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気まずいランチタイム

「今日は暖かいですね」
「そうね。明日からまた寒くなるみたいだけど」
「春はまだ遠いですね」
「三寒四温っていうからね」
気候の話が一通り終わると、もう話すことはない。
向い合せた机に座り、それぞれの仕事をする。

小さな建設会社の事務員として働き始めて一週間が過ぎた。
男性社員は朝礼が終わると営業や現場に向かい、事務所は私と先輩社員の滝川さんだけになる。
私は、滝川さんが苦手だ。
苦手というより、接し方がわからない。
20歳以上年上で、物静かで無口な彼女と、何を話したらいいのかわからない。
業務中はまだいい。
パソコンのモニターをひたすら眺めていればいいのだから。
困るのは、昼休みだ。

ド田舎の会社なので、まわりに食事をする店などない。
滝川さんはお弁当を、私は通勤途中のコンビニでパンやおにぎりを買って食べる。
その時間が、実に苦痛だ。
昨日だって、「お弁当、美味しそうですね」と言えば、「そう?」と恥ずかしそうにうつむき、それで会話は終わりだ。
彼女の方から話を振ることはない。

そうだ。今日は天気もいいし、外で食べようか。
車をどこかの空き地に止めて食べよう。
落ち着かないけれど、重い空気の中で食べるよりもずっといい。

「滝川さん、私、お昼を買ってくるの忘れちゃったので、外に行きますね」
本当は買ってきたけれど、嘘をついた。
「えっ、外には何もないわよ。1キロくらい先に、老夫婦がやっているラーメン屋があるけど、今日は定休日のはずよ」
「ああ、じゃあ、テキトーに何か探します」
鞄にこっそり買ってきたパンを押し込んで、出かけようとした私を、滝川さんが呼び止めた。
「私のお弁当食べない? たくさん作っちゃったの」
滝川さんはそう言うと、二人分のお茶を持って、さっさと休憩室に行った。
「マジか…」と心の中で思ったけれど、先輩の好意を断ることも出来ず、ため息まじりに後に続いた。作戦失敗だ。

「どうぞ」
滝川さんが差し出したのは、素晴らしく手の込んだ太巻きだった。
中にピンクや黄色の花が咲いている、きれいな太巻きだった。
「すごい。これ、滝川さんが作ったんですか」
「ええ、ちょっと、張り切っちゃった」
照れくさそうに言いながら、私の分の箸と醤油まで用意してくれた。
「白状するとね、あなたの分も作ってきたの」
「えっ、そうなんですか」
「あなた、毎日コンビニのパンとおにぎりだったから、たまにはどうかなと思って。差し出がましいとは思ったんだけど、昨日、お弁当を褒めてくれたし」
「嬉しいです。こんな太巻き、誰かのお料理ブログでしか見たことないです」
滝川さんは、安心したように笑った。

「私ね、若い人との接し方がわからなくて。子供はいないし、もともと、話すことが苦手だから」
滝川さんは、私と同じだった。
私が入社してからの一週間、きっと苦痛を感じていただろう。
そしてきっかけを作るために、彼女なりに頑張ってくれたのだ。
「明日は私、クッキーを焼いてきます。料理はイマイチだけど、お菓子作りは得意なんです」
「あら、楽しみね」
少しだけ距離が縮まった休憩室。
お花が咲いた太巻きは、春の香りがした。


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まるこ

リンさん、こんばんは。

分かるわ―。
お昼休みの息苦しさ。
興味もない話題に相槌とか、無理(苦笑)
お昼休みまで気を使いたくないわ―と、私も
フラリと外に出ます。
難しいですよね、こういう距離感^^;

by まるこ (2018-03-05 22:23) 

ぼんぼちぼちぼち

いい話でやすなぁ。
この二人、この先ぐんぐん距離が縮まって親友になれそうでやすね(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2018-03-06 18:58) 

SORI

リンさんさん こんばんは
ほっとする静かな流れの物語です。逃げないで立ち向かうところが、少しだけ先輩だったですね。
by SORI (2018-03-06 21:07) 

えもとえい

こんばんは。
二人がこれから良い関係を築いていけそうで、ホッとしました。
春らしい幸せな気分になれる物語を楽しませていただき、ごちそうさまでした。
by えもとえい (2018-03-09 00:05) 

リンさん

<まるこさん>
ありがとうございます。
新入社員の頃は、少なからず誰もが経験するんじゃないかと思います。
最初から気の合う人なんて、そうそういないですものね。

by リンさん (2018-03-11 10:09) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
年齢に関係なく、友達になれることってありますよね。

by リンさん (2018-03-11 10:10) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
こういう対応は、やはり先輩ですね。
美味しいものって、心を動かしますね。

by リンさん (2018-03-11 10:13) 

リンさん

<えもとえいさん>
ありがとうございます。
こういうことって、「食べろ食べろ」と押し付けられるより、さりげなくていいですよね。
お粗末さまでした^^
by リンさん (2018-03-11 10:15) 

MISOON

내가 먼저 다가가는 것이 사실은 쉬운듯 어려운 듯 합니다.
특히 나이 차이가 있는 경우에는
늘 재미있게 읽고 있습니다.
by MISOON (2018-03-21 09:59) 

リンさん

<MISOONさん>
ありがとうございます。
いつも読んでくれて、嬉しいです。

감사합니다.
항상 읽어 주셔서 기쁩니다.
(合ってるかな?)
by リンさん (2018-03-24 16:02) 

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