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ロッカー族 [公募]

スクールカーストの底辺を知っているかな? 
それは僕だよ。ロッカー族って呼ばれている。
授業の前に、教室の片隅にあるロッカーに入れられて、授業が終わるまでじっと息を潜めている。一緒に授業を受けることを許されない。それがロッカー族だ。

先生は僕がいないことに気付いても「また保健室か」と呑気な声で言いながら、普通に授業を始める。ひどい話だと思うだろう。
だけど実は、そうでもないんだよ。
授業が終われば出してもらえるし、暴れたり、声を出したりしなければ殴られることもない。
授業はちゃんと聞こえるから勉強が遅れることはないし、ロッカーの中は、狭くてちょっと臭いけど落ち着く。
ここは平和だ。恐喝されたりカバンに落書きをされるより、ずっとずっとマシだ。
こういう遊びが流行ってくれたことに、僕はむしろ感謝している。

それは、とても麗らかな午後だった。
いつものように「いいか、喋るんじゃねーぞ」と凄まれて、ロッカーに入れられた。
授業は日本史で、のらりくらりと話す先生だから、聞いているうちに眠くなった。
立ったまま寝ることにも、割と慣れてきたところだ。
ロッカーの中の暗さも丁度よく、僕はすっかり眠ってしまった。

目が覚めると、教室はやけに静かだった。
ホームルームも終わって、みんな帰ってしまったのだろうか。
それなら勝手に出ても殴られることはないだろう。僕は鉄の扉を開けて外に出た。
誰もいない。時計の針は午後二時三十分を指している。
まだ下校時間じゃないのに、みんなどこへ行ったのだろう。
大きく開いた窓からは、砂埃を含んだ風が舞い込んでいる。

校舎の中を歩いてみたが、先生も生徒もいない。
一人残らず消えてしまったように静まり返っている。
校庭に出て空を見上げると、見たこともない巨大な雲が渦巻いていた。
僕がロッカーの中で眠っている間に、きっと何か大きな災害が起こったのだ。
それでみんなは、どこか安全な場所に避難したに違いない。

僕はとりあえず、家に帰ることにした。家に帰れば何か分かるはずだ。
歩き出してすぐ異変に気付いた。誰もいない。
商店街も公園も、車道も歩道も、誰一人歩いていない。

「ナオキ」と、突然名前を呼ばれた。振り向くと、高校生の姉ちゃんが立っていた。
「姉ちゃん、これ、どういうことだよ」
「私も訳が分からないんだけど、空から来た何かが、人間たちを吸い込んでいったの。巨大な掃除機で吸われるみたいに、ひとり残らず窓から空に飛んで行ったのよ」
「姉ちゃんは、どうして無事だったの?」
「あたしは、ロッカーの中にいたから。ロッカーの隙間から、みんなが吸われていくのを見ていたのよ」

そうか、姉ちゃんも僕と同じロッカー族だったのか。
僕たちは、並んで歩いた。車道には、フロントガラスが割れた空っぽの車が列をなしている。
本当に人間だけがいなくなった。何のために、何の目的で? 
考えても無駄なことだ。
この街に、いや、ひょっとしたらこの地球上に、残されたのは僕たちだけかもしれない。

「ナオキ、ユミ」
突然名前を呼ばれて振り向くと、お母さんが立っていた。
「よかった。あなたたち無事だったのね」
「お母さんこそ、大丈夫だったの?」
「ええ、実はお母さん、パート先で苛めに遭っていてね、休憩時間をロッカーで過ごしていたの。おかげで助かったけどね」
なんだ、お母さんもロッカー族だったのか。きっと辛かっただろうね。だけど安心した。大人がいれば、きっと何とかなる。

「おーい」
道路の向こう側で、僕たちを呼んだのはお父さんだ。
お父さんが手を振りながら、横断歩道を渡ってくる。
「おまえたち、無事だったのか」
「うん。お父さんもロッカーの中にいたの?」
「ああ、実は仕事でミスをして、ロッカーの中で反省させられていたんだ」
すごいパワハラだ。だけどおかげで助かった。僕たち家族は全員無事だ。

「とりあえず、家に帰って情報収集だ」
「パソコン使えるかな」
「電気とガスはどうかしらね。お料理作れるかしら」
「お腹空いたよ」

この世界でいったい何が起こっていて、この先どうなるかなんてまるで分からない。
だけどこれだけは言える。
「僕たち、もうロッカーに閉じ込められることはないんだね」

*******

公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「ロッカー」でした。
こういう話は書いていて楽しいです。だけど選ばれるかどうかは微妙だな、と思いながら応募しました。
今月の課題は「霊」です。
ネコのレイちゃんの力を借りようかな。「れい」だけに(笑)

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コメント 4

ぼんぼちぼちぼち

タイトルと最初の二行まで読んだ時点では、何の迷いもなく「ロックンローラー族」の略だと思ってやした。
あっしがもし「ロッカー」というお題を出されたら、迷わずロックンロール青年の話を書いてたと思いやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2020-05-11 20:55) 

雫石鉄也

たいへんに面白かったです。
公募ガイドの入選作も読みましたが、阿刀田はどうか知りませんが、私はこちらの方がよっぽど面白かったです。
たいへんに不条理で、奇妙な味の作品です。
by 雫石鉄也 (2020-05-12 14:28) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
佳作も読みましたが、ロックンローラーの話を書いた人はいなかったようです。みんな収納ロッカーの話でした。
そういう話があってもいいですよね。
思いつきませんでした。
by リンさん (2020-05-15 21:44) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
こういう不条理な話って、書いてて楽しいんですよね。
TO-BEでは、あまり選ばれないですけどね。
by リンさん (2020-05-15 21:46) 

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