ねがいごと [ファンタジー]
ヒコちゃんは、1年に一度、七夕の夜にだけやってくる。
幼なじみでいつも一緒にいたヒコちゃんは、4年前に遠くに行ってしまった。
隣にいるのが当たり前のヒコちゃんが、会えない場所に行ってしまった。
通学路もひとり。公園も秘密基地も駄菓子屋も、つまらないから行かなくなった。
7月7日の午後7時、神社の境内に、ヒコちゃんは来る。
「よ、オリちゃん、元気だった?」
短冊がたくさん吊るされた笹飾りの下で、ヒコちゃんは笑って手を振った。
「べつにふつう」
逢えてうれしいのに、私はわざと素っ気無い態度をとる。
思春期特有の、あまのじゃくというやつだ。
「ふつうか。ふつうがいちばんだね。ところでさ、願い事書いた?」
「書いてない」
「書きなよ。受験生だろ。合格祈願すれば?」
「たいした高校行かないもん。絶対受かるところだもん」
「じゃあ、他の願い事は? 絶対叶うよ」
「絶対」なんてヒコちゃんが言うので、私は緑の短冊に、ピンクのペンで願い事を書いた。
「うわ、色の組み合わせがありえない。字が薄くて読めないよ」
ヒコちゃんは笑いながら、短冊を笹に吊るして目を細めた。
ヒコちゃんの癖。目を細めて字を読む癖、変わってない。
「オリちゃん、これは無理だ。叶わない」
ヒコちゃんが寂しそうにつぶやいた。
『ヒコちゃんと、毎日会えますように』
これが私の願い事。絶対叶うって言ったのに。
知ってるよ。ヒコちゃんに毎日会えないことくらい知ってるよ。
ヒコちゃんは、5年生のとき、突然空の上に逝ってしまった。
毎年七夕に帰ってくるのは、神社の笹に吊るされた短冊の願い事を、神様に伝えるため。
それが、ヒコちゃんの仕事なんだって。
私の願いは、毎年叶った。
『リレーで一等がとれますように』『おじいちゃんが退院できますように』『犬が飼えますように』
みんなヒコちゃんが神様に伝えてくれたから叶った。
「ごめん。これだけは無理だ。違う願い事にしてくれ」
11歳のままのヒコちゃんが、うつむきながら短冊を返した。
ヒコちゃんよりもずっと背が高い私は、ヒコちゃんよりも大きな手でそれを受け取った。そして黄色の短冊に赤いペンで、違う願い事を大きく書いた。
『世界平和』
「ははは。これは難しいな。一応伝えるけどね」
ヒコちゃんは笑いながら、それを笹に吊るした。
湿った風が足元を通り過ぎて、笹がざわざわと音を立てた。
笑い返そうと振り向くと、ヒコちゃんはもういなかった。
七夕なのに、星がない夜。
ヒコちゃんに逢えるのは、また来年。
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幼なじみでいつも一緒にいたヒコちゃんは、4年前に遠くに行ってしまった。
隣にいるのが当たり前のヒコちゃんが、会えない場所に行ってしまった。
通学路もひとり。公園も秘密基地も駄菓子屋も、つまらないから行かなくなった。
7月7日の午後7時、神社の境内に、ヒコちゃんは来る。
「よ、オリちゃん、元気だった?」
短冊がたくさん吊るされた笹飾りの下で、ヒコちゃんは笑って手を振った。
「べつにふつう」
逢えてうれしいのに、私はわざと素っ気無い態度をとる。
思春期特有の、あまのじゃくというやつだ。
「ふつうか。ふつうがいちばんだね。ところでさ、願い事書いた?」
「書いてない」
「書きなよ。受験生だろ。合格祈願すれば?」
「たいした高校行かないもん。絶対受かるところだもん」
「じゃあ、他の願い事は? 絶対叶うよ」
「絶対」なんてヒコちゃんが言うので、私は緑の短冊に、ピンクのペンで願い事を書いた。
「うわ、色の組み合わせがありえない。字が薄くて読めないよ」
ヒコちゃんは笑いながら、短冊を笹に吊るして目を細めた。
ヒコちゃんの癖。目を細めて字を読む癖、変わってない。
「オリちゃん、これは無理だ。叶わない」
ヒコちゃんが寂しそうにつぶやいた。
『ヒコちゃんと、毎日会えますように』
これが私の願い事。絶対叶うって言ったのに。
