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12年目のお雛さま

もうすぐひな祭りだけど、お雛さまは飾っていない。
お父さんは仕事だし、お姉ちゃんは受験だし、お母さんは、もういない。
お母さんは去年、天国に行っちゃった。
わたしは鍵っ子。寂しいけど、口には出さない。
お父さんもお姉ちゃんも、頑張っているんだもん。

誰もいない部屋に「ただいま」って言った。
あれ? お雛さまが飾ってある。いったい誰が?
「おかえり。ああ、疲れた。7段はきついわ~」
振り向くと、お母さんがソファーで横になっていた。
「だから3段飾りでよかったのに、おじいちゃんが張り切るから」

「お母さん、どうしたの? 何でいるの?」
「お母さんね、生きてる時の行いがよかったから、2回だけ帰還できるのよ。ほんの数時間だけどね」
「ええ、そんな貴重な時間を、お雛さまを飾ることに使っちゃったの? もったいないよ。お母さんってさ、生きてる時から計画性がゼロだったよね」
「まあ、相変わらずキツイ子ね。もっと喜びなさいよ」
わたしたちは、声を出して笑った。
そういえば、お母さんがいたときは、いつも笑っていたな。

「このお雛さまはね、お母さんのお雛さまよ。お母さんが生まれたとき、おじいちゃんが買ってきたの。2LKの社宅に7段飾りよ。私に計画性がないのは、おじいちゃん譲りね」
わたしの家には、お雛さまを飾る部屋がある。
毎年、お母さんとお姉ちゃんとわたしで飾っていた。
「天国でね、おじいちゃんに言われたのよ。おまえがこっちに来ちゃったら、誰がお雛さまを飾るんだってね。お雛さまがかわいそうだって言うのよ」
おいおい、孫よりお雛さまかい。
わたしは、ちょっと空気の読めないとぼけたおじいちゃんを思い出して、思わず苦笑いした。

「来年からは飾ってね。あなたは中学生、お姉ちゃんは高校生になるんだから」
「わかった。わかったから、あとの1回は有効に使ってよね」
「うん、もう決めてる。二人が結婚して家を出た後、寂しいお父さんを慰めに来るの」
「えー、じゃあ、もう逢えないの?」
「大丈夫。いつも見守っているから」
「寂しいよ」
「お父さんとお姉ちゃんに、ちゃんと甘えなさい。大人ぶってるけど、まだ12歳なんだから」
ポロポロ涙が出た。お母さんが、わたしの髪をくしゃくしゃに撫でた。
「もう、やめてよ」
「あはは、じゃあね」
お母さんは消えた。夢だったのかなって思うほど、あっけなく消えた。

「あれ、お雛さまだ。あんた一人で出したの?」
帰ってきたお姉ちゃんが驚いた。
「来年は二人で飾ろうね」
お母さんに逢ったことは言わなかった。絶対悔しがるから。
帰ってきたお父さんも「おお!」と言った。
春みたいに明るくなった部屋で、久しぶりに3人でご飯を食べた。
お母さん、ありがとう。

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うちは7段じゃありません^^

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