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カウントダウン

「よいお年を」と言われると、なんかフクザツ。
「よいお年」が「いい年」に聞こえてしまう。
どうせ私は「いい年」ですよ、と返したくなる。

そういえば、女性の年齢をクリスマスケーキに例えることがあった。
25日を過ぎたケーキは買い手がない。
つまり25歳を過ぎると貰い手がないってこと。
女性蔑視もいいところだ。
年齢を暦に例えるなら、私はもうどこにも属さない。
大晦日もとっくに過ぎている。

普段はひとりでも何ともないけれど、大晦日はさすがに寂しい。
そこで、せめて気分だけでも華やぐように、3,4年前からシャンパンカウントダウンをしている。
年が明ける10秒前からカウントダウンをして、年明けとともにシャンパンを開ける。
暖かい部屋で冷えたシャンパンを飲むのが、私の年明け。

さあ、カウントダウンが始まる。
10,9,8………3,2,1
ドッカ―ン!!!

えっ?なに、今の音。シャンパンを開けた音にしては大きすぎない?
窓の外に、うっすら煙が。
上着を羽織って慌てて外に飛び出した。
同じく飛び出した隣の住人が、「下の飲食店で爆発があったみたいですよ」と言った。
階段を使って下に降りると、飲食店から炎が出ていた。
マンションの住人たち、飲食店の客と店員、通りかかった野次馬たち。
こんなに大勢の人たちと年越しするのは初めてだ。

飲食店の炎は、消防と周りの人たちの協力によって程なく消火した。
幸いマンションは無事だった。
「年明け早々、大変でしたね」
隣の住人が話しかけてきた。
あまり話したことはないが、割と感じがいい。

「そうね。シャンパンを飲みそこなったわ」
「シャンパン?」
「毎年、年明けとともにシャンパンを開けてるの」
「いいですね。僕も飲みたいな」
「じゃあ、よかったらご一緒に」

……なんて妄想をしてみたけれど、それは現実にはならない。ただの妄想。
だって隣の住人は、新婚夫婦。
「じゃあ、おやすみなさい」と軽く会釈をして、奥さんの肩を抱いて帰って行った。

ああ。私も帰ろう。シャンパンよりも熱いほうじ茶が飲みたいわ。
いずれにしても、刺激的な一年になりそうね。

***********
ネットが突然使えなくなり、昨日から四苦八苦。
ようやく繋がったけど、またいつ使えなくなるかわからないので、取り急ぎアップします。

みなさま、一年間ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
よいお年をお迎えください。


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マッチを売る女 [名作パロディー]

女はマッチを売っていた。
働いていたマッチ工場が倒産して、退職金代わりに大量のマッチをもらったからだ。
再就職は決まらない。貯金もない。
せめてマッチを売って、生活費を稼がなければ。
「マッチはいりませんか。とても美しい炎が出ますよ」
雪がちらつく寒い夜、マッチはひとつも売れなかった。

女はマッチを1本擦ってみた。
「ああ、やっぱりきれいな炎だわ」
次の瞬間、炎の中にクリスマスツリーが浮かんだ。
「やだ、幻だわ。そういえば、今日はクリスマスね。去年までは職場の仲間とパーティをしていたわ」
女はもう1本マッチを擦った。
フライドチキンを囲む仲間たちの笑顔が見えた。
「ああ、みんな、どうしているかしら。再就職は決まったかしら」
もう1本擦ってみた。
暖かい部屋で、ビールを飲む仲間たち。見覚えのある壁紙だ。
「この部屋は、あゆ子の部屋だ。毎年この部屋に集まっていたな」
もう1本擦ってみたら、今度は声が聞こえてきた。

『ねえ、冬美、どうしてるかな』
冬美というのが女の名前だった。
『あの子、ケイタイ料金払ってないみたいでさ、連絡できないんだよ』
『街角でマッチ売ってるって噂だけど、まさかね』
『ありえないよ。売るならネットしょ』
『ちょっとぬけてるんだよね、冬美は』