知ってるよ。ヒコちゃんに毎日会えないことくらい知ってるよ。
ヒコちゃんは、5年生のとき、突然空の上に逝ってしまった。
毎年七夕に帰ってくるのは、神社の笹に吊るされた短冊の願い事を、神様に伝えるため。
それが、ヒコちゃんの仕事なんだって。
私の願いは、毎年叶った。
『リレーで一等がとれますように』『おじいちゃんが退院できますように』『犬が飼えますように』
みんなヒコちゃんが神様に伝えてくれたから叶った。
「ごめん。これだけは無理だ。違う願い事にしてくれ」
11歳のままのヒコちゃんが、うつむきながら短冊を返した。
ヒコちゃんよりもずっと背が高い私は、ヒコちゃんよりも大きな手でそれを受け取った。そして黄色の短冊に赤いペンで、違う願い事を大きく書いた。
『世界平和』
「ははは。これは難しいな。一応伝えるけどね」
ヒコちゃんは笑いながら、それを笹に吊るした。
湿った風が足元を通り過ぎて、笹がざわざわと音を立てた。
笑い返そうと振り向くと、ヒコちゃんはもういなかった。
七夕なのに、星がない夜。
ヒコちゃんに逢えるのは、また来年。
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2018-07-04 17:59
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コメント(8)
ちょっと悲しい七夕でやすね。
でも、晴れてなくても年に一回会えるのでやすね。
by ぼんぼちぼちぼち (2018-07-05 13:45)
リンさんさん おはようございます。
素敵な物語です。大切な人を亡くすのは悲しいけれども七夕の日にお話が出来るのですね。いつかあの願いが叶う日が来る気がします。
by SORI (2018-07-06 06:58)
すこし厳しいことをいいます。ごめんなさい。
ヒコちゃんは亡くなっているわけですね。こういうショートショートで、登場人物を殺すのは安易な手段です。
亡くなっていました。ということが判ると、読者は悲しがります。上のコメントのおふた方は悲しんでおられます。また、これからコメントをよこされる常連の方々も「悲しいしお話」といわれるでしょう。
登場人物が亡くなる。読者を悲しませる最もてっとりはやい手です。りんさんほどの書き手なら、かような安易な手を使わず、筆力で読者を悲しませるはずです。期待してます。
by 雫石鉄也 (2018-07-06 13:10)
リンさん、こんばんは。
ロマンチックなようで、とても切ないお話です。
全く会えなくなっちゃったわけではなく
一年に一回でも会えるからこそ、
忘れきれないという・・・。
「世界平和」・・・叶うといいなぁ。。。
by まるこ (2018-07-06 22:53)
<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
7月7日は、どうしても雨が多いですね。
だから星がなくても逢えるようにしました。
by リンさん (2018-07-07 15:38)
<SORIさん>
ありがとうございます。
いつかオリちゃんが成長して、7月7日に神社に来ることもなくなるでしょう。
きっとそれを、ヒコちゃんも望んでいるのかもしれません。
by リンさん (2018-07-07 15:57)
<雫石鉄也さん>
わあ、厳しい。
けど、ありがとうございます。
最初は違ったのですが、神様の使いで神社に来るという設定を思いついて、こういう悲しい話になりました。
でも、おっしゃるとおり、ファンタジーに死を持ってきて、悲しい話にするのは安易ですね。
そういう意見には、ハッとさせられます。
今後ともよろしくお願いします。
by リンさん (2018-07-07 16:09)
<まるこさん>
ありがとうございます。
年に一度逢えることが、必ずしもいいとは限らないですね。
余計切なくなっちゃうかも。
私も短冊に書きました。「世界平和」
by リンさん (2018-07-07 16:14)