SSブログ

ケーキ屋のクリスマス [男と女ストーリー]

「今年も作り過ぎたわね」
ショーケースに残ったケーキをのぞき込みながら、夫を軽く睨んだ。
ケーキ職人の夫は、腕はいいけど商売はまるで下手。
12月25日の閉店間際に、ケーキを買いに来る人がどれだけいると思っているのだろう。
「あと1時間じゃ捌けないわよ。どうする? 半額にする?」
「うん。するする。半額の紙貼ってきて」
全くこの人は、丹精込めて作ったケーキを半額で売ることに、何の抵抗も感じないのだろうか。
『只今よりケーキ半額』の張り紙を持って外に出たら、駅前に飾られた巨大なツリーの陰で、女がこちらを見ている。
あの人、去年もいた。確か一昨年も、その前も。
半額の紙を貼った途端店に来て、待っていたようにケーキを買っていく女だ。
スーパーで値引きシールを待っている客みたい。
あの人のために半額にするみたいで、なんだか悔しい。

ところが女は、半額の紙を貼ってもなかなか入ってこない。
閉店30分前、いつもの年より人通りは少なくて、半額でも客は来ない。
「いっそ7割引きにしよう」と夫が言った。
「本気で言ってる? 利益がないわよ」
「じゃあこのケーキ、二人で食べるの? きみ、ダイエットするって言ってなかった?」
「分かったわよ。7割引きにしてくるわよ」
外に出て、半額のところに7割引きの紙を貼った。
すると女が動いた。冷え切った身体をさすりながら店に入るなり言った。
「残ったケーキ、全部ください」
「はーい」と、夫は笑顔で応えて箱にケーキを詰めていく。
おまけに「お客さん自転車でしょう。崩れてしまうので配達しますよ」などと言っている。
「ちょっとあなた、7割も引いた上に配達なんて、割に合わないわよ」
ユニフォームの裾をつまんで小声で言ったが、女が嬉しそうな顔をしたものだから仕方なく、ぎこちない笑みを返した。

「店を閉めて、君も一緒に行こうよ」
「えー、7割引きの上に二人分の人件費って、大赤字だわ」
ぶつぶつ言いながら、ケーキを積んで助手席に乗り込んだ。
夫はまるで女の家を知っているように、ナビも見ずに運転している。
「あの人、知り合いなの?」
「うん、ちょっとね」
怪しい。まさか不倫? いや、不倫相手の家に、妻を同行させたりしないだろう。いや、今から修羅場? うーん。まさかね、この人に限って。

悶々としているうちに辿り着いたのは、小さな教会だ。
「ここ、児童養護施設なんだ。前に焼き菓子を頼まれたことがあってさ、配達に来たんだ」
「なあんだ。そうだったの」
「クリスマスの日でさ、本当はケーキを食べさせてあげたいけど財政難で無理だって言ってた。だから俺、言ったの。閉店1時間前に半額になりますよって」
「えっ?だからあの人、毎年半額になるのを待っていたの?」
「うん。今年は半額でも厳しかったのかな。7割引きは初めてだったね」
「あなたまさか、わざと残るように作っていたの?」
「えへへ。ばれた?」
全くこの人は……。
それにしてもずるいなあ。自分だけいい人ぶっちゃって。

ふたりでケーキを運ぶと、子供たちがいっせいに声をあげた。
「わーい、ケーキだ!」「美味しそう!!」
この顔を見ちゃったら、赤字でも怒れない。
そのために私を連れてきたのかな。やっぱりずるいなあ。

「海の夜景でも見に行く?」
シートベルトを閉めながら、夫が言った。
「だめよ。帰って売り上げ計算しなきゃ」
「いいじゃん、そんなの後でやれば」
ああ、全くこの人は。
やれやれと思いながら、夫の左肩に頭を乗せた。
甘いクリームの香りがした。

KIMG1795.JPG

メリークリスマス ♪
このお話は、ずっと前に書いた「ケーキ屋の女房」の続編です。

nice!(9)  コメント(2) 

nice! 9

コメント 2

ぼんぼちぼちぼち

これはいい話でやすなあ。
施設の子供達に喜んでもらえることは何事にも変え難い価値がありやすね。
by ぼんぼちぼちぼち (2020-12-28 14:42) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
やっぱりケーキ、食べさせてあげたいですよね。
クリスマスですものね^^
by リンさん (2020-12-29 17:06) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。