女は愕然とした。これは今現在行われているパーティだ。
仲間たちは、会社を辞めても連絡を取り合って、集まっていたのだ。
もっとも、ケイタイ料金を払っていないので、女に連絡が来ることはなかった。

再びマッチを擦る。
『そろそろケーキ食べない?』
『うん、食べようか』
『あれ?ケーキは?』
『あっ!忘れた。だってケーキはいつも冬美が用意してたから』
『ああ、ケーキがないクリスマスなんて』

女が財布をひっくり返すと、3千円入っていた。
「待ってなさいよ。今ケーキを買っていくから。小さいケーキしか買えないけど、ないよりマシでしょ」
女は走った。あゆ子の家なら15分で着く。
「まったく、ぬけてるのはどっちよ。チキン、残しておいてよ」と叫びながら。

不思議なマッチは、その後ネットでバカ売れした。

KIMG0715.JPG


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人間らしい暮らし

テレビを見るのはやめた。
新聞も読まない。
ネットの情報も一切入れない。
余計なことを知らずに済むし、フェイクニュースに惑わされることもない。
快適だ。考えることは、今日の天気と食事のことだけ。
きっとこれが人間本来のあり方なのだ。
時代の流れを読むよりも、雲の流れを眺める方がいい。
株の変動に気を揉むよりも、潮の満ち引きを感じる方がいい。

ここに来てから、私は本当に自由だ。
誰にも会わないから、髭がのび放題でも気にしない。
釣りをしたり、森を歩いたり、こんなにのんびり過ごすのは久しぶりだ。
ああ、星がきれいだ。

おや、何かがこちらに向かってくる。
船だ。船が来た。


男は救出された。
クルーズ船が難破して、男が無人島にたどり着いたのは半年前だ。
最初は戸惑い、絶望に苦しんだ。
しかし、数年ぶりの深い眠りと自然の目覚めに、男はひどく感動した。
生き返ったような気がした。
それから男は、島の暮らしを楽しんだ。
火を熾し、雨水をためて、木の実を取って食べた。
こんな暮らしが自分に合っていることを、男は初めて知った。

男は、大企業の社長であった。
会社に戻ると、山のような仕事が待っていた。
「社長、この書類に目を通してください」
「社長、本日の予定ですが」
「社長、例の案件のことでX商事様がお見えです」
忙しいのに、男はすっかりやる気を失くしている。
迎えに行かないと会社に来ないし、会議中にぼんやり窓の外を見ている。
役員たちは、何とかせねばと会議を重ね、ひとつの結論を出した。

「無人島に支社を建てましょう。社長はそこで仕事をしていただきましょう」
役員たちは早急に動いた。無人島を買い、事務所を建てた。
自家発電で電気を引き、井戸を掘り、ネット環境を整えた。
「さあ社長、パソコンがあれば仕事に支障はありません。食料と飲料水は週に一度、自家用ジェット機で運ばせます。医者も常備させましょう。ところで明日の予定ですが」
秘書が手帳をめくる。
「午後からA社の理事長が、支社開設のお祝いに見えます。その後は、ネットで会議に参加していただきます。夜にはアメリカB社のサム氏と会食です。ご心配なく。こちらの島にシェフを手配いたします」
男が口をはさむ間もなく秘書は続ける。
「それから社長、テレビの取材が入っています。こだわり社長の無人島生活という企画です。詳細が決まりましたらご報告いたします。では、本日はゆっくりお過ごしください」

「ちがうんだよな」
男はジャグジーバスに身を沈め、細い窓から星を見た。
「もはや、無人島じゃないだろ、ここ」


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僕の忠臣蔵 [公募]

