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しわしわの手 [ホラー]

ひいばあちゃんは毎月十日に、しわしわの手で財布から百円玉をひとつ取り出して、アオイの手のひらにのせてくれた。
「ほらほら、早くしまいな。取られるよ」
誰が取るのかわからないけれど、ひいばあちゃんはいつもそう言った。
「あたしゃもう長くないから、アオイちゃんに、おこづかいをあげるのも今月で最後かね」
そう言いながら、翌月も、その次の月もおこづかいをくれるから、アオイはこの時間が、ずっと続くものだと思っていた。

三月の終わりのおぼろ月の夜、ひいばあちゃんは眠るように静かに天国へ旅立った。
「九十才まで生きたんだ。きっとひいばあちゃんは幸せだよ。心残りはないだろう」
みんなそう言っていた。お葬式で泣いている人はいなかった。アオイも泣かなかった。
「もう、おこづかいをもらえないんだな」
ただ、そんなことを思った。

四月になって、アオイは四年生になった。
空っぽになったひいばあちゃんの部屋の前を通るときは、少しだけせつなくなった。

それは十日の夜だった。誰もが寝静まった真夜中、ふと目覚めたアオイの小さな耳に、ひいばあちゃんの声が聞こえた。
「アオイちゃん、おこづかいをあげようね」
暗闇から、青白い手がすーっと現れて、アオイの方に伸びてきた。
その手は半分透明だけど、ひいばあちゃんの手だとわかった。
しわしわの手が、幽霊になって現れた。
その手は、声も出せずに怯えているアオイの枕もとに、百円玉をぽとりと落とし、闇に消えた。

慌てて両親の部屋に駆け込んだが、「夢でも見たんだろう」と笑い飛ばされた。
百円玉は確かに存在する。夢ではない。
アオイは「早くしまいな」というひいばあちゃんの声を思い出し、こっそり貯金箱に入れた。

五月十日の真夜中、アオイは眠れずにいた。
今日もひいばあちゃんが来るような気がしていたからだ。青白い光が、窓に映った。
「アオイちゃん、おこづかいをあげようね」
ひいばあちゃんのしわしわの手が現れると、アオイは反射的に手を出した。
ひいばあちゃんの手は、百円玉をアオイの手のひらに乗せて闇に消えた。
「ありがとう。ひいばあちゃん、また来てね」
アオイは怖さも忘れ、そんなことを言った。
百円は本物だった。試しにお菓子を買ってみたら、普通に買えた。
だからアオイは、ひいばあちゃんが来るのを、心待ちにするようになった。
そしてひいばあちゃんは毎月来た。
同じようにしわしわの手で百円を手のひらに乗せてくれる。
アオイは、当然のように受け取るのだった。

ひいばあちゃんの一周忌がやってきた。アオイはお墓に手を合わせて密かに願った。
「ひいばあちゃん、アオイはもうすぐ五年生になります。どうか、おこづかいを値上げしてください」
アオイは、両親からもらうおこづかいを、すぐに使ってしまう悪いくせがあった。
だからひいばあちゃんのおこづかいが、もっと欲しいと思ったのだ。
そして十日の真夜中、アオイはひいばあちゃんが来るのを待った。
「アオイちゃん、アオイちゃん」
ひいばあちゃんの声が、いつもよりも近くに聞こえた。
起き上がってみると、アオイの足元に、ひいばあちゃんがいた。
青白い顔をして背中を丸め、日向ぼっこをしているように座っている。
「ひいばあちゃん、お墓でのお願い、聞いてくれた? できれば三百円くらい欲しいな」
ひいばあちゃんは、悲しそうにうつむいた。

「アオイちゃんにあげるお金は、もうないよ」
「え、そうなの?」
「本当はね、極楽に行く前の二回だけ、アオイちゃんに逢いに来たの。だけどねえ、アオイちゃんがまた来てねって言うからさ、極楽に行きそびれちゃったよ」
「じゃあ、ひいばあちゃんはどうするの?」
「ここにずっと居させてもらおうかね」
「いやだよ。極楽に行ってよ」
「金がないから行けないよ。それともあげた金を返してくれるかい?」
ひいばあちゃんはにやりと笑いながら、骸骨のように細い手をアオイの前に伸ばした。
アオイは悲鳴を上げて両親を呼んだが、ひいばあちゃんはアオイにしか見えず、ふたりはアオイの頭をなでながら、「怖い夢を見たのね」と笑うのだった。

その日から、毎月十日になるとアオイは、両親からもらったお小遣いの中から百円玉を取り出して、しわしわのひいばあちゃんの手に乗せる。
「あと五百円だねえ」
ひいばあちゃんは、にやにや笑いながら、百円玉を懐にしまうのだった。


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まるこ

怖い。。。
でもアオイの自業自得のような気もする。
だってこのまま大きくなると、とんでもない浪費家になりそうなので、おばあちゃんが戒めてくれているんだと思うと、逆にありがたい存在なのかもと思ったり(笑)
by まるこ (2017-09-21 22:30) 

村上母

怖いのに、笑うのはなぜでしょう??
by 村上母 (2017-09-21 22:35) 

雫石鉄也

極楽へ行くのにお金が要るという事は、三途の川の渡し賃ですね。三途の川の渡し賃は六文と決まってました。
真田の旗印、六文銭は、いつ死んでも困らないようにということです。
この作品の場合は600円ということですね。おばあさんは600円持って旅たったのですね。
なお、桂米朝師匠の「地獄八景亡者戯」
https://www.youtube.com/watch?v=Q3z3fZ9hfI0
では、三途の川には鬼の船頭がいて、死に方と病で、渡し舟の値が違います。600円とは、このおばあさん、何で死んだのでしょうね。
by 雫石鉄也 (2017-09-22 13:37) 

ぼんぼちぼちぼち

冥途へゆくお金を渡してくれていたんでやすね。
でもきっちり返すことになったんでやすね。
おばあちゃん、ちゃんと成仏しなくちゃでやすね(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2017-09-23 20:20) 

SORI

リンさんさん おはようございます。
読んでいてすごくさわやかな気持ちにさせてくれるホラーでした。ひいばあちゃんのおかげでアオイちゃんはいい子に成長していくことでしょう。いい物語でした。
by SORI (2017-09-25 09:53) 

リンさん

<まるこさん>
ありがとうございます。
欲をかくといいことありませんね。
いい教訓になってくれたらいいですけど^^
by リンさん (2017-09-26 18:02) 

リンさん

<村上母さん>
ありがとうございます。
怖いけど笑っちゃうのが狙いでした^^
児童文学賞に送ったものです。2作送ったうちの1作です。
by リンさん (2017-09-26 18:04) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
ひいおばあちゃんは、極楽に行く四十九日の間だけ、おこずかいを渡しに来たんですが、アオイが「また来てね」と言ったから、行きそびれちゃったんです。
冥土に行くのに六文銭が必要というのは、よく聞く話ですね。
死に方で金額が違うのは知りませんでした。
ひいおばあさんは、老衰で亡くなりました。
大往生というところです。


by リンさん (2017-09-26 18:12) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
優しいおばあちゃんだけに、ちゃんと成仏してほしいですね^^
by リンさん (2017-09-26 18:15) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
ホラーだけど、ちょっとコミカルにしてみました。
お金の大切さが伝わってくれたら嬉しいです^^
by リンさん (2017-09-26 18:16) 

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