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夢から覚めた夢 [公募]

夢から覚めたとき、人は二通りの反応をする。
それがいい夢だったときは「何だ、夢か」とがっかりして、悪い夢だったら「夢でよかった」とホッとする。
つまり、見た夢と現実の反応は、真逆である。

なぜそんな話になったのかは忘れたが、目の前の武田君はAランチのコロッケをほおばりながら、「景子さん、哲学者っすか?」と、相変わらず軽い口調で言った。
武田君と私は、事務用品を販売する会社で経理の仕事をしている。
男のくせにおしゃべりで気さくな彼を、私はよくランチに誘う。

「俺、夢ってあんまり見ないんですよね」
「私はね、時々思うの。今生きている世界が、全部夢だったら……ってね」
「景子さん、詩人っすか?」

翌日、武田君が私の顔を見るなり「見ましたよ、夢」と興奮した様子で言ってきた。
「目が覚めたら、この会社に入社したことも、景子さんとランチを食べたことも、全部夢だったと気づくんですよ。うわ~、マジか~って、落ち込んでいたら、そこでまた目が覚めて、全部夢だったのが夢だったという二段落ち。いやあ、焦りましたよ。景子さんが昨日あんな話をするからですよ」
「それで、武田君の反応は?」
「もちろん、夢でよかったと思いましたよ。だってこの会社に入って景子さんと出会って、一緒にランチしたことが全部夢だったなんて、悲しすぎますよ」
武田君は子供みたいに口を尖らせた。素直な反応に、少し後ろめたい気持ちになる。

私は、今生きている世界が夢だったら、どんなにいいだろうと思っている。
彼を亡くした三年前から、何度も何度も想像してきた。
朝目覚めると、そこは私たちが一緒に暮らすはずだったマンションで、となりには寝ぼけ眼の彼がいて、「ああ、そうか。私は長い夢を見ていたんだ。彼がこの世からいなくなるという、悲しい夢を見ていたんだ」と気づく。
ふたりで選んだ水色のカーテンを開けて、私はすべての光に感謝する。
「ああ、夢でよかった」

彼は同じ会社の同期で、営業の仕事をしていた。
恋に落ちて、結婚の約束をして、ひと月後にはチャペルの鐘を鳴らすはずだった。
だけど彼は、仕事中に突然倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった。
私は何度も自分に言い聞かせた。
「夢だ。これは悪い夢だ」
だけど現実は、私を置き去りにして過ぎていく。
会社の同僚たちは、はれ物に触るように私に接した。
社内恋愛の噂や合コンの相談など、私が行くとピタリと話をやめた。
重い空気が流れるフロアに、新入社員の武田君が来た。
何の事情も知らない武田君は、「景子さん、彼氏いないんですか。俺、立候補しようかな」などと言って周りを凍りつかせたが、私はそんな彼に救われた。

その日は月末で忙しく、家に着くなりソファーに倒れ込んだ。
ほんの数分だけと思いながら、私は深い眠りに落ちた。
「景子、景子」と呼ぶ声に目を覚まし、貼り付いた瞼をはがして目を開けると、目の前に彼がいた。
「そんなところで寝たら風邪をひくよ」
私はゆっくり起き上がる。
「夢を見ていたわ。すごく長い夢」
「へえ、どんな夢?」
「あなたが死んじゃう夢。あなたが死んでも、私は変わらずあの会社で働いていて、武田君という後輩が出来て、いっしょにランチをしながら、くだらない話をしているの」
「へえ、どんな話?」
「面接の失敗談とか。武田君、私服OKの面接に、アロハシャツを着て行ったんだって。ハワイでは正装だからって。バカでしょう」
「楽しそうだね。景子、もしかして、職場に復帰したいの?」
「まさか。私はこの部屋であなたの帰りを待っているのが幸せなの」
私は立ちあがり、彼に触れようと手をのばす。だけど何故かその手は宙を抱く。
薄暗い部屋の中、彼はもう、どこにもいない。

