ?
なんで署名があいちゃうんだろう。
前もこんなことが……
by ひと休み (2016-12-26 10:12)
ふと思って、確信に至ったんだけど、たぶん阿刀田さんは
雑誌に名前のあがってる作品を見せられて最優秀、佳作、選外佳作に分けてるだけだと思う。
「落選」は下読み判断で、阿刀田さんは読んでくれてないね。
残念だけど。
by ひと休み (2016-12-27 08:57)
<ひと休みさん>
ありがとうございます。
ラストがなかなか決まらなかったので、ちょっと自信がなかった作品です。
褒めていただけて嬉しい。
ひと休みさんも出したのですね。
応募数が多いから、なかなか難しいですね。
先月の裏公募ガイドに書いてありましたが、下読みの方が選び、最終に残ったものを阿刀田先生が読むそうです。
私は今回の「新人」は、まだ書いていません。
明日にはなんとかまとめたいです。
by リンさん (2016-12-27 21:11)