「旧暦」というものがあることを知ったのは、じいちゃんと忠臣蔵のドラマを見ていたときだった。
12月14日、雪の中、赤穂浪士が吉良邸に討ち入りに行くクライマックス、そういえば去年も見たなと思いながら、小学生の僕は炬燵でみかんの皮を剥いていた。
「じいちゃん、江戸って東京でしょう。12月にこんな大雪降らないよね」
定番の時代劇にすっかり飽きた僕は、粗探しみたいな突っ込みを入れた。
じいちゃんは笑いながら「旧暦の12月だ」と言った。
「今の暦に直すと一月の後半だ。ちょうど一番寒いころだ。そりゃ雪も降るだろう」

じいちゃんは、壁からカレンダーを外して僕に見せた。
日にちの横に、旧暦の日付が小さく書いてあった。
「へえ」と僕は感心して、どうして旧暦があるのか尋ねたけれど、じいちゃんは面倒になったのか、それとも知らなかったのか、得意の寝たふりを決め込んだ。
ストーブの上の薬缶がシュンシュンと音を立て、父が仕事から戻るころ、じいちゃんは本格的に寝息を立てる。
ほぼ毎日繰り返される、わが家の定番だ。

その翌年の11月、じいちゃんは静かに天国へ旅立った。
母が、7歳の僕を置いて家を出て行ってから、殆どの時間をじいちゃんと過ごした。
ひとりで過ごす12月、忠臣蔵のドラマは、他の番組に変わっていた。
時代劇と懐メロ、かりんとうと昆布茶、こけしと木彫りの熊、だるまストーブで焼くお餅。じいちゃんに繋がる全ての物が、僕の中から消えていくような気がした。

その後僕と父は、じいちゃんの家を売って、父の仕事場から近いマンションで暮らした。
父の帰りはずいぶんと早くなり、僕の暮らしはずいぶん変わった。
少しだけ大人になって、じいちゃんのことを思い出すことも少なくなったけれど、カレンダーで旧暦を見る癖だけは残った。

僕は高校生になり、同じクラスのユリとつきあい始めた。
ユリの誕生日は12月14日。赤穂浪士の討ち入りと同じ日だ。
「損なのよ。誕生日とクリスマスを一緒にされちゃうの。プレゼントも一緒よ。つまらないわ。かと言って、10日で2回もイベントをやってもらうのは気が引けるでしょう」
ユリは口を尖らせた。僕はひらめいた。
「じゃあさ、誕生日は旧暦でやろうよ」
「何それ? どういうこと?」

僕は手帳を取り出した。旧暦が書かれたお気に入りの黒い手帳だ。
「ほら、旧暦の12月14日は、新暦の1月19日だ。この日に君の誕生日を祝おう」
ユリは手帳を眺めながら「ふうん。よくわからないけど、それでいいわ」と言った。
 
リスマスイブはイルミネーションを見に行った。
初めて手を繋ぎ、女の子の手はなんて柔らかいのだろうと思った。
夜の街を二人で歩いていたら、運悪く同級生の大石に会ってしまった。
しかも大石は、ユリの元カレだ。
「へえ、おまえら、つきあってるんだ」
大石はユリに未練があって、何度か復縁を迫っているらしい。
僕は無視して行こうとしたが、奴が共通の友人の話を始め、ユリもそれに応えたりしたものだから少し頭にきた。
「もう帰ろう」と、二人の間に入った弾みに、肘が大石の顔に当たってしまった。
故意ではないが奴が怒って喧嘩になり、僕が一方的に悪いという流れになり、気まずいイブになってしまった。
冷え切った家は真っ暗で寂しくて、じいちゃんがいてくれたらと、子どもみたいなことを思った。

1月19日(旧暦の12月14日)、僕はユリを家に招いた。
父は帰りが遅いし、僕は高校男子にしてはかなり料理が得意だった。
「ケーキも作ってくれたのね。すごーい。パティシエになれるわ」
彼女は感激して、すべての料理を褒めた。
そして食べて笑って、寄り添ってDVDを見た。
僕がキスのチャンスを狙っていたら、玄関のチャイムが鳴った。
残念ながら父が帰ってきたようだ。
「お父さん、鍵忘れたのかな?」と、ドアを開けると、立っていたのは大石だった。
「ユリを返してもらいに来た」
「はっ? おまえ何言ってんの?」
「俺ら復縁したんだ。正月に一緒に出掛けた」
振り返ると、ユリが気まずそうに俯いた。
「ごめんね。誕生日に、彼がプレゼントをくれたの。欲しかったブランドのお財布。それでね、お礼にデートして、それで、つまり、そういうことに……」

