消えた町内会費 [コメディー]
町内会の臨時招集って、いったい何?
連絡事項はメールでOKってことになっているのに、平日の夜に集まりなんて何があったの?
「すみません。遅くなりました。香川です」
駆け込むと、公民館の一室は険悪な雰囲気が流れていた。
会計の松岡さんを囲むように、神妙な顔で座っている。
「あの、何があったんですか?」
「松岡さんが、町内会費を使い込んだのよ」
「ええ?」
「使い込んだなんて……。失くしてしまっただけよ」
松岡さんは、俯きながら小さな声で言った。
「いくらですか?」
「30万よ」
30万といえば、住人から集めた会費全額だ。
「集めた会費は、すぐに銀行に預ける決まりですよね」
「行く暇がなかったのよ。フルタイムで働いているんだもの。だから私、会計は無理だって言ったわよね。それなのにみなさんが押し付けるから」
松岡さんは涙目で訴えた。「逆切れかよ」と誰かが言った。
「あの、失くしたってどういうことですか。家に置いていたのに失くなったんですか。泥棒にでも入られたんですか?」
「わからないわよ。テーブルに置いたはずの封筒がなかったのよ。私だって知らないわよ」
「息子さんが使い込んだんじゃないの? イケメンで優秀な進学校に行っていても、裏じゃ何してるかわからないわよ」
「ご主人じゃないの? スマートなエリート官僚でも、実は何かの不祥事でお金が必要だったとか」
「やめて。息子も主人もそんなことしないわ」
「じゃあ、あなたが使ったのね。最近、肌の艶がいいけど、エステでも行った?」
「その服もバッグもセンスがいいけど、ブランド品かしら」
「髪だって年齢の割につやつやで、絶対何かしてるわよね」
「やめて。肌も髪もセンスの良さも生まれつきよ。私、芸能事務所からスカウトされたこともあるのよ」
「あら、どこで? 原宿? うちの娘もこの間…」
ちょっと、ちょっと、話の趣旨がズレてるって。
「あの、話戻しませんか。そもそも、どうしてテーブルにお金を置いたりしたんですか」
「香川さん、いいところに気がついたわ。そうよ、大金をテーブルに置くなんて、ガサツすぎるわ」
「今日こそ銀行に行こうと思ったのよ。やっと仕事が一段落したので、忘れないようにテーブルに置いたの」
「じゃあ、朝からの行動を思い出してみたらどうですか?」
「香川さん、探偵みたいね。じゃあ、松岡さん、思い出してみて」
スムージーとグラノーラの朝食を終えて、夫と息子を送り出して、ルンバを回しながら英字新聞読んで、あ、そうだ、回覧板を回さなければと思って、手近にあったプラダの紙袋に回覧板を入れて香川さんの家に行きました。
だけど香川さんはお留守だったので、郵便受けに入れました。そして帰ってきたら、封筒がなかった、ということです。
「そのあいだに盗まれたの? 鍵はかけた?」
「かけたわ。しかもほんの2,3分よ。盗まれたとは思えないわ」
「じゃあ、隙間にでも落ちてるんじゃないの? よく探した?」
「落ちてたらルンバが止まって発見するはずよ」
「ところで香川さんはどこに行ってたの? 朝からお出かけなんて珍しいわね」
「今日は実家に行っていたんです。母の具合が悪くて。出先で臨時招集の知らせを受けたので、そのまま直行しました」
「あら、忙しかったのね。本当にいい迷惑よね」
「あの、そんなわけで私、夕飯の支度もしてないんです。二人の子どもが待っています。今日のところは一旦解散しませんか。後日また集まるということで」
「そうね。じゃあ次回までに、解決策を考えてきてね。松岡さんが弁償するのか、1軒1万円ずつ徴収するか」
「そりゃあ松岡さんの弁償でしょう」と9割がたが思いつつ、臨時会議は終了となった。
急いで家に帰った。松岡さんには気の毒だけど、1万円を払うのは厳しい。
松岡さんはお金持ちだし、30万くらい出せるでしょう。
「ただいま。ごめんね。遅くなって」
「あ、ママ、何度も電話したんだよ」
「ごめん。ちょっと込み入った話だったから電源切ってた。何かあった?」
「郵便受けにお金が入ってたの。30万」
「何ですって?」
「回覧板と一緒に入ってた。ねえ、これ警察に届ける?」
「持ち主が見つからなかったら、うちのものになるの?」
「見つかっても1割もらえるんじゃないの」
「1割って、3万円! ねえママ、回らないお寿司行けるね」
3万円、回らないお寿司……ああ、ダメダメ。松岡さんに電話しなきゃ。
「はい、松岡でございます。あら、香川さん。まあ、お宅の郵便受けにお金が? やだ、回覧板と一緒にポストに入れちゃったのね。あはは。ごめんなさいね。明日から家族でワイキキの別荘に行くので、帰るまで預かってくださる?」
あーあ、ご飯作るの面倒になってきた。回転ずしでも行くか。
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連絡事項はメールでOKってことになっているのに、平日の夜に集まりなんて何があったの?
