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五年後の卒業式 [公募]

久ぶりに降りた故郷の駅は、すっかり変わっていた。
大きなビルが立ち並び、あの日の災害がまるで嘘のようだ。

五年前、町を呑み込むような大きな災害があった。高校の卒業式の前日だった。
両親は亡くなり、僕は町を離れた。
ようやく落ち着いた頃、「卒業式を兼ねた同窓会」の案内が届いた。
懐かしい。もちろん出席に〇をつけた。

「拓郎君、待ち合わせして一緒に行こう。五年ぶりの待ち合わせだね」
そんな手紙をくれたのはクラスメートの由香里だ。
家の方向が一緒だから、よく待ち合わせをして一緒に帰った。
実は卒業式の日に告白しようと思っていた。
だけどそれどころじゃなくて、あれから一度も会っていない。
手紙には、待ち合わせ場所と、目印の白い造花が同封されていた。

「ちょっと早すぎたかな」
駅前のホテルのロビーで、白い花を胸にさして由香里を待った。何だか照れる。
十分が過ぎたころ、白い花を持った女性が入ってきた。
だけど由香里じゃない。どうみてもおばあさんだ。
その後ろから、また白い花を持った人が入ってきた。今度は知らない男だ。
一体どういうことだ? 流行っているのか、白い花? 
不思議に思っていたら、ロビーは白い花を持った人でいっぱいになった。

「拓郎」
不意に名前を呼ばれて振り返ると、五年前に死んだはずの父と母が立っていた。
同じように白い花を持っている。
「拓郎、やっと会えたね」と、僕にすがりつき、涙をこぼした。
夢でも見ているのだろうか。それともあの災害で死んだと思っていたのは間違いで、どこかでひっそり暮らしていたのだろうか。
「じゃあね、拓郎。あなたの卒業式、楽しみにしているね」
父と母はそう言って、たくさんの集団の中に消えた。呆然と見送りながら、由香里を探した。
彼女なら、きっと何かを知っている。

「よう、拓郎」
ようやく同級生が現れた。同じクラスの長山だ。やはり白い花を持っている。
さほど親しくはなかったけれどホッとした。
「なあ、長山、僕は由香里と待ち合わせをしているんだ。同窓会の会場はここじゃないんだろう? この人たちは一体何なんだ?」
「今から会場に向かうんだよ。ここは単なる待ち合わせ場所さ。ああ、でもよかったな。やっと卒業式が出来るよ」
よく見ると、知った顔がたくさんいた。同級生とその親、先生。
なんだ。待ち合わせをしていたのは、僕だけじゃなかったのか。

しばらくして、由香里が来た。大人びた黒いパンツスーツがとても似合っている。
なぜか彼女は、白い花を持っていない。
「拓郎君、よかった。やっと会えたね」
「元気そうだね。五年ぶりだ」
できれば二人だけで逢いたかったと、本音を飲み込んで笑った。
由香里はバスガイドみたいに大勢の人たちを誘導した。
表にはバスが停まっていて、みんな順番に乗り込んでいく。
最後に乗った由香里は、僕の隣に座った。
「どこへ行くの?」
「もちろん私たちの高校よ」
「あの日、壊れてなくなったんじゃないの? 建て替えたの?」
「いいえ、昔のままよ。同じ場所で、みんなが揃うのを待っているのよ」

学校はあった。まるで五年前と同じだった。体育館の入口に、卒業式の看板があった。
僕たちは、いつの間にか制服を着ている。ただ一人、由香里だけが黒のスーツだ。
校長の話、卒業証書の授与、校歌、女生徒のすすり泣き、保護者たちの拍手。
五年ぶりの卒業式が終わった後、同級生たちが僕の周りに集まった。
「待ちくたびれたよ、拓郎。お前、なかなか見つからないんだもん」
「そうそう、全員揃って卒業したかったからさ、みんなここで待っていたんだ」
「お前の遺体だけ、見つからなくてさ」

 えっ? 遺体って何? 意味が分からない。
同級生たちの身体が、だんだん薄くなっていく。
周りを囲む親や先生も、徐々に色を失っていく。
それなのに僕の隣にいる由香里だけが、鮮明な輪郭を保っている。
「ごめんね、拓郎君。あの日、私だけが助かったの。具合が悪くて隣町の病院にいたから災害に遭わなかったの。私以外は全滅だった」
由香里が泣いている。ずっとずっと、僕の遺体を捜していたと、辛そうに言った。
「五年もかかっちゃった。でもこれで、ちゃんと見送ることが出来るよ」
父と母が、僕の手を取った。一緒に逝こうと優しく言った。

僕は空に昇っていく。由香里は、何もない荒れ地に佇んで、ずっと手を振っている。
どうやら僕の恋は実らなかったようだ。
だけど、最期に君と待ち合わせが出来て嬉しかった。
ありがとう。さよなら。

*****

公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「待ち合わせ」でした。
先月号の最優秀集を読んだとき、「かぶった」と思いました。
先月号も死んだ子供が教室に行く話で、「ああ、似たような設定だ。こりゃあダメだな」と思いました。今回の最優秀は素敵な話でした。とりわけ新しくはないけど、いいなあ~と思いました。
私も頑張ろう^^

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雫石鉄也

良かったです。感動しました。
神戸市民の私は、阪神大震災で中学の先生、同級生の5人を亡くしました。私もテレビがあと数センチこっちに落ちていれば、ここでこうしていなかったでしょう。この作品は実感できます。
こんどの3月11日は東日本大震災の10年目ですね。あの震災でも石巻在住のSFのふるい友人を津波で亡くしました。
災害で友人を亡くすのは、もうイヤです。
by 雫石鉄也 (2021-02-12 13:34) 

SORI

リンさんさん おはようございます。
悲しいけれど感動の物語です。みんなに出会えることが出来た素敵な結末です。
by SORI (2021-02-13 07:47) 

ぼんぼちぼちぼち

なんとなく展開が読めやしたが、泣いてしまいやした。
昨夜は、大震災の余震がありやしたね。
十年も経ってから余震って来るんだ、、、!とニュースを読んで驚きやした。
東京は震度4でやしたが、リンさんさんのお住いの地域はもっと強かったとお察ししやす。
大丈夫でやしたか?
by ぼんぼちぼちぼち (2021-02-14 11:06) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
雫石さんに良かったと言っていただけてホッとしました。
震災を思い出して辛くなる方もいるかなと思ったので、あえて地震というワードは入れなかったんです。
震災は本当に嫌ですね。昨夜もかなり揺れて、10年前が甦りました。
by リンさん (2021-02-14 13:21) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
みんなで卒業式を迎えたかったんですね。
あまり悲しいラストにはならないように気を付けました。
by リンさん (2021-02-14 13:24) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ご心配ありがとうございます。
テレビでは震度4と出ていましたが、かなり揺れました。
10年前を思い出して、ドキドキしました。
被害は、化粧品が落ちたくらいです。
東北は、大変みたいですね。
by リンさん (2021-02-14 13:26) 

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