黒い服の男 [ミステリー?]
「ねえ、さっきから後ろの車がついてくるんだけど」
バックミラーをちらちら見ながら妻が言う。
夫は助手席でスマホをいじりながら「方向が一緒なんだろ」と、ぶっきらぼうに答えた。
妻がファザードをつけて路肩に止まると、後ろの車も止まった。
「やっぱり私たちを尾行してるわ」
「刑事ドラマじゃあるまいし。いいから急いでくれよ」
夫は今から、2泊3日の出張に行く。電車の時間が迫っていた。
駅のロータリーに着くと、後ろの車もピタリと止まった。
せわしなく後部座席から旅行カバンを取り出す夫を、じっと見ている。
妻は、気味が悪くなって車を降りると、後ろの白いセダンに向かって歩き出した。
「ちょっと、どういうつもり?」
運転席の窓を叩き話しかけたが、運転席には誰もいない。
「うそ。いつ降りたの?」
「おい、何やってるんだよ。俺はもう行くぞ」
妻が振り向くと、カバンを抱えた夫の後ろに、黒い服を着た男が寄り添っている。
「あ、あなた、うしろ!」
妻が怯えながら指さしたが、夫は首をかしげるだけだ。
「後ろが何?」
夫には、男が見えていないのだ。
黒い服を着た男は、薄ら笑いを浮かべて夫の後ろに張り付いている。
嫌な予感がした妻は、「あなた、行かないで」と叫んだ。
「なんだよ。ただの出張じゃないか。おまえ、おかしいぞ」
妻は夫のカバンを掴んで、ロータリーの植木の中に放り投げた。
「おい、何するんだよ。おまえ本当におかしいぞ」
慌ててカバンを拾いに行く夫だったが、無残にも定刻を過ぎ、乗るはずだった電車は発車してしまった。
それと同時に、夫の後ろに寄り添っていた黒い服の男も煙のように消えてしまった。
結局夫は、出張を取りやめた。
夫が乗るはずだった電車の、乗るはずだった車両で爆発事故があり、多くの犠牲者が出た。
あのまま乗っていたら、夫も命を落としていたはずだ。
あの男は死神だったのではないかと、妻は思った。
「私が、夫の命を救ったんだわ」
妻は、夫とふたりで夕食後のお茶を飲みながら、しみじみ言った。
「よかった。あなたが生きていて」
「そうだな。おまえのおかげだ」
「出張は、大丈夫だったの?」
「ああ、部下に変わってもらった。あの後電車が動かなかったから仕方ない」
夫は、「さて」と立ち上がり、風呂場に向かった。
夫のスマホが鳴った。メールの着信だ。
「部下の方かしら。急ぎの連絡だったら大変」
妻は、いつもは絶対に夫のスマホを見たりしないのだが、そのときはなぜか気になって見てしまった。
『今度はいつあえる?』
「え…?」
妻は震える手で、他のメールを開く。
夫の送信メール、8:20『妻が何か感づいたようだ。今回の旅行は中止にしよう』
妻の手から、ぽろりとスマホが落ちた。
出張と言いながら、本当は女との不倫旅行だったのだ。
そういえば、思い当たることが他にもある。
許せない。ずっと騙されていたなんて。
妻の中に殺意が芽生えた。
鼻歌を歌いながら風呂から出てきた夫の後ろに、再び黒い服の男が寄り添っているのだが、今度ばかりは妻にも、その姿は見えないのであった。
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バックミラーをちらちら見ながら妻が言う。
夫は助手席でスマホをいじりながら「方向が一緒なんだろ」と、ぶっきらぼうに答えた。
妻がファザードをつけて路肩に止まると、後ろの車も止まった。
「やっぱり私たちを尾行してるわ」
「刑事ドラマじゃあるまいし。いいから急いでくれよ」
夫は今から、2泊3日の出張に行く。電車の時間が迫っていた。
駅のロータリーに着くと、後ろの車もピタリと止まった。
せわしなく後部座席から旅行カバンを取り出す夫を、じっと見ている。
妻は、気味が悪くなって車を降りると、後ろの白いセダンに向かって歩き出した。
「ちょっと、どういうつもり?」
運転席の窓を叩き話しかけたが、運転席には誰もいない。
「うそ。いつ降りたの?」
「おい、何やってるんだよ。俺はもう行くぞ」
妻が振り向くと、カバンを抱えた夫の後ろに、黒い服を着た男が寄り添っている。
「あ、あなた、うしろ!」
妻が怯えながら指さしたが、夫は首をかしげるだけだ。
「後ろが何?」
夫には、男が見えていないのだ。
黒い服を着た男は、薄ら笑いを浮かべて夫の後ろに張り付いている。
嫌な予感がした妻は、「あなた、行かないで」と叫んだ。
「なんだよ。ただの出張じゃないか。おまえ、おかしいぞ」
妻は夫のカバンを掴んで、ロータリーの植木の中に放り投げた。
「おい、何するんだよ。おまえ本当におかしいぞ」
慌ててカバンを拾いに行く夫だったが、無残にも定刻を過ぎ、乗るはずだった電車は発車してしまった。
それと同時に、夫の後ろに寄り添っていた黒い服の男も煙のように消えてしまった。
結局夫は、出張を取りやめた。
夫が乗るはずだった電車の、乗るはずだった車両で爆発事故があり、多くの犠牲者が出た。
あのまま乗っていたら、夫も命を落としていたはずだ。
あの男は死神だったのではないかと、妻は思った。
「私が、夫の命を救ったんだわ」
妻は、夫とふたりで夕食後のお茶を飲みながら、しみじみ言った。
「よかった。あなたが生きていて」
「そうだな。おまえのおかげだ」
