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五年目の悲劇 [公募]

最初の結婚は、二十三歳のときだったわ。背が高くて素敵な人よ。
だけどその五年後に夫が亡くなって、若い身空で未亡人になってしまったの。
死ぬほど辛かったけど、周りの人たちに支えられて、どうにか笑顔を取り戻すことが出来たのよ。まだ若かったし、子供もいなかったから、いろんなところから再婚話が来てね、
三十二歳のときに二度目の結婚をしたの。

再婚相手は真面目な公務員で、穏やかで優しい人だったわ。
子供は出来なかったけど、夫婦二人で充分幸せだったわ。
だけどその五年後に、やはり夫は亡くなったの。
さすがに生きていく気力を失って、死んでしまおうと思ったこともあった。
でもね、そのときの私には仕事があったの。
地方の小さな情報誌の編集をしていたの。
ちょうど私の企画が通ったばかりだったから、バリバリ働いて辛い気持ちを忘れようと必死だったわ。

もう結婚はしないと決めて、編集長にまで上り詰めた私だったけれど、四十歳のときに運命的な出会いをしたの。
取材に行った大学教授に年甲斐もなくときめいてしまったの。
不謹慎だけど、これまでの二人の夫は、彼に出逢うために死んでくれたんじゃないかって思ったほどよ。ひどい女でしょ、私。
彼の気持ちも同じだと知って、一年後に私たちは結婚したの。
再婚同士だったから、何だかとても楽だった。
すごく自然でいられたのよ。
彼とだったらこのまま死ぬまで添い遂げられると信じていたの。
 
ところが、その五年後に、夫は亡くなったわ。これで三人目よ。
さすがに親族や友人たちも、陰でうわさ話をするようになったわ。
「呪われているんじゃないの?」
「愛した男を死なせてしまう運命なのよ」
「恐ろしいな。魔性の女だ」
最愛の夫を亡くした上に、口さがない陰口に疲れ果てた私は、仕事をやめて家も捨てて町を出たの。

新しい町で暮らし始めて、今までと全然違う仕事を始めたの。
洋服やバッグを売る仕事よ。私は優秀なショップ店員だったわ。
そこに買い物に来たのが、あなたよ。
丁寧な言葉づかいで、感じのいい方だと思ったわ。
商品を手に取ってじっくり選ぶ姿に、私ちょっと嫉妬した。
だってね、てっきり奥様へのプレゼントを選んでいるのかと思ったんですもの。
でも、違ったのよね。
あなたは独身で、成人式を迎える姪御さんへのプレゼントを選んでいたの。
あのお店は、若いお嬢さん向きのショップじゃないから、私は無難なファーのマフラーをお勧めしたわね。
それからあなたは何度も店に来てくれた。
年下だけどまっすぐで強引なあなたに、私は徐々に惹かれていった。
一緒に食事をするようになってまもなく、結婚を申し込んでくれたわね。
私はとても迷ったわ。だって四度目ですもの。
しかも三人の夫を亡くした女よ。
だけどあなたは気にしないと言ってくれたわね。
私、迷ったけれどお受けすることにしたの。
ひとりで年を取るのが怖かったからよ。
いつの間にか、そんな年齢になってしまったのね。

あなたは優しい人で、結婚記念日には必ずプレゼントをくれた。
素敵なディナーや、コンサートに連れて行ってくれたわね。
そして結婚五年目のプレゼントは、温泉旅行だった。楽しかったわ。
まさかその帰りに、バスが崖から転落するなんて、思ってもいなかった。

あなたは、その事故で亡くなってしまった。
結婚して五年後に、やはり私は夫を亡くしたの。自分の運命を恨むしかない。
神様っているのかしら。もう涙も枯れたわ。

私の怪我は軽かった。
警察や取材の人がやってきて、しばらくは何が何だか分からなかったわ。
だけどみんなに言われたの。
「奥さん、あの事故で助かったのはあなただけですよ。本当に運がいいですね」

運がいい? 私は、運がいいの?
ハッとしたの。今まで私は運が悪いと思い続けてきた。
だって結婚するたびに夫を亡くす人生なのよ。
だけどね、よくよく考えてみたら、私ほど強運の持ち主はいないんじゃないかって思えてきたの。

一人目の夫は車の事故、二人目の夫は電車の事故、三人目の夫は飛行機事故、そして四人目のあなたはバスの事故。
私はすべて、隣の席に同乗していたのよ。
そうなの。私だけが助かったの。
私は四人の夫を亡くした可哀想な女じゃなくて、まれに見る強運の持ち主だったのよ。
そう思ったら私、まだまだ生きて行けそうな気がするの。
だからあなた、そしてその前の夫たち、空の上から私を見守っていてね。

あら、お客さまだわ。きっと生命保険会社の方よ。
あなたからの最後のプレゼントね。
あなた、本当にありがとう。

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公募ガイド「TO-BE小説工房」に出した、もうひとつの作品です。
こちらは落選でした。
最初はこれ一本にしようと思っていたのですが、2作目を出して結果的によかったです。
これは、ラスト3行がない方がよかったのではないかと、読み返して思いました。


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