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僕の忠臣蔵 [公募]

「旧暦」というものがあることを知ったのは、じいちゃんと忠臣蔵のドラマを見ていたときだった。
12月14日、雪の中、赤穂浪士が吉良邸に討ち入りに行くクライマックス、そういえば去年も見たなと思いながら、小学生の僕は炬燵でみかんの皮を剥いていた。
「じいちゃん、江戸って東京でしょう。12月にこんな大雪降らないよね」
定番の時代劇にすっかり飽きた僕は、粗探しみたいな突っ込みを入れた。
じいちゃんは笑いながら「旧暦の12月だ」と言った。
「今の暦に直すと一月の後半だ。ちょうど一番寒いころだ。そりゃ雪も降るだろう」

じいちゃんは、壁からカレンダーを外して僕に見せた。
日にちの横に、旧暦の日付が小さく書いてあった。
「へえ」と僕は感心して、どうして旧暦があるのか尋ねたけれど、じいちゃんは面倒になったのか、それとも知らなかったのか、得意の寝たふりを決め込んだ。
ストーブの上の薬缶がシュンシュンと音を立て、父が仕事から戻るころ、じいちゃんは本格的に寝息を立てる。
ほぼ毎日繰り返される、わが家の定番だ。

その翌年の11月、じいちゃんは静かに天国へ旅立った。
母が、7歳の僕を置いて家を出て行ってから、殆どの時間をじいちゃんと過ごした。
ひとりで過ごす12月、忠臣蔵のドラマは、他の番組に変わっていた。
時代劇と懐メロ、かりんとうと昆布茶、こけしと木彫りの熊、だるまストーブで焼くお餅。じいちゃんに繋がる全ての物が、僕の中から消えていくような気がした。

その後僕と父は、じいちゃんの家を売って、父の仕事場から近いマンションで暮らした。
父の帰りはずいぶんと早くなり、僕の暮らしはずいぶん変わった。
少しだけ大人になって、じいちゃんのことを思い出すことも少なくなったけれど、カレンダーで旧暦を見る癖だけは残った。

僕は高校生になり、同じクラスのユリとつきあい始めた。
ユリの誕生日は12月14日。赤穂浪士の討ち入りと同じ日だ。
「損なのよ。誕生日とクリスマスを一緒にされちゃうの。プレゼントも一緒よ。つまらないわ。かと言って、10日で2回もイベントをやってもらうのは気が引けるでしょう」
ユリは口を尖らせた。僕はひらめいた。
「じゃあさ、誕生日は旧暦でやろうよ」
「何それ? どういうこと?」

僕は手帳を取り出した。旧暦が書かれたお気に入りの黒い手帳だ。
「ほら、旧暦の12月14日は、新暦の1月19日だ。この日に君の誕生日を祝おう」
ユリは手帳を眺めながら「ふうん。よくわからないけど、それでいいわ」と言った。
 
リスマスイブはイルミネーションを見に行った。
初めて手を繋ぎ、女の子の手はなんて柔らかいのだろうと思った。
夜の街を二人で歩いていたら、運悪く同級生の大石に会ってしまった。
しかも大石は、ユリの元カレだ。
「へえ、おまえら、つきあってるんだ」
大石はユリに未練があって、何度か復縁を迫っているらしい。
僕は無視して行こうとしたが、奴が共通の友人の話を始め、ユリもそれに応えたりしたものだから少し頭にきた。
「もう帰ろう」と、二人の間に入った弾みに、肘が大石の顔に当たってしまった。
故意ではないが奴が怒って喧嘩になり、僕が一方的に悪いという流れになり、気まずいイブになってしまった。
冷え切った家は真っ暗で寂しくて、じいちゃんがいてくれたらと、子どもみたいなことを思った。

1月19日(旧暦の12月14日)、僕はユリを家に招いた。
父は帰りが遅いし、僕は高校男子にしてはかなり料理が得意だった。
「ケーキも作ってくれたのね。すごーい。パティシエになれるわ」
彼女は感激して、すべての料理を褒めた。
そして食べて笑って、寄り添ってDVDを見た。
僕がキスのチャンスを狙っていたら、玄関のチャイムが鳴った。
残念ながら父が帰ってきたようだ。
「お父さん、鍵忘れたのかな?」と、ドアを開けると、立っていたのは大石だった。
「ユリを返してもらいに来た」
「はっ? おまえ何言ってんの?」
「俺ら復縁したんだ。正月に一緒に出掛けた」
振り返ると、ユリが気まずそうに俯いた。
「ごめんね。誕生日に、彼がプレゼントをくれたの。欲しかったブランドのお財布。それでね、お礼にデートして、それで、つまり、そういうことに……」

手料理よりブランド、旧暦より新暦。つまりそういうことか。
ユリは何度も謝って、奴に手を引かれて帰った。帰り際、大石に腹を殴られた。
「この前の仕返しだ」と奴は言った。

なあ、じいちゃん、これって打ち入りか?
窓の外には、雪が舞い始めた。いっそ大雪になればいいと、僕は思った。

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公募ガイドTO-BE小説工房の落選作です。
課題は「暦」でした。
このブログではお馴染みの忠臣蔵ネタでしたが、残念です。
でもまあ、書いてて楽しかったからいいか^^


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