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凍った滝 [男と女ストーリー]

朝ご飯を食べていたら、タケオちゃんがやってきた。
「よう、みっちゃん、朝めし食ってるのかい?」
「見たらわかるでしょ」
「凍った滝を見に行こうよ。すっかり凍ってる。あんな滝はなかなか見られねえぞ」
「今年は寒いからね。そりゃ滝も凍るでしょ」
「なあ、早く行こうよ。昼になったら溶けちまうぞ」
タケオちゃんはしつこくて、あんまり急かすものだから仕方なく、みそ汁かけたご飯をかき込んで、タケオちゃんの軽トラに乗り込んだ。

タケオちゃんは幼なじみ。60年来の付き合いだ。
2年前に夫を亡くしてから、何かと理由をつけてやってくる。
心配してくれるのはありがたい。
子どもたちは都会にいるから頼れないし、男手が必要な時もある。
だけど幼なじみとはいえ男。ご近所の手前もあるし、あんまり甘えるのも悪い。
そう思いつつも、気楽なタケオちゃんといると楽しい。

朝の空気は寒いを通り越して、痛いほどの冷たさだ。
滝は見事に凍っている。
ドドドドと流れる音もなく、全ての時間が止まったように白く固まっていた。
「すごいだろ」
「そうね。だけどさ、滝はどんな気持ちだろうね」
「はあ? 滝の気持ち?」
「だってさ、ドドドと落ちるのが滝の醍醐味でしょ。それをあんな形で凍っちゃってさ、動きたくても動けないんだよ」
「ははは、みっちゃんは相変わらず面白いな」

私は凍った滝と自分を重ねていた。
夫がいたころはあんなに活動的だったのに、今じゃ料理を作るのも億劫になっている。
見事に凍った滝を見ても、以前ほどに心は動かない。

「なあ、みっちゃん、ずっと前、俺たちが若いころ、一緒に滝を見たの憶えてる?」
「ああ、そんなこともあったね」
「おれさ、あのとき、みっちゃんにプロポーズしたんだ。だけどさ、滝の音がうるさくて、俺の声が届かなくて、みっちゃんは何度も聞き返すし、何だか白けてやめちゃった」
「そうだったんだ。じゃああのとき滝が凍っていたら、人生変わっていたかもね」
「よく言うよ。都会から来た色男と、さっさと結婚したくせに」
「あはは、しょうがないよ。一目惚れだったんだもん」

本当は聞こえていた。タケオちゃんの声は滝より大きかったから。
だけど聞こえないふりをした。この人を、友達以上には思えなかったから。
タケオちゃんはそのあと、親が決めた人と見合い結婚をしたけれど、うまくいかなくて別れてしまった。

「なあ、みっちゃん、おれたち一緒にならないか? すぐにじゃなくていい。お互いひとりだし、年も取ったし、支え合って生きて行かないか?」
突然、タケオちゃんが大真面目な顔で言った。
困った。滝は凍って静かな朝だ。聞こえないふりができない。

「じゃあ……お友達から始めましょう」
「もう友達だべや。みっちゃん、相変わらず面白いなあ」
タケオちゃんが大笑いしてくれたから、ちょっと救われた。
私たち、一生涯の茶飲み友達でいましょうね。


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コメント 16

たまきち



結婚は一回ですし
主人は健在ですが もう結婚はいいかな。
ふふ。みっちゃんの気持ち。
すごくわかります。
タケオちゃんいちずですね。


by たまきち (2018-01-31 09:04) 

みかん

リンさん ご無沙汰してます(~_~;)
すっかりパソコンも立ち上げない日々が続いてますが
元気にしてます~
みっちゃん ずるいですねぇ(笑)
by みかん (2018-01-31 20:03) 

ひと休み

いい話でした。
凍った滝と、凍った心……。
轟音の中のプロポーズと、とぼけられない静けさの中の再プロポーズ。
道具立てがほんとにいつもうまいですね。
タケオちゃん、なんだかかわいそう……。

誤字報告です。
「あはは、じょうがないよ。」
by ひと休み (2018-02-01 10:53) 