手料理よりブランド、旧暦より新暦。つまりそういうことか。
ユリは何度も謝って、奴に手を引かれて帰った。帰り際、大石に腹を殴られた。
「この前の仕返しだ」と奴は言った。

なあ、じいちゃん、これって打ち入りか?
窓の外には、雪が舞い始めた。いっそ大雪になればいいと、僕は思った。

****

公募ガイドTO-BE小説工房の落選作です。
課題は「暦」でした。
このブログではお馴染みの忠臣蔵ネタでしたが、残念です。
でもまあ、書いてて楽しかったからいいか^^


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お歳暮こわい [コメディー]

高い垣根に囲まれた一軒家。こういう家は入りやすいと聞いた。
音を立てずに窓ガラスを割る方法は、先輩から教わった。
この家の住人が夕方まで帰らないのは調査済みだ。
慎重に、そろりと中に忍び込んだ。

空き巣なんて、本当はやりたくない。
だけど仕事はないし、親兄弟には頼れない。金がないんだ。
取り急ぎ、現金を探すが、なかなか見つからない。
現金を家に置かない主義か?

ピンポ~ン 玄関のチャイムが鳴った。
「宅配便でーす」
無視しようと思ったが、ちらりと覗いたら目が合っちまった。
「い、今行きます」
仕方がないので、住人のふりをして受け取ると、それはお歳暮だった。
お歳暮なんて、一度ももらったことがない。贈ったこともないけど。
「おお、ビールだ。いいな」
この家には現金がなさそうなので腹いせにビールをご馳走になることにした。
ぷはー、うめえな。このところ、酒も飲めなかったからな。つまみが欲しいところだが、贅沢は言えんな。

ピンポ~ン 玄関のチャイムが再び鳴った。
「宅配便でーす」
おお、またお歳暮だ。今度は佃煮の詰め合わせじゃないか。
ちょうどいいつまみだ。うん、なかなかイケる。

ピンポ~ン 玄関のチャイムがまた鳴った。
「宅配便でーす」
またお歳暮だ。よくお歳暮が来る家だな。
今度はワインじゃないか。俺はワインにはちょっとうるさいぜ。
うん、こりゃあいいワインだ。香りもいい。
佃煮とは、ちょっと合わないがな。

ピンポ~ン 玄関のチャイムがまた鳴った。
「宅配便でーす」
またお歳暮か。おお、なんてタイミングがいいんだ。今度はチーズの詰め合わせだぞ。
まるで俺のためにお歳暮が届くみたいだ。
色んな種類のチーズがある。しゃれてるな。
やっぱりカマンベールがワインに合うな。

ピンポ~ン 玄関のチャイムがまたまた鳴った。
「宅配便でーす」
いったいどれだけお歳暮が来るんだ。
今度は焼酎だぞ。ここの家主は酒好きなんだな。
やっぱりお湯割りか。お湯をもらうぜ。

ピンポ~ン 玄関のチャイムがまたまた鳴った。
「宅配便でーす」
おいおい、なんてことだ。今度は梅干しが来たぞ。
そうそう、焼酎のお湯割りには梅干しを入れなくちゃね。
なんだかここ、居酒屋みたいだぞ。次はご飯ものが欲しいところだな。

玄関のドアが開いた。次は何だ? 

「ちょっと、どういうこと? 鍵が開いてるわ」
あっ、住人が帰ってきた。いつの間にか夕方だ。

「ど、どろぼう? あなた、人の家で何してるのよ!」
「いや、その…」
「警察呼ぶわよ」
「その前に奥さん、〆のお茶漬けを……」


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