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コインで決めよう

兄ちゃんは、何でもコインで決めた。
本屋の店先で、漫画雑誌をながめながら腕組みをする。
「ジャンプを買うか、サンデーを買うか」
そしてコインを投げて「表が出たらジャンプ、裏ならサンデー」
コインは、いつも兄ちゃんのポケットに入っていた。
自動販売機の前でも「表が出たらコーラ、裏ならポカリ」
算数の宿題も理科の宿題も、コインで答えを決めた。
「表ならA,裏ならB」
おじさんにもらった外国のコインは、兄ちゃんの宝物だった。

ある日、お父さんとお母さんが、神妙な顔で言った。
「お父さんとお母さんは、離婚することになった」
「ごめんね。離婚しても、あなたたちのお父さんとお母さんであることに変わりはないわ」
お母さんは、涙をこらえながら言った。
「でもね、これからは離れて暮らすしかないの。だからね、お父さんと暮らすか、お母さんと暮らすか、あなたたちが決めていいのよ」

僕たちは、うなだれながら部屋に帰った。
最近ケンカばかりしていたから、何となく予感はあったけど実感がわかない。
「兄ちゃん、どうする?」
長い沈黙の後、兄ちゃんはポケットからコインを取り出した。
「表が出たらお母さん、裏ならお父さん」
そう言って、天井めがけてコインを投げた。
いつもは難なく兄ちゃんの手の中に収まるコインが、手の平をはじいて床を転がり、タンスの裏側に入ってしまった。
「コインなんかで決めるなってことだよ」
埃だらけで輝きを失ったコインを見つめながら、僕はつぶやいた。

けっきょく、兄ちゃんはお父さんと、僕はお母さんと暮らすことになった。
お母さんの実家は栃木県の小さな町だ。お母さんと暮らすなら引っ越さなければならない。
友達が多いお兄ちゃんは、転校したくなかったのだと思う。
兄ちゃんが12歳、僕が10歳の春だった。

僕たちは、少しずつ大人になった。
いつでも会えると思った兄ちゃんとは、一度も会えないまま6年が過ぎた。
春が待ち遠しい2月の半ば、兄ちゃんからメールが来た。
『北海道の大学に行くことになった』
北海道? 東京が好きで離れたくなかった兄ちゃんが、北海道?
僕はどうしても、兄ちゃんに会いたくなった。

お年玉を使って上京した。久しぶりすぎて、すっかりよそ者だ。
兄ちゃんと待ち合わせたのはおしゃれなカフェ。
兄ちゃんはここでアルバイトをしていた。
マスターやバイト仲間に「こいつ、弟」と笑う顔は、昔のまま変わらない。

「兄ちゃん、どうして北海道なの? 東京に大学たくさんあるのに」
「コインで決めたんだ。表が東京、裏が北海道」
ポケットから例のコインを取り出して、兄ちゃんはへへっと笑った。

僕は知っている。
兄ちゃんは、大切なことをコインで決めたりしない。
東京へ行くことを告げると、お母さんは言った。
「お父さんは再婚して、新しい家族と暮らしているわ。家には行かないでね」
離婚してもお父さんだと言ったのに、まるで他人になってしまったみたいだ。
兄ちゃんは、家に居づらくなったのかな。
居場所を失くしてしまったのかな。

「ケーキ食べるか?」
兄ちゃんはコインを取り出して投げた。
「表ならチーズケーキ、裏ならモンブラン」
こんなくだらないことで時間が過ぎていくのが、なんだかとても嬉しかった。
僕たちにはこの先、コインで決められないようなことがたくさんあるだろう。
「兄ちゃん、お母さんのお土産、マカロンとバームクーヘンどっちがいいかな?」
「よし、コインで決めよう」


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SORI

リンさんさん おはようございます。
なんでもコインで決めるのは、かっこよく感じてしまうからでしょうね。悩むことから逃げないほうが、もっとかっこいい
お兄ちゃんも大切なことは自分で決めていたのですね。幸せをつかむ予感を感じさせてくれます。
心に刻まれるいい物語です。
by SORI (2018-01-18 06:28) 

雫石鉄也

いい作品です。
これはショートショートというより、ひとつの完成された文学作品のようです。
兄と弟。主人公は子供でありながら、両親の離婚という「大人の事情」に翻弄されながら、兄弟の絆はしっかりと結ばれている。読んでいて、実にいい気分になりました。
子供のころ、どっちがいいか神様のいうとおり。あっぷっぷ。と、やりましたが、このお兄ちゃんにとってコインは象徴で、ほんとは自分で決断していたのでしょう。
by 雫石鉄也 (2018-01-18 13:46) 

ぼんぼちぼちぼち

ちょっと悲しい物語でやすね。
人生には選択の難しすぎることがしばしばありやすね。
by ぼんぼちぼちぼち (2018-01-19 12:38) 

えもとえい

こんにちは!
コイントスってカッコいいですよね。私も子供の頃練習しました(^。^)
大人の事情に翻弄されながらも、固く繋がって揺らぐことのない兄弟の絆に、心地よさを感じました。
最初の少年誌二誌の対比は、語り手が弟(男の子)と示すためかと思いましたが、女の子でも少年誌を読む子は多いため、男の子と印象っけるには少し弱いかなとも。
それから、月曜日発売のジャンプよりも、サンデーと同じ水曜日発売のマガジンと並べた方が自然かもと、中学高校時代三誌すべて購入していた私のような漫画好きは思ったりもしました^^;
by えもとえい (2018-01-21 11:59) 

まるこ

リンさん、こんばんは。
ちょっと洒落ている兄ちゃんと、その兄を慕う弟と。
じんわりと温かいモノを感じる
兄弟仲良しのお話、好きです。

“兄ちゃんは、大切なことをコインで決めたりしない”
この一文が特に好きです。
by まるこ (2018-01-22 22:16) 

dan

リンさんらしい優しさがそこきかとなく。
親の都合で子供を犠牲にしたくないですね。
兄弟の仲のいいのが嬉しいです。
by dan (2018-01-23 16:02) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
どちらでもいいことをコインで決めるのは、ゲームみたいで楽しいですね。
誰でも一度はやったんじゃないでしょうか。
人生を左右する大切なことは、やはりじっくり考えないとダメですけどね^^
by リンさん (2018-01-23 23:20) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
いちばんいい時期に、兄弟が離れてしまうのは切ないですね。
僕が大人になったら、もっと交流が持ているようになってほしいです。
「神様の言う通り」「私もやりました。
あれって、最初にどちらを指すかで、結局答え決まるんですよね^^
by リンさん (2018-01-24 12:45) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
コインで決められるようなことばかりだったら、人生も楽しいんですけどね^^
by リンさん (2018-01-24 12:46) 

リンさん

<えもとえいさん>
ありがとうございます。
ジャンプとサンデーって、発売日違うんですか。
ごめんなさい。てっきり同じかと思っていました。
単純に、2択で男の子らしいものを狙ったのですが、そういえば、うちの娘もサンデー読んでいます(マギっていう漫画が好きで)
ご指摘ありがとうございます。
by リンさん (2018-01-24 12:50) 

リンさん

<まるこさん>
ありがとうございます。
お兄ちゃんは、きっと明るくてカッコいい人なんだと思います。
本当はお母さんと暮らしたかったけど、弟に譲ったのかもしれません。
by リンさん (2018-01-24 12:52) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
兄弟って、結婚したりして離れると、会わなくなったりしますよね。
だけど一番いい思春期に離れてしまったのは悲しかったと思います。
どうにもならないことってあるけれど、子供を一番に考えたいですね。
by リンさん (2018-01-24 12:54) 

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