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子離れ [コメディー]

一人暮らしをしたいと言ったとき、思った通り、母は反対した。
私を溺愛しているからだ。
「でもね、お母さん。通勤時間1時間半って、けっこう大変なのよ。うちの会社は時間が不規則だし、残業になったらそれこそ、寝に帰るだけよ」
「残業なんてしないで早く帰ってくればいいでしょう。だいたい若い女の子をそんな遅くまで働かせる会社がどうかしてるわ」
「お母さん、昔と違うのよ。男も女もないのよ」
「一人暮らしなんて、ずぼらなあんたには無理に決まってる」
何を言っても平行線。そもそも私は24歳だし、アパートの契約もひとりで出来る。
会社から5分のアパートを紹介してくれる先輩もいる。
だから私は、反対されても家を出る決心をした。
母には、早く子離れして欲しい。

ひとりでアパートを決めた。
母とはずっと口をきかず、引っ越しの日には父が来てくれた
「足りないものがあったら言いなさい。それから、ちゃんと連絡は入れるように。メールでいいから、1日1回、お母さんに送りなさい。お母さんは、寂しがり屋だからな」
父は、優しく言って帰って行った。

一人暮らしは快適だった。
朝6時に起きなくていいし、満員電車に乗らなくていいし、飲み会で電車の時間を気にすることもない。
同僚が遊びにきて「いいなあ」を連発する。優越感だ。
私は毎日楽しくて、母へのメールも忘れていた。母からもメールはない。
きっと意地を張っているのだろう。

しかし、快適な暮らしは、1か月後に崩れる。
通帳の残高を見て愕然とした。
「うそ、なんでこんなに少ないの?」
家賃の他に光熱費と水道代というものがかかる。
わかっていたことなのに、その金額に驚く。
引っ越したばかりで友達がたくさん来て、電子レンジを使いまくった。
朝からシャワーを浴びたりした。
おまけに、実家暮らしのときにカードで買った服や化粧品の引き落としもある。
貯金は家具や家電を揃えるのに使ってしまい、ほとんど残っていない。
給料を全部、自由に使えた癖が抜けずに、ついつい余計なものを買っていた。
ヤバい。生活費が足りない。

父に電話して、いくらか援助してもらおうと思ったけれど、よく考えたら父の小遣いは、私の学生時代のバイト代より少ない。無理だ。
週末のディナーをキャンセルして、合コンも飲み会も断ろう。当分贅沢は敵だ。

もやしばかり食べていたら、無性に母の手料理が食べたくなった。
週末に帰ってみよう。きっと母だって、寂しがっているはずだ。
突然行って驚かせたら、泣くかもしれない。
そして泣きながら、私の好物を作ってくれるだろう。

家に帰り、庭に入った途端、犬に吠えられた。
噛みつきそうな勢いで、キャンキャン吠える。
「あらあら、マリンちゃん、どうしたの?」
高級そうな犬用の牛肉を持った母が出てきて、私に気づいた。
「あら、あんた帰ってきたの?」
「お母さん、犬飼ったの?」
「犬じゃないわ。マリンちゃんよ」
私のお腹がグーっと鳴った。
「お腹空いてるなら、台所にカップ麺があるから食べなさい。お母さんは今からマリンちゃんのトリミングなの」
母はあっさり出かけてしまった。

台所では、父がカップ麺にお湯を注いでいた。
「ああ、帰ってきたのか。しょうゆ味と味噌味、どっちがいい?」
「お父さん、犬飼ったの?」
「ああ、お母さんは犬を溺愛している。犬って呼ぶと怒られる。マリンちゃんだ」
ふうん。
子離れ、早すぎない?
私は、しょうゆ味のカップ麺にお湯を注ぎながら思った。
あの犬、私よりいいもん食ってたなあ~。


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