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悲しいほど爽やかな季節

「すっかり葉桜になってしまったわね」
「それはそうだよ。もうすぐ5月だから」
「木漏れ日が美しいわ」
「素晴らしい五月晴れだね」
「人類が滅亡したなんて、信じられないほど爽やかね」
「うん。人類が滅亡したなんて、信じられないほど素敵な朝だ」

「新種のウイルスですって」
「地球外生命体が持ち込んだものらしいね」
「感染力が強くて、感染したら30分で死に至るって、研究者が言っていたわ」
「うん。言った直後に研究者も感染してしまったね」
「テレビが一瞬で砂嵐になったわね」
「今も砂嵐のままだけどね」
「誰も見ないのだから、それでいいわ」
「そうだね。人類は、滅亡したんだから」

「それにしても、いい朝ね」
「人類は滅亡したけれど、いい朝だ」
「さあ、仕事しましょう」
「そうだね。人類が滅亡しても、僕たちは変わらない」

充電を終えた2体のお掃除ロボットは、広いリビングを正確に規則正しく動き始めた。

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チューリップとパンジー [ファンタジー]

ぽかぽかの春です。
花壇には、赤いチューリップと黄色いパンジーが仲良く並んでいます。
『いいお天気ね。パンジーさん』
『気持ちがいいわね。チューリップさん』
ニコニコと笑いあっています。
しかし、その心の中は・・・・・

『パンジーはいいわね。大地に守られて安定しているわ。それに比べて細くてのっぽな私は、少しの風でゆらゆらしちゃう。パンジーが羨ましいわ』
『チューリップはいいな。すらりと背が高くて。きっと私たちよりいい景色を見ているはずよ。ああ、チューリップが羨ましい』

ジョーロを持ったおじさんがやってきて、花壇に水をかけました。
もちろんおじさんは、まんべんなく平等に水をかけています。
しかし・・・・・

『おじさんったら、パンジーにばかり水をあげているわ。きっとあちらの方が可愛いのね。そりゃあそうよ。私たちよりずっと長く咲いているんだもの。愛着があるのね。だからって、えこひいきはダメよね』
『おじさんがチューリップを見る目が、私たちを見るときと違っているの。何だか愛おしそうに見るのよ。私なんか冬の寒い時から咲いているのに、チューリップが咲き始めてから、おじさんは変わってしまったわ。ひどい話よ』

ランドセルを背負った女の子が通りかかりました。
「おじさん、きれいなお花ね」
もちろん女の子は、チューリップもパンジーも同じくらいにきれいだと思いました。
しかし・・・・・・

『この女の子、パンジーばっかり見てるわ。可愛いものね。女の子は可愛いものが好きだもの。帽子もランドセルも黄色だし、きっとパンジーが好きなのね』
『この女の子、チューリップばっかり見てる。春の花といえばチューリップだもんね。どうせ学校へ行ったら歌を歌うんでしょ。さいた、さいた、チューリップの花が…ってね』

『ねえ、ちょっと君たち』
近くにいた草が話しかけてきました。
『君たちはいいよね』
『何がいいの?』
チューリップとパンジーが問いかけましたが、草は答える前にスポンと根っこごと引き抜かれてしまいました。

「雑草が出てきたな」とおじさん。
「おじさん、ここにも草があるよ。あ、ここにも」と女の子。
次々に抜かれていく雑草たちを見て、チューリップとパンジーは顔を見合わせました。

『ねえ、パンジーさん、私たち、けっこう幸せかも』
『ええ、私も今、同じことを考えていたわ。チューリップさん』

瀕死状態の草が、よれよれになりながら言いました。
『な、そうだろう』

KIMG0969.JPG

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セイシツさん [公募]

仕方ないだろう。一夫多妻制は国の方針なんだから。
僕だって大変なんだ。四軒の家を行ったり来たり。
君をないがしろにしているわけじゃないんだ。
そもそも君は「セイシツ」なんだから、どーんと構えていればいいのさ。

夫はそう言って出て行った。三週間ぶりの我が家での滞在時間は、僅か35分だった。
結婚しない男女が増え、少子化がどうしようもなく深刻化した。
そこで国は、子どもの数を増やすために一部の富裕層に、一夫多妻制度を導入した。
古き日本の風習であった「側室」を持つことが認められた上に、側室に子どもが出来れば社会的地位が上がる。
当初は女性蔑視との批判も出たが、実際に子どもの数は増えたし、恋愛よりも側室という若い女も増えた。
やがて「セイシツ」「ソクシツ」などと、如何にも軽い呼び方をされ、その制度は社会に広まっていった。

「カンナの子どもが生まれた。祝いの品を持って行ってくれ」
夫からの短い連絡。
カンナというのは三人目のソクシツで、水商売上がりの若い女だ。
祝いの品など持って行きたくないが、それが習わしとなっている。
セイシツ、ソクシツ間の確執を和らげるために考えられたものだ。

セイシツご用達の店に行き、ベビー服に夫の苗字を刺繍してもらう。
それが祝いの品である。子どもを夫の子として認めた印だ。
そのまま病院に向かうと、カンナは「ヤッホー、セイシツさん」と、大きな胸を更に揺らして手を振った。
「女の子だそうで、おめでとうございます」
「ねえ、セイシツさん、赤ちゃん見た? あっくんにそっくりなんだよ」
あっくんというのは、夫の篤宏のことらしい。私より20歳も若いカンナに、鼻の下を伸ばす夫の顔が浮かぶ。
「ねえ、うちの子何人目?」
「5人目です。第1ソクシツと第2ソクシツとの間に、子どもが2人ずついますから」
「えっ、セイシツさんには子どもいないの?」
「ええ、結婚当初に婦人科系の病気を患って、子どもは諦めました」
「うわあ、かわいそう」
カンナは、憐れむような眼で私を見た。