「すみません。遅くなりました。香川です」
駆け込むと、公民館の一室は険悪な雰囲気が流れていた。
会計の松岡さんを囲むように、神妙な顔で座っている。
「あの、何があったんですか?」
「松岡さんが、町内会費を使い込んだのよ」
「ええ?」
「使い込んだなんて……。失くしてしまっただけよ」
松岡さんは、俯きながら小さな声で言った。
「いくらですか?」
「30万よ」
30万といえば、住人から集めた会費全額だ。
「集めた会費は、すぐに銀行に預ける決まりですよね」
「行く暇がなかったのよ。フルタイムで働いているんだもの。だから私、会計は無理だって言ったわよね。それなのにみなさんが押し付けるから」
松岡さんは涙目で訴えた。「逆切れかよ」と誰かが言った。
「あの、失くしたってどういうことですか。家に置いていたのに失くなったんですか。泥棒にでも入られたんですか?」
「わからないわよ。テーブルに置いたはずの封筒がなかったのよ。私だって知らないわよ」
「息子さんが使い込んだんじゃないの? イケメンで優秀な進学校に行っていても、裏じゃ何してるかわからないわよ」
「ご主人じゃないの? スマートなエリート官僚でも、実は何かの不祥事でお金が必要だったとか」
「やめて。息子も主人もそんなことしないわ」
「じゃあ、あなたが使ったのね。最近、肌の艶がいいけど、エステでも行った?」
「その服もバッグもセンスがいいけど、ブランド品かしら」
「髪だって年齢の割につやつやで、絶対何かしてるわよね」
「やめて。肌も髪もセンスの良さも生まれつきよ。私、芸能事務所からスカウトされたこともあるのよ」
「あら、どこで? 原宿? うちの娘もこの間…」
ちょっと、ちょっと、話の趣旨がズレてるって。
「あの、話戻しませんか。そもそも、どうしてテーブルにお金を置いたりしたんですか」
「香川さん、いいところに気がついたわ。そうよ、大金をテーブルに置くなんて、ガサツすぎるわ」
「今日こそ銀行に行こうと思ったのよ。やっと仕事が一段落したので、忘れないようにテーブルに置いたの」
「じゃあ、朝からの行動を思い出してみたらどうですか?」
「香川さん、探偵みたいね。じゃあ、松岡さん、思い出してみて」
スムージーとグラノーラの朝食を終えて、夫と息子を送り出して、ルンバを回しながら英字新聞読んで、あ、そうだ、回覧板を回さなければと思って、手近にあったプラダの紙袋に回覧板を入れて香川さんの家に行きました。
だけど香川さんはお留守だったので、郵便受けに入れました。そして帰ってきたら、封筒がなかった、ということです。
「そのあいだに盗まれたの? 鍵はかけた?」
「かけたわ。しかもほんの2,3分よ。盗まれたとは思えないわ」
「じゃあ、隙間にでも落ちてるんじゃないの? よく探した?」
「落ちてたらルンバが止まって発見するはずよ」
「ところで香川さんはどこに行ってたの? 朝からお出かけなんて珍しいわね」
「今日は実家に行っていたんです。母の具合が悪くて。出先で臨時招集の知らせを受けたので、そのまま直行しました」
「あら、忙しかったのね。本当にいい迷惑よね」
「あの、そんなわけで私、夕飯の支度もしてないんです。二人の子どもが待っています。今日のところは一旦解散しませんか。後日また集まるということで」
「そうね。じゃあ次回までに、解決策を考えてきてね。松岡さんが弁償するのか、1軒1万円ずつ徴収するか」
「そりゃあ松岡さんの弁償でしょう」と9割がたが思いつつ、臨時会議は終了となった。
急いで家に帰った。松岡さんには気の毒だけど、1万円を払うのは厳しい。
松岡さんはお金持ちだし、30万くらい出せるでしょう。
「ただいま。ごめんね。遅くなって」
