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かわいそうに、かわいそうに [ミステリー?]

『かわいそうに、かわいそうに』

由紀子が最初にその声を聞いたのは、祖父が亡くなる前日だった。
夜中に耳元でささやくような声を聞いた。
『かわいそうに、かわいそうに』
由紀子はまだ幼くて、両親とともに寝ていたから、どちらかの寝言ぐらいにしか思っていなかった。
翌朝、祖父が逝った。

次に声を聞いたのは、小学生のときだった。
『かわいそうに、かわいそうに』
このときは一人で寝ていたが、夢の中の声だろうと思った。
翌朝、愛犬のタロウが死んだ。

次に声を聞いたときは、中学生だった。
そのときは受験勉強をしていたので、さすがにはっきり聞いた。
『かわいそうに、かわいそうに』
翌朝、祖母が逝った。

由紀子は気づいた。
声が聞こえるとき、大切な誰かが死んでしまう。
しばらくは怯えながら眠ったが、しばらくすると忘れてしまった。
由紀子はまだ若かった。

忘れたころに、声が聞こえた。
由紀子はすっかり大人になっていた。
東京のアパートに一人で暮らす由紀子は、30歳になっていた。
『かわいそうに、かわいそうに』
思わず飛び起きた。
眠れずに朝を迎えた由紀子に、父の訃報が届いた。

悲しみの中葬儀を終えて、すっかり気落ちした母を励ましアパートに帰った。
母は体調を崩して、数年後に逝った。
そのときも、もちろん声は聞こえた。
『かわいそうに、かわいそうに』
ええ、本当に可哀想だわ、私。
由紀子は冷たいアパートで、ひとり泣いた。

もう大切な人はいない。
家族はみんないなくなった。
それなのに、しんしんと冷えた冬の夜、由紀子の耳にあの声が聞こえた。
『かわいそうに、かわいそうに』

目を覚ました由紀子は、異変に気付いた。
煙い。何かが燃える匂い。窓に赤い炎が見える。
「火事だわ!」
由紀子は慌てて外に飛び出した。
アパートの隣の部屋から火が出ている。
炎は、隣の部屋と由紀子の部屋を半分燃やして消火された。
隣の部屋の住人は若い男だったが、残念ながら助からなかった。

「このアパートにはもう住めないけれど、命は助かったわ」
由紀子は思った。
あの声が、由紀子を救ってくれたのだ。あのまま寝ていたら、由紀子は死んでいた。
隣の住人は気の毒だったけれど、ろくに顔も見たこともない他人だ。
大切な人じゃない。
あれは、きっと私を救うために聞こえた声なのだ。
由紀子は空を見上げて「ありがとう」と呟いた。

由紀子は知らなかった。
隣の住人と由紀子は、この後急激に親しくなり、将来結婚する運命の男だった。
『かわいそうに、由紀子はまた大切な人を失った。かわいそうに、かわいそうに』

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ブログ村のマイページが変わってしまって、使い方がよくわからない。
前の方がよかったな。

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