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成人の日

一人娘の里奈が成人式を迎えた。
「振袖いらないからさ、その分のお金ちょうだい」
などとほざいて妻を激怒させたドライな娘だ。
結局観念して、里奈は妻が用意した振袖を着て出かけていった。

成人式は午前中に終わるが、バイト仲間と遊びに行くから帰らないという。
「昔は親戚が集まってお祝いしたものだけどな」
「いつの話? 今はそのまま同窓会に行ったり、彼氏とデートしたりするものよ」
「ふうん」
朝も着付けだ、ヘアメイクだと言って早朝に出かけたから、ろくに顔も見ていない。
父親なんてそんなものか。
ごろんと横になり、そのまま眠ってしまった。

ふと気配を感じて起き上がると、赤い振袖を着た里奈がいた。
「なんだ、バイト仲間と遊びに行ったんじゃないのか」
「え? 何言ってるの。工場で働いているのにアルバイトなんかしたらクビになっちゃうわよ」
笑ながら振り向いたのは、里奈ではなかった。
妹の陽子だ。とっくに死んだ妹の陽子が振袖を着て笑っている。
これは夢か。
「お兄ちゃん、この振袖、すごく評判良かったよ。無理させちゃってごめんね」
僕たちには父親がいなかった。
裕福ではなかったけど、母と金を出し合って陽子に振袖を買ってあげたのだ。
「私、この振袖を一生着るわ」
「バカだな。結婚したら振袖は着れないんだぞ」

陽子は、結婚しないまま25歳で逝った。
久しぶりに陽子の夢を見た。そういえば里奈は、少し陽子に似ている。

目が覚めたら1時半だった。昼飯も食わずに眠っていたようだ。
「お父さん、やっと起きた」
「夜眠れなくても知らないからね」
里奈がいた。赤い振袖を着ている。
「里奈、バイト仲間と遊びに行くんじゃないのか」
「中止になったの。急にみんな都合悪くなって。訳わかんないけど、あたしも何となく家に帰った方がいいような気がして」
「そうか」
生意気な里奈が、化粧のせいかやけにきれいに見える。
「今から3人で食事に行かない? 家族でお祝いしましょう」
「うん。じゃあ、着替えるか」
「お父さん、早くしてよね。お腹ペコペコ」
立ち上がり、もう一度里奈を見た。
「この振袖は、もしかして……」
「陽子ちゃんの振袖よ。よく似合っているでしょう」

あの夢の続きを思い出した。
「バカだな。結婚したら振袖は着れないんだぞ」
「じゃあ、お兄ちゃんが結婚して女の子が生まれたら、この振袖をあげる」
「ずいぶん先の話だな」
「そのときはみんなでお祝いしようね」

そうか。陽子が、里奈を家に帰してくれたのか。
どこかで陽子も祝ってくれているのかな。

3人で歩く街は、何だか少し照れくさかった。


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