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夜空にこんぺいとう [公募]

「むかしむかし、食いしん坊の神様が、両手にこぼれる程のこんぺいとうを持っていたんだ。そしたらすてーんと転んで、夜の空にばらまいちゃった。それが、星になったんだ」
「ふうん。じゃあ、星って甘いの?」
「ああ、脳みそがおかしくなるほど甘いよ。食うんじゃねえぞ。虫歯になるからな」

相変わらず、いい加減な話をしている。
私は煎餅を齧りながら、アツシと亮太の会話を聞いていた。
時計の針が九時を指した。

「亮太、もう寝なさい」
襖の向こうに声をかけると、ふたり同時に「はあい」と返事をした。
「兄弟か」と、思わずツッコんだ。

アツシは年下の恋人で、息子の亮太をとても可愛がってくれる。
明るくて優しい人だ。一緒になろうと言ってくれた。
だけど私は今ひとつ、結婚に踏み切れない。

前の夫はひどい男で、家に金を入れるどころか持ち出す専門。
暴力こそ振るわなかったが、子供に対する愛情など、まるで感じられない人だった。
アツシは優しい。だけどずっと変わらないとは限らない。
前の夫だって、最初はそこそこ優しかった。

「亮太、寝たよ」
アツシが襖を閉めて居間に来た。
「今日泊まって行っていい?」
「だめ。アツシ、明日仕事でしょ」
「ねえ有紀さん、いっしょに住もうよ。もっと広い部屋借りてさ。亮太だってもうすぐ小学校だろ。ねえ、籍入れようよ」
「あのね、アツシ、結婚は簡単に決められないのよ。ご両親は知っているの? 私が年上でバツイチで子持ちで美人だってこと。反対の要素しかないわ」
「すげえ。自分で美人とか言うんだ」
「とにかく、結婚はまだいいわ」

私は渋るアツシを帰らせ、亮太の隣にごろんと横になった。
あどけない寝顔。アツシなら、この子を大切にしてくれるだろう。
それなのにどうして、こんなに不安なのだろう。

「有紀さーん」
窓の外から声がする。開けてみると、アツシが手を振っている。
「ちょっとおいでよ。星がすごいよ」
仕方なく上着を羽織って、亮太を起こさないようにそうっと外へ出た。
暦の上では春だけど、夜は真冬のような寒さだ。

「早く帰りなさいよ。明日起きられないわよ」
「そうなんだけどさ、星があまりにきれいで」
見上げると、満天の星空だった。宇宙の果てまで続くような星空に、一瞬寒さを忘れた。
「ねえ有紀さん、この無数の星の中で、二つの星が出逢う確率ってすごく低いよね」
「どういうこと?」
「だから、星の数ほどいる人の中で、俺と有紀さんが出逢ったのは奇跡だってこと」
「何それ。歌謡曲か」
「ほら、ずっとひとつの星を見ていると、周りの星がかすんでこない?」
「だから何が言いたいの?」
「俺は、有紀さんと亮太に出逢ってから、周りが全部かすんで見える。有紀さんと亮太しか見えないんだ」
「だから、歌謡曲か」

ふいにアツシが私を抱きしめた。細いくせに大きな手で、頼りないくせに力強い。
冷え切った体を包むように、アツシの手は優しくて温かい。
この人に出逢えたことは、確かに奇跡だ。

風船みたいにふくらんでいた不安が、少しずつしぼんでいく。
ずるいなあと思いつつ、星空の魔法にかかってしまった。
「結婚しよう」
イエスの代わりに、私は言った。
「今夜、泊まっていく?」

結婚話は順調に進んだ。
アツシの両親は、年上でバツイチで子持ちで美人の私に、少し戸惑っていた。
だけど息子がいいならと、最後は賛成してくれた。

亮太は、アツシの母親からもらった土産のこんぺいとうを、嬉しそうに両手で包んだ。
「わあい、星だ、星だ」
家に帰ると、亮太はこんぺいとうをテーブルに並べだした。
「何してるの?」
「あのね、ピンクの星がママ、青い星がアツシ兄ちゃん、緑の星が亮くんなの」
真ん中に三つの星を置いて、まわりに白い星をちりばめている。
「わあ、本当に周りがかすんで見えるわ」

引っ越し準備に亮太の入学準備、これからますます忙しくなる。
だけど新しい暮らしはきっと楽しい。
こんぺいとうほど甘くはないけれど、いつも笑って過ごせる予感はある。
暖かい日差しが、積み重ねたダンボールを照らす。春はそこまで来ている。


*****
公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「星」です。話がちょっとありきたりだったかな…と、反省。
最優秀、佳作共に、レベルの高い作品が多かったです。
ひねりが足りなかったな。
今月の課題は「穴」です。なんかSFっぽい作品が多くなりそう。
もう書き終わっているんだけど、どうかな?


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