「出張は、大丈夫だったの?」
「ああ、部下に変わってもらった。あの後電車が動かなかったから仕方ない」
夫は、「さて」と立ち上がり、風呂場に向かった。
夫のスマホが鳴った。メールの着信だ。
「部下の方かしら。急ぎの連絡だったら大変」
妻は、いつもは絶対に夫のスマホを見たりしないのだが、そのときはなぜか気になって見てしまった。
『今度はいつあえる?』
「え…?」
妻は震える手で、他のメールを開く。
夫の送信メール、8:20『妻が何か感づいたようだ。今回の旅行は中止にしよう』
妻の手から、ぽろりとスマホが落ちた。
出張と言いながら、本当は女との不倫旅行だったのだ。
そういえば、思い当たることが他にもある。
許せない。ずっと騙されていたなんて。
妻の中に殺意が芽生えた。
鼻歌を歌いながら風呂から出てきた夫の後ろに、再び黒い服の男が寄り添っているのだが、今度ばかりは妻にも、その姿は見えないのであった。
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2016-12-06 11:06
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コメント(13)
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う~む。こわい話ですね。
by お名前(必須) (2016-12-06 13:21)
ラストのゾクっとする恐怖感がたまりません^^;
今度ばかりは妻にも黒い服を着た男が
見えないという事は
妻が夫を・・・って事なのでしょーか。
嫉妬は怖い。
それ以上にやっぱり浮気はいけませんっ!
by まるこ (2016-12-06 15:16)
リンさんさん こんばんは
死神が車に乗ってついてくる発想には驚かされました。いろんな物語に使えそうです。
by SORI (2016-12-07 00:39)
いちばん上のコメント私です。
by 雫石鉄也 (2016-12-07 03:47)
車に乗る死神、自分が殺意を持っている時には死神の姿が見えない。
などという設定はとても面白いですね。
ストーリー的にも読ませる展開だと思います。
でも、夫の浮気がバレるバレ方がちょっと安易かな。
もうちょっと世の中の男は用心深いと思いますけどね(笑)
何時から何時まではメールはするなとか。
いやいや、僕のことではなくて。
やっぱりここは、メールを見る前に、妻のカンで夫の態度が何となくおかしいと思ってから見るのではないでしょうか?
しかし、メールはきっと削除されてますよ。
いやいや、僕の経験ではないですってばあ。
by 海野久実 (2016-12-07 08:58)
夫婦愛の物語で、よかったよかった、ほのぼの……
(リンさん、だんなさんを愛しているんだなあ~)
と思っていたら、どんでん返し。
そうですよね。SSなんだから、そういかなくちゃね。
(ひょっとしてリンさん……)
などなど、かってにいろいろ楽しませてもらいました。
by ひと休み (2016-12-07 16:32)
最初のほうの 車が後をつけてくるってとこで「不倫の話かな?」と思いやしたが、やっぱ違って夫婦愛のお話だと思ったら
やっぱり不倫だったんでやすね。
ダンナさん殺されちゃうんでやすね・・・・・・(◎o◎:
by ぼんぼちぼちぼち (2016-12-08 21:32)
<雫石鉄也さん>
雫石さんだってわかりましたよ。
私の推理力で…ウソです^^
クリックしたら雫石さんのところに飛びました(笑)
いつもありがとうございます。
by リンさん (2016-12-10 17:18)
<まるこさん>
ありがとうございます。
やっぱり死神に取りつかれるくらいだから、そういう運命だったのかもしれませんね。
浮気はダメですよね~、ホントに。
by リンさん (2016-12-10 17:27)
<SORIさん>
ありがとうございます。
何も車に乗ってこなくても…とは思ったのですが、尾行されるのも面白いかなと思い、この設定にしました^^
by リンさん (2016-12-10 17:34)
<海野久実さん>
ありがとうございます。
こういうご指摘が、きっとあるだろうと思っていました。
確かにこの夫、甘いですよね。
だからあえて、普段は絶対に見ないメールを見たと書いてみたんですが、それでも、もうちょっとうまくやれよと思ってしまいますね。
私も海野さんと同じく経験がないので何とも…本当ですよ^^
by リンさん (2016-12-10 17:38)
<ひと休みさん>
ありがとうございます。
そうですね。やっぱりどんでん返しは必要ですね^^
せっかく助かった命なのに。
あ、フィクションですよ~。念のため(笑)
by リンさん (2016-12-10 17:42)
<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
あ、鋭いですね。結局不倫の話でした。
妻が実行に移したかどうかは、ご想像にお任せです。
妻はよっぽど夫を信じていたんでしょうね。
by リンさん (2016-12-10 17:44)