子どもを諦めた夜、夫は君がいればそれでいいと、優しく抱きしめてくれた。
私は決して可哀想なんかじゃなかった。ふたりの暮らしは、充分に幸せだった。
忌々しいあの制度が出来るまでは。

木枯らしに背中を押されながら帰った。
私に子どもがいたら、夫はソクシツを持たなかっただろうか。
いや、それはない。夫の経済力なら、ソクシツを持たない方が非難される。
そういう世の中なのだ。

カンナが退院してまもなく、我が家にソクシツたちが集まることになった。
子ども同士の交流が目的だ。年に数回行われている。
異母兄弟である子どもたちは、別室で仲良く遊んでいるが、ソクシツたちは険悪だ。

「カンナさん、あなた出来ちゃったソクシツなんですって?」
「正式な契約もせずに妊娠するなんて、どうかと思うわ」
「別にいいじゃん。契約するつもりだったもん。順番が違っただけでしょ」
「ソクシツが増えたせいで、私たちのところに来る回数が減ったじゃないの」
「そうよ。うちの子はまだ幼稚園よ」
「私のところだって反抗期真っただ中よ。父親がいないと困るわ」
カンナがふっと肩をすくめた。
「回数が減ったのは、おばさんたちに飽きたからじゃないの? ねえ、あっくん」
「なんですって!」
怒鳴りあう女たちの間で、夫がオロオロしている。
赤ん坊が寝ているそばで、よくもくだらない痴話げんかが出来るものだ。

私はそんな騒動を尻目に、子どもたちのところへ行く。
「さあ、焼き立てのクッキーよ」
「わあ、おいしそう。セイシツのおばちゃん、ありがとう」
「好きなだけ食べなさいね」
「セイシツのおばちゃん、優しいから好き」
「ボクも好き」
私は、子どもたちを手名付ける。年老いたら面倒を看てもらうためだ。
夫なんて当てにならないし、欲深いソクシツたちなど、端から当てにしていない。
頼れるのは、未来を担う子どもたちだ。

「ボク、セイシツのおばちゃんがママならよかったな。全然怒らないしお小遣いくれるし」
「ボクも」「わたしも」
「じゃあ、おばさんが年を取ったら一緒に暮らしてね」
「うん、いいよ」
こういう特典がなかったら、やってられないわ。

*****
公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「修羅場」でした。最近本当にレベルが高くて。
難しいな~


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たかが5千円、されど5千円

あら、この人お釣り間違えてる。
2300円のものを買って5千円払ったから、お釣りは2700円でしょう。
それなのに私の手には、7700円が載っている。
やっぱり言わないとまずいよね。5千円って大きいもの。
「あの」と言いかけた途端、後ろに並んだ客に肩を押された。
「終わったらさっさとよけて。レジが混んでるのわかるでしょ」
弾かれて、私はすごすごと下がった。
ネコババしたわけじゃないのよ。ちゃんと返そうとしたのよ。
あのおばさんに押されたからよ。
私は言い訳しながら、万引きでもしたような気分で、ささっと店を出た。

後ろめたさの裏側に「得しちゃった。ラッキー」という気持ちがなかったわけではない。
普段の行いが良いから、神様がくれたご褒美かもしれない。
そう思ったら気が楽になった。欲しかったバッグ買おうかな。

夜になって帰ってきた夫が、やけに沈んでいる。
「あなた、何かあったの?」
「実はさ、同期のKくんが、懲戒免職になったんだ」
「まあ、どうして?」
「K君は経理の仕事をしているんだけど、会社の金を使い込んだらしい」
「まあ、いくら?」
「5千円」
「5千円? たったの5千円?」
「たとえ5千円でも横領だよ。ちょっと借りて後で返すつもりだったらしいけど、やつの家もいろいろ大変らしくてね」
「クビになったら大変じゃないの。どうするの、これから」
「職探しだな。奥さんが、駅前のスーパーで働いているらしいよ」
駅前のスーパー! 私はハッとした。
釣銭を間違えた店員のネームプレート、確かKではなかったか。
「飯まだ?」という夫の声など聞こえないほど動揺していた。
罪悪感で押しつぶされそうだ。
明日スーパーに行って、5千円を返そう。

翌日、封筒に5千円を入れてスーパーに行った。
Kさんは、都合よく人気の少ない通路で品出しをしていた。
「あの、Kさん」
話しかけるとKさんは笑顔で振り返った。
「いらっしゃいませ。何か御用でしょうか」
「あの、昨日、レジのお金、合わなかったでしょう?」
「え?」
「ごめんなさい。私、お釣りを多く受け取ってしまって。これ、返します。受け取ってください」
「何のことでしょう?」
「いいから受け取って。ご主人だけでも大変なのに、あなたまで辞めさせられたら大変じゃないの。ね、受け取って」
私はKさんのポケットに封筒をねじ込んで、素早く店を出た。
これでいい。これで私が地獄に落ちることはない。

Kさんのモノローグ
「なんだろう、あの人。レジのお金はきっちり合っていたのに。あら、5千円も入ってる。店長に言った方がいいかな。でも私、今日で辞めて主人と田舎に帰るから、別にいいか。もらっておこう。ラッキー」

Kさんが、意外としたたかだったことなどつゆ知らず、私はその夜家計簿を付けながら、5千円が足りないことに気が付いた。
もしかして私、昨日の買い物で1万円出していた?
あ、そういえば、1万円札だったかも。ああ、絶対そうだ。
落ち込む私に息子が追い打ちをかける。
「お母さん、部活の合宿代5千円ね」

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