雫石鉄也

歌野晶午の作品に「葉桜の季節に君を想うということ」という作品があります。叙述ミステリーといっていいでしょう。これ以上いうと、ネタばれになりまので歌野さんへの営業妨害になるのでいいませんが、このりんさんの「凍った滝」へのコメントの参考文献と思ってください。

おしいです。
タケオちゃんは幼なじみ。60年来の付き合いだ。
この一文はラストに持ってくるべきでした。
若い男女の話と思わせておいて、実は二人とも還暦を過ぎた年。なかなかのどんでん返しの作品になったでしょう。
おしいです。もったいないです。
by 雫石鉄也 (2018-02-01 14:14) 

ぼんぼちぼちぼち

面白く読ませていただきやした。
氷った滝と昔の時を重ねたところ いいでやすね(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2018-02-01 21:10) 

dan

リンさんはこの年代の人の恋も書けるんだと、面白く読みました。
凍った滝という背景もロマンチックでこの物語にぴったりです。
 最後の一行がとてもいい。

by dan (2018-02-02 15:48) 

えもとえい

こんばんは!
みっちゃんのお年を召しても、小悪魔かつチャーミングなキャラが魅力的でとても楽しく読ませていただきました。
タケオちゃんは明るくてとてもいい人ですが、実は滝が止まった時間はみっちゃんより長いのかもって想像して、せつなさも感じました。
見守り男の哀愁漂うタケオちゃんサイドも読んでみたいですね。
by えもとえい (2018-02-03 00:01) 

リンさん

<たまきちさん>
ありがとうございます。
私も結婚は一度でいいです。
だけどこんなに想ってくれる人が近くにいるなんて、幸せなことですね。
by リンさん (2018-02-03 14:07) 

リンさん

<みかんさん>
お久しぶりです。
元気でよかった~♪
幼なじみって、いくつになっても「ちゃん付け」で呼び合って、特別な気がしますね。
つい甘えちゃうのもわかるけど、ほんと、ずるいですね^^
by リンさん (2018-02-03 14:10) 

リンさん

<ひと休みさん>
ありがとうございます。
凍った滝を見に行ったことがあるのですが、昼過ぎだったので完全に凍ていませんでした。
だから設定を朝にしました。きっと静かなんだろうな~と想像しました。

誤字の指摘、毎度ありがとうございます。
直しました^^

by リンさん (2018-02-03 14:14) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
最初から年輩者の設定だったので、むしろ若い人だと勘違いされないように書いてきました。
なるほど、そういうどんでん返しもアリだったのですね。
全く考えませんでした。
また違った雰囲気になって、面白いかもしれません。
by リンさん (2018-02-03 14:20) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
滝が凍った映像を見て、思いついた話です。
勢いがあった若いころも、動きが鈍くなった今も、タケオちゃんの想いは変わらないのですね。
ちょっと可哀想ですけど。

by リンさん (2018-02-03 14:30) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
私は年輩の方とお付き合いが多くて、ご主人を失くされた方の話をよく聞きます。
3年はダメだとか、10年経ってもまだ泣くとか……
想像でしかありませんが、軽くなりすぎないように気を付けています。
by リンさん (2018-02-03 14:34) 

リンさん

<えもとえいさん>
ありがとうございます。
みっちゃん、きっと魅力的な女性なんでしょうね。
タケオちゃんサイドの話、書けるかな~^^
切ない話になりそうですね。
by リンさん (2018-02-03 14:42) 

まるこ

リンさん、こんばんは。

タケオちゃんの思いが最後まで“友達止まり”の
ままなのがちょっと切ないけれど、
でも友達だからこそ、このままずっとつきあって
いけると思うし。
こんなに思われているみっちゃんが羨ましいなー^^
by まるこ (2018-02-04 23:04) 

リンさん

<まるこさん>
ありがとうございます。
タケオちゃん、可哀想だけど一生涯の友達というのも、素晴らしい存在ですよね。
そんな人、なかなかいません。

by リンさん (2018-02-11 14:00) 

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