SSブログ

通り雨 [ミステリー?]

突然雨が降り出したので、夫の傘を持って家を出た。
駅から家までは5分ほどの距離だが、濡れたら可哀想だ。

夕暮れの駅は、たくさんの人であふれていた。
夫は背が高いので、すぐに見つけた。
声をかけようと近づくと、となりに髪の長い女がいることに気づいた。
誰だろう。偶然会った会社の同僚という雰囲気ではない。
女が赤い傘を開き、夫は当然のようにその傘の柄を持って、家と逆方向に歩いていく。
濡れないように互いに寄り添い、それはまるで恋人同士のようだった。

信じられない出来事に声も出せず、モヤモヤした気持ちで家に帰った。
雨は、いつの間にか止んでいた。
玄関を開けるとそこには、タオルで頭をゴシゴシ拭いている夫がいた。
「急に雨が降るからさ、濡れちゃったよ。あれ?もしかして迎えに来てくれたの?行き違いだったのかな」

さっき別の女性と歩いて行ったはずなのに、どういうことだろう。
きっと私の見間違いだ。同じような背格好で、同じようなスーツを着ていた人を、夫と間違えてしまったのだ。
「すぐにご飯にするね」
私は自分の勘違いが可笑しくて、ひとりで笑った。

その日から、得体のしれない違和感が私を襲った。
夫は確かに今まで通りの夫なのに、なぜだか妙な違和感がある。
ちょっとした仕草や言い回しが、別人のように思えるときがある。
「あれ、この人、こんな笑い方したかな?」といった、些細なことではあるが。

数週間後、再び雨が降った。
私は夫の傘を持ち、駅まで迎えに行った。
改札から出てくる夫を見つけて近づくと、そこにはやはり髪の長い女がいた。
楽しそうに笑いながら、私の前を通り過ぎた。
「憲一さん!」
思わず、夫の名前を呼ぶと、ふたり同時に振り向いた。
夫は、怪訝な顔で私を見た。
「ケンちゃん、知り合い?」女が言う。
「いや、知らないけど」
ふたりは、首をかしげて去っていく。
夫だ。似ている人などではない。夫だ。
表情も、髪の分け目もホクロの位置も、何もかも同じだ。
追いかけようとしたとき、後ろから肩を叩かれた。
「迎えに来てくれたんだ。助かったよ」
笑顔の夫が立っていた。

目の前にいるのは確かに夫なのに、なぜだろう。なぜだろう。
「この人誰?」と思ってしまう。

駅を出ると、雨はすっかり止んでいた。
「久々に、相合傘とかしたかったな」
夫が子供みたいな顔で言った。
「そうだね」と答えながら、微かに漂う違和感を振り払うように夫の手を握った。


にほんブログ村
nice!(8)  コメント(12) 

nice! 8

コメント 12

まるこ

リンさん、こんばんは。
夫への違和感が、最初の雨に日から・・・と
思ったら、なんかちょっとだけゾっとしちゃいます。
実は夫は妻も知らなかった双子で、
浮気(本命?)のアリバイ作りにもう一人が
芝居してるとか。。。(考えすぎ?)
それとも単純に疑心暗鬼で妻がそういう目でしか
見れなくなってしまったのか。。。
どちらにしても、違和感の真実が気になります、リンさんっ!
by まるこ (2017-09-26 22:19) 

雫石鉄也

いわゆるドッペルゲンガーネタですね。
この作品はりんさんらしく、ひねりが効いていて、本人ではなく夫のドッペルゲンガーなわけですね。
自分のドッペルゲンガーを見た者は死ぬといわれますが、この場合、夫は自分のドッペルゲンガーを見ていないわけですね。
で、主人公が、愛する夫を死なせないように、夫に夫のドッペルゲンガーを見せないようにがんばる。あるいは、夫に保険金をかけていて、夫を死なせようと、なんとかドッペルゲンガーを見せようとする。
どちらにしても面白いと思いますよ。
by 雫石鉄也 (2017-09-27 14:05) 

SORI

リンさんさん おはようございます。
ミステリアスで不思議な物語です。
赤い傘の女性と一緒の人も、自分の夫も同じ人なのでしょうね。異次元ひずみ?夢?赤い克つの女性も自分だったりと、いろいろと考えてしまいます。
by SORI (2017-09-28 07:53) 

ひと休み

うむ。これは……???
自分の中に育っていた夫への違和感が、ある時ふと、こんな幻影を見せたんでしょうか。
こういう不思議でちょっと怖い話、大好きです。

by ひと休み (2017-09-30 22:39) 

ぼんぼちぼちぼち

もう一人の旦那さんは旦那さんのささやかな願望かな?って思いやした(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2017-10-01 18:09) 

リンさん

<まるこさん>
ありがとうございます。お返事遅れてすみません。
これは、時空のひずみで出来たもう一つの世界で生きている憲一さんが、通り雨というキーワードでこちらの世界と一瞬だけ交わってしまったのです。
同じ人だけど別人で、妻はすっかり混乱してしまったのです。
そういうところを書くと長くなってしまうので、あえて読者に丸投げ(笑)
もちろん、どんな風に読んでいただいても構いませんよ。
夫の双子説も、アリです^^

by リンさん (2017-10-03 23:21) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
さすがですね。
ドッペルゲンガーを見たら死ぬという説を、取り入れるんですね。
すごく面白いSFミステリーになりそうです。
夫に見せないように妻が頑張るほうが好きですね。
夫は夫で、妻のドッペルゲンガーを見ていたりして^^
by リンさん (2017-10-03 23:25) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
そうです。異次元で生きている憲一さんを、雨がきっかけで出会ってしまうのです。
妻も不思議な感覚に陥ってしまったのですね。

by リンさん (2017-10-03 23:29) 

リンさん

<ひと休みさん>
ありがとうございます。
この話は、夫はまるで悪くないんです。
今まで通りの夫なのに、不思議な世界を見てしまったせいで、違和感を覚えてしまったのでしょうね。
たまにはこういう不思議な話もいいかなと思って書きました。
by リンさん (2017-10-03 23:32) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
ああ、なるほど。
そうですね。きっと妻もそう思ってしまったから、微かな不信感を憶えてしまったのかもしれませんね。
by リンさん (2017-10-03 23:34) 

はる

眼精疲労とは大変でしたね。りんさんは豊富にお話しを紡ぎだしているので、眼精疲労にもなりそう。。。
通り雨の朗読のお願いです。よろしくお願いいたします。

by はる (2017-10-04 21:39) 

リンさん

<はるさん>
ありがとうございます。
眼科に行ったわけではないので、はっきりとわからないのですが、たぶんそうです。
ここ2,3日は全然痛くないので、大丈夫だと思います。
心配してくれてありがとう^^
朗読、もちろんOKです。
よろしくお願いします。
by リンさん (2017-10-05 19:21) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。