「あ、ママ、何度も電話したんだよ」
「ごめん。ちょっと込み入った話だったから電源切ってた。何かあった?」
「郵便受けにお金が入ってたの。30万」
「何ですって?」
「回覧板と一緒に入ってた。ねえ、これ警察に届ける?」
「持ち主が見つからなかったら、うちのものになるの?」
「見つかっても1割もらえるんじゃないの」
「1割って、3万円! ねえママ、回らないお寿司行けるね」
3万円、回らないお寿司……ああ、ダメダメ。松岡さんに電話しなきゃ。
「はい、松岡でございます。あら、香川さん。まあ、お宅の郵便受けにお金が? やだ、回覧板と一緒にポストに入れちゃったのね。あはは。ごめんなさいね。明日から家族でワイキキの別荘に行くので、帰るまで預かってくださる?」
あーあ、ご飯作るの面倒になってきた。回転ずしでも行くか。
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2019-05-15 15:10
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コメント(10)
現実にありがち〜って思いながら読みやした。
一億総中流意識なんて幻想だよ!と 昔から思ってやした。
by ぼんぼちぼちぼち (2019-05-15 17:05)
リンさん、こんばんは。
何か松岡さんに振り回されましたね。
とても裕福そうなので、ホントに出てこなかったら
30万は出したと思うけれど、だからって
ポストに入った30万は貰えないよね(笑)
罪悪感感じながらの回らない寿司より、
きっと回転寿司の方が美味しいと思う^^
by まるこ (2019-05-15 23:07)
思い違いって誰にでもあるけど、30万の大金を。
チラチラみえる金持ち根性嫌だねえ。
と、貧乏人はひがみます。まあお金が出てきてよかったです。
by dan (2019-05-16 15:55)
リンさんさん こんばんは
町内会の話は身近に感じてしまいます。わが町だったらどうなったことでしょう。
by SORI (2019-05-16 19:53)
ムカつくのかうらやましいのか、気の毒なのかざまあみろなのか、なんとも複雑な感情にさせられる作品ですね。
松岡さんは涙目ではなく、平然としてた方が良かったのではないでしょうか。
by 雫石鉄也 (2019-05-17 22:31)
<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
たしかに! 格差って昔より広がってませんか。
by リンさん (2019-05-21 17:51)
<まるこさん>
ありがとうございます。
そうですね。
罪悪感の中で食べても美味しくないですものね。
せめてワイキキのお土産を期待しましょう。
by リンさん (2019-05-21 17:53)
<danさん>
ありがとうございます。
管理がずさんですね。しっかり反省してもらいましょう。
by リンさん (2019-05-21 17:54)
<SORIさん>
ありがとうございます。
実際に、こういう話は聞いたことがあります。
知人が、預かっていたお金を盗まれたそうです。
その後はどうなったのかわかりませんが。
by リンさん (2019-05-21 17:56)
<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
ああ、そうですね。
あまり殊勝な態度をとる方ではなさそう。
謝りながら、心はワイキキに飛んでいたかもしれません。
by リンさん (2019-05-21 18:00)