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島育ち [公募]

私は、この島から出たことがありません。島で生まれて、島で育ちました。
母は私が小さいころに、海に身を投げて命を絶ったそうです。
長老様が教えてくれました。
それから私は、この島に育てられました。
鳥たちが魚や木の実を運んでくれて、長老様が生きる術を教えてくれました。

「長老様、あれは何?」
いつものように長老様の肩に乗って、海を眺めていたときです。
見たことのない大きな塊が、海の上を滑ってきます。
「あれは船じゃよ。珍しいな、こんな島に船が来るなんて」
船からは、見たことがない生物が下りてきました。私と同じ二本の足で歩く生物です。
私に向かって何か話しかけましたが、何を言っているのかさっぱりわかりません。
「あれは人間だ。お前と同じ人間じゃ。ようやく迎えに来たようじゃ。さあ行きなさい。人間の住む世界に帰るのじゃ」
長老様はそう言うと、私を振り落としました。
人間たちに抱えられて、私は船に乗せられました。
どんなに叫んでも抵抗しても、長老様は助けてくれませんでした。


「DNA鑑定の結果、あなたのお子さんに間違いありません」
知らせを受けた男は、十字を切って指を組んだ。神よ、まさか娘が生きていたなんて。
男の妻は出産を控えていた。
より良い環境で子供を産むために、船で大きな街に行く途中で事故に遭った。
海に投げ出された妻を捜し続けて七年が過ぎ、ある日小さな無人島で、娘だけが見つかった。
残念ながら、妻の生存は確認できなかった。
「しかしあんな小さな子供が、たったひとりでどうやって生き延びたんだ」
「はあ、木に育てられたのではないかという見解が出ています」
「木だと? そんな馬鹿な話があるか」
「あなたの娘さんは、人間の言葉がわかりません。それなのに、庭の樹木とは話せるのです。もちろん何を話しているのかわかりませんが、確かに意思の疎通があるのです」
男は思わず頭を抱えた。愛しい我が子と、どう接すればいいのだ。
しかし妻が命懸けで産んだ娘だ。大切に育てようと心に決めた。


長老様、島を離れて一年が過ぎました。毎日小さな建物の中に閉じ込められています。
窓から見える木が、唯一の友達です。
人間の言葉は少しだけ理解できるようになりました。
洋服という柔らかい布を纏うことには慣れましたが、泡だらけのお風呂に入れられて身体をゴシゴシされるのは、未だに慣れません。
人間が運んできてくれる食べ物は、信じられないくらい美味しいです。
だけど島にいたときのように手でつかむと叱られます。
たまに父親という人がやってきて、文字や言葉を教えてくれます。
彼は私を「エミリー」と呼びます。それが私の名前だそうです。
時おり私を抱きしめて「おお、エミリー、可哀想に」と泣くのです。
長老様、私は可哀想ですか? 早く島に帰りたいです。ここは息が詰まりそうです。

 
「エミリーの様子がおかしいだと?」
「はい、毎日外ばかり見て、食事もろくに食べません。島が恋しいのだと思います」
「友達が必要だな。学校へ行かせてみるか」
「それはまだ早いかと。それよりも、植物の世話を任せてみてはいかがでしょう」
カウンセラーの提案を受けて、男は庭に植物園を造った。
エミリーは一日の殆どを植物園で過ごし、木や草と会話をすることで徐々に元気を取り戻していった。

長老様、お父様が造ってくれた植物園が私の居場所になりました。
植物の中に、あの島を知っている草がいました。鳥がはるばる種を運んで来たのでしょうか。
長老様の話をしたら懐かしそうに涙ぐみました。
長老様、ここで色んな植物の話を聞くことが、私の役割のように思います。
お父様が言いました。
「それなら、文字や言葉をもっと勉強しなさい。植物のことが、よりわかるようになる」
新しい言葉を覚えると嬉しくなります。不思議です。私は今、とても楽しいのです。


「長老、何だか島が騒がしいですね」
「人間が、植物の研究に来たのじゃよ。この島は珍しい植物が多いからな」
「島が荒らされませんか?」
「大丈夫。あの女の研究員は、この島で育った娘じゃ。二十年ぶりの里帰りじゃ」
エミリーは、砂浜で大きく深呼吸したあと、島の中心に根を張る、巨大な老木に向かって走り出した。
「長老様、ただいま帰りました」


******
更新、ちょっと間があいてしまいました。(反省)
これは、公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「島」でした。
なかなか難しかったですね。応募数も多いし。
たぶん5枚で収まる話じゃなかったんでしょうね。
「島」の解釈、いろいろあるんですね。

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コメント 6

ぼんぼちぼちぼち

動物に育てられたのではなく、植物に育てられたというところが、意表をつかれて面白かったでやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2021-04-11 16:33) 

雫石鉄也

植物に育てられた女性。発想の転換で良かったです。
by 雫石鉄也 (2021-04-12 14:02) 

SORI

リンさんさか こんばんは
植物に育てられた少女の物語
素晴らしい発想に驚かされました。楽しく読ませていただきました。
by SORI (2021-04-13 21:29) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
千年も生きる木がありますからね、きっと不思議な力を持っているのでしょう。
by リンさん (2021-04-16 20:11) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
島=無人島は、ちょっと安易でしたね^^
by リンさん (2021-04-16 20:16) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
楽しいでいただけてよかったです。
木は、色んなことを知っているのかもしれませんね。
by リンさん (2021-04-16 20:18) 

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