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傘の想い出 [コメディー]

ショッピングモールの「鉄道忘れ物市」を、何気にぶらぶら見ていたら、見覚えのある傘を見つけた。
黒地に赤や黄色や緑やオレンジといった様々な色がちりばめられた、カラフルで派手な傘だ。柄にもマーブル模様が入っている。

それは、何本も傘を失くす僕のために、妻がプレゼントしてくれたものだった。
「これだけ派手なら失くさないでしょ」と。
しかし数か月前、飲み会で何軒もはしごした末に、どこかに忘れてきてしまったのだ。
てっきり店かと思ったが、電車の中だったのか。

自分の傘を買うのもどうかと思ったが、返してくれとも言えない。
せっかく妻が買ってくれた傘だし、ここで会ったのも運命だ。
僕は傘を買おうと思い、手をのばした。

そのとき、後ろから手が伸びて、僕の傘をひょいと掴んだ。
振り向くと若い女性と目が合った。
「あの、この傘、わたしのなんです。先月亡くなった父が、元気だったころに出張のお土産で買ってきてくれた大切な傘なんです。失くしてしまって落ち込んでいたけれど、こんなところで出会えるなんて、きっと天国の父が巡り合わせてくれたんだわ」
「いやいや、これは僕の傘ですよ。妻が買ってくれたんです」
「いいえ、こんな目立つ傘を、間違えるはずがありません。これは私の傘です」
「僕の傘ですよ。きっとこの柄には、僕の指紋がたくさん付いています」
「指紋くらい何よ。私には父との想い出がたくさん詰まっているわ」
僕たちは、互いに譲らず、傘を握っていた。

そのとき、もうひとつの手が延びてきた。
「君たち、悪いがこれはわしの傘だ」
老人が、細い手で傘を握った。
「高校生の孫がプレゼントしてくれた大切な傘じゃ。車に轢かれないように、目立つ傘をさした方がいいと言ってな。優しい孫じゃ。それをうっかりどこかに置き忘れて、探しておったんじゃ」
「いえ、これは僕のです」
「わたしのよ」
「わしのじゃ」

こんなに特徴的で派手な傘の持ち主が、3人もいるなんて驚きだ。
有名ブランドでもないし、スーパーでもデパートでも、売っているのを見たことがない。
それぞれ事情はあるだろう。
だけど最初に見つけたのは僕だ。譲る気持ちなどさらさらない。
僕たちは、傘を握りしめて睨み合っていた。

「あの~、その傘、俺も持ってるよ」
ちょうど通りかかった若者が、同じ傘を掲げて見せた。
どうやら外は雨が降り出したらしい。
傘用のビニールに入って、しっとり濡れているが、まさしく同じ傘だ。

それにしても、こんなに特徴的で派手な傘の持ち主が、4人もいるなんて驚きだ。
すると若者が、傘を小脇に抱えながら言った。
「その傘、パチンコの景品だよ」
「えっ」(一同)
「駅前のパチンコ屋のオリジナル商品。おれ、たった今交換してきたところ。帰ろうとしたら雨が降ってたからさ」

パチンコの景品……。
3人は、同時に傘から手をはなした。
「あいつ、忙しいって言いながらパチンコを?」
「お父さんの出張って、パチンコ屋?」
「高校生は、パチンコしちゃいかんだろ」

あーあ、外は雨か。
地味でふつうの傘、買って帰ろ。


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