真夜中に目が覚めた。やっぱり夢だった。
私はのろのろと立ちあがり、洗面所で顔を洗った。
鏡に映った自分に問いかける。
「何だ、夢か」とがっかりしたか、「夢でよかった」とホッとしたか。

不思議なことに、私はホッとしていた。
そんなはずはないと否定してみても、心の奥が「夢でよかった」と安堵している。
「しょうがないっすよ。景子さんは生きてるんだから」
どこからか、武田君の声が聞こえたような気がした。
相変わらず軽いなあと思いながら、ひとりで笑った。

*****
公募ガイド「TO-BE小説工房」で落選だったものです。
課題は「夢」でした。
最優秀作を読むと、さりげなく「夢」を入れていたので、そういう方がいいのかな~と思ったり。
今月の課題は「運」です。
うーん(ダジャレ?)こういう課題って、却って難しいんですよね。


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コメント 9

雫石鉄也

よかったです。さすがですね。
いわゆる「夢おち」ネタですが、「夢おち」そのものを小道具のように使い、しっとりと書き込まれた作品です。5枚ですが、5枚以上の充実感があります。
つらい、かなしい。そんな景子の前に武田くんが現れた。景子にとって武田くんは救いだったのでしょうね。
でも、「武田くん」も夢だった。「彼」も「武田くん」もいない景子。これじゃ、かわいそすぎます。
by 雫石鉄也 (2018-01-12 13:39) 

SORI

リンさんさん こんばんは
大切な人を亡くしたら時の心境が伝わってくる深みのある物語でした。夢を見を夢は何度か経験したことがあります。夢の中が驚くほど鮮明でした。そんな経験がありますが、悲しい経験の夢はありません。
by SORI (2018-01-13 20:49) 

まるこ

リンさん、こんばんは。

もし、この現実が夢だったら・・・と思う
景子さんの喪失感、悲しみが伝わってきて
少し重々しい気分で読んでいました。
明るい武田君がそんな空気を和らげてくれてて、
でも、まさか彼も景子さんの夢なのでは・・・と思いながら
ちょっとドキドキでした^^;
景子さんに幸せが訪れますように。
by まるこ (2018-01-13 23:17) 

お名前(必須)

こんばんは。
夢の入れ子構造によって、主人公の喪失感の深さ、迷い、さらにそこから一歩踏み出す再生の決意を巧みに表現しているように感じました。
哀しみが根底にある物語ですが、陽性の登場人物と目まぐるしく展開が変わる疾走感のあるストーリーテーリングにも惹きつけられました。
とてもおもしろかったです。

TO-BEの今月のテーマ『運』、本当に難しいです。
取りようによっては前回の『星』と、かぶるのもやっかいかもですね^^;
by お名前(必須) (2018-01-17 19:37) 

えもとえい

すみません(^_^;)
名前入れ忘れてました。
えもとえいです。
申し訳ありません。
by えもとえい (2018-01-17 19:40) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
雫石さんにお褒めいただくと、落選だったけど自信が持てます。
武田君は、夢ではなくて、彼が生きていたことが夢でした。
武田君の存在で、景子は救われていたんですね。

by リンさん (2018-01-17 22:11) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
リアルな夢って、ありますよね。
でも、亡くなった人が夢に出てきたことはありません。
by リンさん (2018-01-17 22:15) 

リンさん

<まるこさん>
ありがとうございます。
暗い話になりがちなので、あえて明るいキャラを登場させました。
時間がお薬と、よく言いますが、本当に幸せになってほしいですね。
by リンさん (2018-01-17 22:18) 

リンさん

<えもとえいさん>
ありがとうございます。
主人公が、少しずつ前に進んでいることが伝わってくれたらいいなと思いながら書きました。
5枚でまとめるのは難しかったです。

「運」は、難しい課題だと思いましたが、この1週間で2作書きました。私にしては珍しい^^
by リンさん (2018-01-17 22:23) 

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