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シートベルトをしめてください [ホラー]

深夜、僕は車を走らせた。
夕方から降り出した雨が、時おり強くフロントガラスを叩く。
今日の仕事はきつかった。
早く帰って一杯やりたいものだ。

しばらく走ったところで、不意に赤いランプが点いた。
『シートベルトをしめてください』
電子音が流れた。
「おいおい、シートベルトなら、ちゃんとしてるよ」

よく見ると、それは助手席側のサインだった。
助手席側のランプが点灯している。
『シートベルトをしめてください』
電子音が流れ続ける。
「助手席には誰も乗ってないよ。いよいよイカれたか? この車」
独り言を言ってみたけれど、点滅は続く。
『シートベルトをしめてください』
何度も何度も言う。

「うるさいな。誰もいないじゃないか」
僕は左手で、助手席のシートを叩いた。
あれ? 何かが手に触れた。
やけに冷たくて、濡れている何かだ。

恐る恐る、左を見た。
対向車のライトが、やけに眩しい光を放って助手席を照らした。
女がいた。
黒い服を着た、びしょ濡れの、髪の長い女だ。
青白い顔で、僕を見ている。

『シートベルトをしめてください』
『シートベルトをしめてください』
警報の電子音が早口になった。
赤いサインが、高速で点滅する。
どうしよう、どうしよう。この女、絶対に幽霊だ。
暑くもないのに汗が流れた。ハンドルを持つ手が震える。

『シートベルトをしめてください』
『シートベルトをしめてください』
うるさい。頼むから黙ってくれ。

とりあえず、僕は震える声で、黒い服の女に言った。
「シートベルトをしめてくれませんか」
女は、ゆっくり右手を延ばし、シートベルトをガチャリとしめた。

電子音が止んだ。赤い点滅も止まった。
よかった。
そう思った途端、僕のシートベルトがするりと外れた。
黒い服の女がクスリと笑って消えた。
次の瞬間、僕の車はガードレールを突き破った。
黒い闇に落ちていく。忌々しい電子音と共に落ちていく。

『シートベルトをしめてください』
『シートベルトをしめてください』
『シートベルトをしめてください』

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