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妄想王子様 [男と女ストーリー]

優馬センパイの指定席は、レースのカーテンが揺れる窓際の席。
いつも難しい本を読みながら、シナモンティーを飲む。
知的な横顔に、私はいつもウットリしてしまう。
ゆっくりとした優しい時間が流れる。
お水のお代わりを持っていくと「ありがとう」と微笑む。
それだけでいい。それ以上は望まない。
だって彼は、手の届かない王子様だから。

「おいアイ子、ラーメンと餃子、一番テーブルな。ぼうっとしてんじゃねーぞ」
ああ、もうお父ちゃんったら、素敵な妄想に入ってこないでよ。
「おい、ねえちゃん。醤油ラーメンとライス大盛」
「はいはい、おじさん確かネギ抜きだよね」
「おっ、わかってんじゃねーか。さすが跡継ぎだな」
「誰が継ぐか、こんなしょぼい店」

5分前まで優雅で上品な妄想をしていた私は、ラーメン屋の娘。
油ギトギトの窓と、漫画しかない本棚。
飲み物といえばビールかウーロン茶。
水のお代わりを持っていけば、一気に飲んで「もう一杯くれ」っていう客ばかり。
ああ、私の素敵な王子さまは、こんな店には来ないだろうな。
女子高で、夜と土日は店の手伝い。どこにも出逢いなんてありゃしない。

それは土曜の昼下がり。
客も落ち着いて、休憩に入ろうと思ったら、ネギ抜きおじさんがやってきた。
「いらっしゃい。おじさん、いまごろお昼?」
「いや、ちがうんだ。ちょっとねえちゃんに頼みがあってな」
「え? なに?」
「駅前に、白薔薇っている喫茶店があるだろ。そこで息子と待ち合わせしてるんだけどさ、代わりに行ってくれねーか」
「はあ? なにそれ。自分で行きなよ」
「いや、実はさ」
おじさんは、ぽりぽり頭をかいた。

おじさんは、10年前に家族を捨てた。
当時8歳だった一人息子が、何かのきっかけで父親の消息を知り、連絡してきたのだという。
「今更、どの面下げて会えばいいんだよ。おれ、まともな服の一枚も持ってないのにさ」
おじさんは、封筒を差し出した。
「たいした額じゃないけど、小遣いだ。あいつに渡してくれないか。ねえちゃんにも、後でお礼するからさ」
「わかったよ。で、その人の名前は?」
「優しい馬と書いて、優馬だ」
うそ!私の妄想王子と同じ名前だ。もっともこのおじさんの息子がイケメンである確率は限りなく低いけどね。

私はその足で、初めて喫茶白薔薇に行った。素敵なお店だ。
明るくて落ち着いた雰囲気は、私の妄想そのものだ。
窓際の席に、その人はいた。
難しそうな本を読んで、時おり時計を気にしてうつむく。
どうしよう。何となく、私の理想に近いんだけど。
「優馬…さん?」
「はい」
顔を上げた。やだ、カッコいい。しかも彼の飲み物は、シナモンティーだ。
私はドギマギしながら事情を話して封筒を渡した。
彼はふっと笑いながら、つぶやいた。
「相変わらず気が小さいやつだな」
「そうだね。ネギも食べられないしね。大人なのに」

彼は18歳。この春から、この街の大学に通っている。
母親が再婚して、今は幸せだということを、父親に伝えたかったらしい。
ネギ抜きおじさんに、その話をしたら泣き崩れた。
そして何度もお礼を言って、缶コーヒーを1本くれた。(缶コーヒーかよ!)
「もう会うことはないけど、元気ならよかったよ」
ネギ抜きおじさんはそう言ったけれど、また会う可能性は充分高い。
だって私、別れ際にラーメンのサービス券をあげたから。

あ、ちょっと待って。この小汚いラーメン屋に白薔薇王子が来る?
やばい!やばくない?
「ねえ、お父ちゃん、この店きれいに改装しない?」
「ばか、そんな金あるか。早くラーメン運べ」

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コメント 13

たまきち

三月六日から 地元新聞の新連載が面白そうでみていますが
 ラーメン屋を継いだ息子のその後の話(宮本輝さんの連載小説)で
ラーメン屋がシンクロして面白かったです。 
by たまきち (2019-03-16 07:12) 

SORI

リンさんさん おはようございます。
素敵な出会いがラーメン店である予感がしてきました。世の中の若い男性のほとんどがラーメン好きですね。
by SORI (2019-03-16 10:46) 

dan

若いってことは本当に素晴らしいですね。
妄想と現実のギャップが楽しいです。当たり前のことだけど。
ラーメンのサービス券希望そののです。
by dan (2019-03-18 10:13) 

雫石鉄也

いい話ですね。
油っこいラーメン屋の娘が妄想してるのは、きれいな喫茶店でシナモンティーを飲むイケメン。たいへんに素直でほほえましい作品です。
この設定貸してもらえませんか。
by 雫石鉄也 (2019-03-18 13:54) 

雫石鉄也

上のコメントの続きです。
娘と妄想王子を21歳ぐらいにして、二人が会うのはバー海神ということにして、私、なんか書けそうです。
by 雫石鉄也 (2019-03-18 13:56) 

リンさん

<たまきちさん>
お久しぶりです。ありがとうございます。
ラーメン屋の息子が主人公ですか。
こちらは娘なので、継ぐかどうかは微妙ですね^^
by リンさん (2019-03-18 18:14) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
そうですね。若い男子は、間違いなくシナモンティーよりラーメンですよ^^
by リンさん (2019-03-18 18:16) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
ラーメンのサービス券が、親子の交流と素敵な恋を運んでくるかもしれませんね。
by リンさん (2019-03-18 18:18) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
若いふたりが海神で出会うなんて素晴らしい。
ぜひお願いします。
読んでみたいです。
by リンさん (2019-03-18 18:19) 

雫石鉄也

ありがとうございます。
4月の第1週にアップします。
by 雫石鉄也 (2019-03-18 21:37) 

まるこ

リンさん、こんばんは。

きっと彼は父親の姿を一目見たくて、そっと会いに来るでしょう。
もしかして、そこでお話は終わりかもしれない。
でも、その先の少女マンガのような展開も願ってしまう私です^^
by まるこ (2019-03-18 22:39) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
楽しみにしています^^
by リンさん (2019-03-23 16:36) 

リンさん

<まるこさん>
ありがとうございます。
そうですね。彼はきっと来るでしょう。
店の手伝いを頑張っている女子高生に、恋のチャンスをあげたいですね^^
by リンさん (2019-03-23 16:38) 

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