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隣のおばさん [公募]

隣の住人が出かけたのを見て、萌はこっそり家を出た。
おばさんから預かった鍵を握りしめ、誰にも見られていないことを確かめながら鍵を開け、隣の家に入った。
おばさんが書いたメモを見ながら奥の部屋に行き、タンスの扉を開けた。
宝石箱には赤や緑の宝石がついた指輪やネックレスがたくさん入っている。
それらを全部袋に入れて、萌は素早く家を出た。
悪いことをしている感覚は全くなかった。
だって萌は、大好きなおばさんに頼まれて、忘れ物を取りに来ただけなのだ。

萌の家のお隣さんは、子供がいない夫婦だった。
萌が生まれてからずっと、家族みたいに可愛がってくれた。
おばさんは優しくて、母に叱られた萌を、いつも庇ってくれた。

萌が九歳になった夏、おばさんが家を出て行った。
両親の話で、隣の夫婦が離婚したことを知った。ショックだった。
しかもおばさんが出て行ったあと、おじさんはすぐに別の女性と暮らし始めた。
ひどく不愛想な女で、「隣のご主人を見損なったわ。奥さんが可哀想よ」と、母が憤慨していた。

夏休みに入り、萌は毎日プールに行った。
お盆が過ぎて、夏休みもあと少しになった帰り道、名前を呼ばれて振り向くと、おばさんが立っていた。
萌が大好きな隣のおばさんだ。

「萌ちゃん、パフェ食べに行かない? 寄り道したら、叱られちゃう?」
「ママはパートで夕方まで帰って来ないよ」
「じゃあ、行こうか」

近くのカフェで、イチゴのパフェを二人で食べた。おばさんは、優しい顔で笑っている。
「萌ちゃん、おじさん、どうしてる?」
「女の人と住んでる。感じの悪い人。萌はあの人好きじゃない。おばさんの方が好き」
「ありがとう、萌ちゃん」
おばさんは、少し泣きそうな顔をした。

「ねえ萌ちゃん、おばさんね、あの家に忘れ物をしちゃったの。取りに行きたいけど、女の人がいたら行けないわね」
「大切なもの?」
「うん。萌ちゃん、取って来てくれる?」
おばさんは、鞄から鍵を出して萌に渡した。
「おじさんに見つからないように、こっそり持ってきてほしいの。ママにも内緒で」
自分の忘れ物も取りに行けないなんて。
萌はおばさんが気の毒で、「わかった」と鍵を受け取った。

うまく持ち出した宝石を渡すと、おばさんは喜んで何度も礼を言った。
萌は、いい事をしたと思っていた。翌日、隣の家に警察が来るまでは。

「宝石を盗まれたらしいわよ」
母の言葉に、萌は凍りついた。盗んだつもりなど、まるでなかった。
おばさんに頼まれたとはいえ、留守に入り込んでどろぼうをしてしまった。
逮捕されて、刑務所に入れられる。萌は本気で怯えた。
夕方には警察が来て、何か物音を聞かなかったかと萌に尋ねた。
萌は、震えながら知らないと答えたが、押しつぶされそうな罪悪感が体中に広がって、泣きながら両親に真実を話した。
すごく叱られると思ったけれど両親は優しく萌を抱きしめて、「よく話してくれたね」と言った。

隣のおじさんは、真実を知って愕然とした。
「驚いたな。あいつ、そこまでするとは」
「だけどおばさんの忘れ物でしょう。だからおばさん、萌に頼んだんだよね」
萌は泣きながら訴えた。
「違うの。あれは私たちの母の物よ」
不愛想な女が言った。女は萌の両親に向かって軽く頭を下げた。
「ご挨拶が遅れましたが、私達兄妹なんです」
「まあ、妹さんだったの」
「母が認知症になりまして、義姉が時おり介護に来てくれていたんです。だけどあの人、母の貯金を自分の口座に移していたんです。認知症の母を騙して銀行に連れて行って、巧く貯金を引き出させていたんです」

おばさんは、そのお金で都心のマンションを借り、贅沢な二重生活をしていた。
おまけに姑の宝石まで現金に換えようとしていたという。
それを知ったおじさんは、おばさんを追い出し、母親を安全な施設に入れた。
そして母の残った財産を、この家で妹と守っていこうと決めたのだ。

不愛想な女が、屈んで萌と視線を合わせた。
「嫌な思いをさせてごめんね。萌ちゃんは何も悪くないから」
萌は、ポロポロ泣いた。女は、萌の頭を優しく撫でた。
おばさんみたいだと萌は思った。

おばさんは、まもなく警察に捕まった。萌に対する謝罪は、とうとうなかった。
萌は思った。九歳の萌にはわからない何かが、優しいおばさんを変えてしまったのだと。
いくらか涼しい風が吹いて、少しだけ大人になった萌の夏が、終わりを告げる。


*****
公募ガイドTO-BE小説工房の落選作です。
課題は「隣人」でした。
最近の課題のは、どうもイメージが湧かなくて。
先月の「商売」は、とうとう出せませんでした。暑かったり仕事が忙しかったりで書けませんでした。
今月は「ピン」? 難しい。。。。


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SORI

リンさんさん こんばんは
事情を知って萌ちゃんも両親も驚いたでしょうね。これからお隣さんと仲良く付き合えそうで、良かったです。こんな事件も無かったらずーと嫌い続けたかもしれないですね。
by SORI (2018-08-16 18:37) 

まるこ

リンさん

こんばんは。
信じてた人が実はそうじゃなかったっていうのが
何とも辛いです。
しかも利用されてたのだし。
萌ちゃんはこの事を反面教師にして
きっと立派な大人になっていくと思います。
by まるこ (2018-08-16 22:23) 

雫石鉄也

隣のおばさん、いい人と思ったが、実は悪人だったということですね。
主人公萌はこのおばさんに好感を持ってました。と、同時に読者もおばさんに好感を持って詠みました。りんさんは、読者にそう思わせようと書いたわけでしょう。
読者としては裏切られた気分です。できれば、おばさんはいい人のままでいて欲しかったです。
感じの良かったおばさんが悪人で、感じの悪かったおばさんが善人だったわけですね。少し、とうとつな印象を受けました。
感じのよかったおばさんは、萌にだけ感じよかったのですか。なにかあってこうなったのですか。なにがあったのですか。義姉はのっぴきならない事情があったのですか。義姉の動機が万人の同情を得るものであればかんどうします。
松本清張の「砂の器」私は原作は未読ですが、映画はなんども見ました。大傑作と思います。あの加藤剛がやった犯人の動機がなんとも哀しいモノだったから、あの映画は傑作たりえるのです。
前半に伏線が必要ではないでしょうか。
by 雫石鉄也 (2018-08-20 13:54) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
人間って、外見だけではわからないものですね。
萌ちゃんは傷ついてしまったけれど、いいこともあったということですね。
by リンさん (2018-08-22 07:03) 

リンさん

<まるこさん>
ありがとうございます。
そうですね。9歳の萌ちゃんには、衝撃だったと思います。
せめて巻き込んでゴメンねとか、謝罪の言葉があった方がよかったかな。
by リンさん (2018-08-22 07:05) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
そうですね。おばさんは、きっとそんなに悪人ではないのでしょう。
大金が簡単に自分のものになると知って、おかしくなってしまったのでしょう。
もっと深い事情があったという設定にしても、5枚では収まりません。
原稿用紙5枚で書く話ではなかった、ということかもしれませんね。今後の課題にします。
ありがとうございます。

by リンさん (2018-08-22 07:10) 

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