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コスモスの丘で [男と女ストーリー]

久しぶりの休日だ。
たまった洗濯物を干し終えて、太陽に向かって大きく伸びをした。
「いい天気だし、どこか行く?」
まだ夢の中のマサルに声をかけても返事はない。
ずっと残業続きだったから、ゆっくり寝ていたいのだろう。
自分も働いているから、マサルの気持ちがよくわかる。
「たまには、ひとりで出かけてみようかな」
コスモスの丘はどうだろう。結婚前にふたりでよく行った場所だ。
たしか美味しい蕎麦屋があったはず。

マサルを起こさないように支度をして、車に乗り込んだ。
結婚して3年。最近は互いに仕事が忙しくて、一緒に出掛けることもない。
「おひとりさま」も流行っていることだし、疲れている夫をわざわざ起こして連れ出すこともない。何事もひとりで楽しめる自分になろう。
私は、なんだか冒険に行くようでわくわくしていた。

コスモスの丘は、家族連れやカップルで賑わっていた。
ちょうどコスモスが見ごろで、多くの人がスマホで写真を撮っていた。
自撮りしてみようかな。カメラを自分に向けたが、どうもうまくいかない。
「撮りましょうか?」
若いカップルの女性が声をかけてきた。
「ありがとうございます」
写真を撮ってもらい、礼を言うと、女性は少し気の毒そうに「おひとりですか」と聞いた。
「ええ、まあ」
「ここって、カップルで来ると、永遠に結ばれるんですよ」
「そうなの?」
「はい。だから、頑張ってくださいね」
え…? 何を?
私は思わず左手の指輪を隠した。この人ぜったい私を憐れんでいる。
そういえばさっきから私、カップルばかりをじっと見ていた。
寂しい30女に見えたのかしら。
遠ざかる若いカップルを見送ると、たまらなく可笑しくていつまでも笑った。

売店でコーヒーを買って、今度は家族連れをじっと見た。
そろそろ子どものことも考えないと、女性にはタイムリミットがある。
子どもができたら、マサルの帰りも少しは早くなるかな。
女の子が投げたボールが、ころころと転がってきた。
取って手渡すと、あどけない声で女の子が言った。
「おばちゃん、ひとりなの?」
ん? おばちゃん? きみのママよりたぶん若いけどね。
という言葉を飲み込んで、「ひとりだよ」と答えた。
「じゃあこれあげる」と、女の子はイチゴのキャンディをくれた。
ぱたぱたと女の子が走り去った後に、少し溶けたキャンディが残った。
私って、そんなに寂しそうに見えるのだろうか。

本でも持ってきて読めばよかった。
ただじっと、カップルや家族連ればかり見ているから愛に飢えた女に見えるんだ。
それならコスモスを見よう。
爽やかな秋の風に揺れる可憐な花。可憐なのに芯が強い花。
「君はコスモスみたいだね」って、結婚前にマサルが言ってくれたっけ。
遠い昔のことみたいだ。
ぼんやりしながらコスモスを眺めていたら、見覚えのある男が近づいてくる。
「え? マサル?」
マサルが息を切らしながら走ってきた。
「どうしたの?」
「電話しても出ないから、きっとここだと思って」
「電話。あっ、マナーモードにしてたから気づかなかった」
「ごめん」と、突然マサルが頭を下げた。
「なに? あなた何かしたの?」
「忘れたわけじゃないんだ。今日が結婚記念日だってこと」
「へ?」

今日が結婚記念日ということを、すっかり忘れていたのは私の方だ。
マサルは、いつまでも起きない自分に腹を立て、私がプチ家出をしたと思ったらしい。
コスモスの丘はふたりの想い出の場所だから、ここに来れば会えると思ったようだ。
ひとりの休日を満喫するつもりだったのに、結局ふたりになっちゃった。
まあ、でも、ひとりでいても私、マサルのことばかり考えていたんだけどね。

「お蕎麦食べる?」
「そういえば腹減った」
私たちは腕を組んで、コスモスの道を歩いた。
さっきの若いカップルと、キャンディをくれた子どもの姿を探したけれどいなかった。
「私のダンナさまよ」と自慢したかったのに。残念。

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コメント 14

SORI

リンさんさん こんにちは
心地よく流れていくストーリー
すごくハッピーな二人でホッとしました。
by SORI (2016-09-29 15:35) 

雫石鉄也

いいですね。
ほんと、ほんわかとした、しあわせな気分になれました。
ラストのしめ、残念、が良かった。
私もこんな話を書いてみたいのですが、「海神」かガサツなSFしか思いつきません。
by 雫石鉄也 (2016-09-30 13:28) 

まるこ

なんかいいなーっ。
ってまだ独身のワタシが憧れてしまうような
夫婦関係(^-^)
ダンナさまが息を切らせて
走ってくるトコなんてちょっとキュンと
しちゃった!
by まるこ (2016-10-02 22:41) 

みかん

ほ~っとするいいお話ですね(#^.^#)
結婚して3年ならまだまだ旦那様はお優しい(笑)
by みかん (2016-10-03 21:22) 

dan

「コスモスの丘で」内容にぴったりのタイトルです。
青い空と風にそよぐ色とりどりのコスモスの花が
目に浮かびます。この二人の幸せがいつまでも
続きますように。胸のあたりがほっこりしています。
by dan (2016-10-03 23:04) 

海野久実

りんさんの描くカップルはほんといつもほのぼのしていいですね。
ストーリーもほのぼの。
僕は主人公に感情移入してしまってかっこいいダンナさんを皆んなに見せつけて帰って来たいところですが、小節の結末としてはこのままがいいですね。

少し溶けたキャンディが残った

少女が手に持っていたキャンディーが少し溶けている。
秋の涼しい空気と少女の体温を感じる細かな描写ですね。

by 海野久実 (2016-10-04 13:06) 

ぼんぼちぼちぼち

奥様がどこに来てるか解っちゃうなんていい関係でやすなぁ。
by ぼんぼちぼちぼち (2016-10-04 13:55) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
何でもない話ですが、みなさんが幸せな気持ちになれたら嬉しいです。
by リンさん (2016-10-06 18:19) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
結婚3年目くらいだと、まだ奥さんも可愛いものですよね(笑)
海神シリーズは大好きですよ。
味があって、あれは雫石さんならではですね。
by リンさん (2016-10-06 18:21) 

リンさん

<まるこさん>
ありがとうございます。
夫を寝かせてあげようと思った妻、怒らせたと思って慌てて探しに出る夫。
お互いのことを想っているからいいんですね。
10年も経てば、こういう気持ちもだんだん失せていきますけどね(笑)
by リンさん (2016-10-06 18:28) 

リンさん

<みかんさん>
ありがとうございます。
そうですね。結婚3年なら優しいね^^
だんだん妻も、ひとりが楽になりますよね(笑)
by リンさん (2016-10-06 18:30) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
danさんのお話にも、お花がよく出てきますね。
コスモスって、たくさん咲いているほど幸せな気持ちになりますね。
by リンさん (2016-10-06 18:32) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
ひとりでも全然平気に見える人もいるけれど、この彼女はやっぱりどこか寂しかったのでしょうね。
カップルの女性や、キャンディをくれた子どもが、どこかで見て、「なんだ彼氏いたんだ」って思ったかもしれませんね。
by リンさん (2016-10-06 18:39) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
そうですね。想い出の場所が、家の近くでよかったのかもしれません(笑)
by リンさん (2016-10-06 18:40) 

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