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孫の嫁

ああ、退屈だ、退屈だ。
なぜこんなに退屈かというと、先月運転免許を返納したからだ。
まだ大丈夫だと自負していたが、息子や嫁や孫、はたまた孫の嫁までもが口をそろえて言うのだ。
「もうやめなよ。おじいちゃん」と。
まあ、連日のように報道される高齢者の交通事故のニュースを見たら、絶対大丈夫などとは言えなくなった。

車がないなら自転車で、と思ったら、これも嫁に止められた。
「自転車で転んだらどうするんですか」と。
ああ、退屈だ、退屈だ。

「おじいちゃん、そんなに暇なら囲碁クラブにでも行けばいいじゃん。あそこなら歩いて行けるでしょ」
そう言ったのは、孫の嫁のマリコだ。若干20歳で、妊娠中。いわゆる出来ちゃった結婚というやつだ。
孫もまだ若くて、金がないから同居している。
「囲碁クラブに行ってもつまらん。友達はみんな施設に入ってしまった」
「そっかあ。じゃあ、おじいちゃんも入れば?」
「馬鹿言うな。施設になんか死んでも入るか」
「じゃあさ、あたしが囲碁の相手してあげよっか」
「ほお、マリコは囲碁が出来るのか?」
「うん。おじいちゃんと一緒にクソつまんない囲碁の番組見てるからね」
「クソとか言うな。若い娘が」

そんなわけで、マリコと碁盤を挟んで向かい合った。
碁を打つ仕草は様になっているが、如何にも俄か知識といった感じで、てんで相手にならなかった。当然私の勝ちだ。
「どうだ。囲碁はなかなか奥が深いだろう」
「そうだね。またやろうよ。なかなか面白かったよ」
意外にも最後までちゃんと正座をしていたマリコに感心しながら碁石を片付けた。
「あ、動いた」
マリコが突然お腹をさわった。
「お腹の子どもが動いたのか?」
「うん、そう。初めて動いた。ああ、こんな感動のシーンを、なんでおじいちゃんなんかと迎えなきゃならないのさ」
「悪かったな」
まったく、口の悪い嫁だ。息子の嫁なら文句も言うが、孫の嫁にはちと甘くなる。
「マリコは毎日家にいて、退屈じゃないのか?」
「べつに退屈じゃないよ。だってさ、おじいちゃんの世話もあるし」
「お前に世話になった覚えはない!」
マリコはへへッと笑いながら立ち上がった。

「ヤバい、美味すぎる」と自分の料理を褒めたり、洗濯物を落として「やば!」と洗い直したり、何だか「ヤバい」ばかり言っている。
良妻賢母のばあさんが生きていたら、さぞかし眉をひそめるだろう。

夕方、孫が帰ってきた。
「ずいぶん早いな」
「うん。営業先から直帰したんだ。マリコは?」
「買い物に行った。遠いスーパーまで歩いて行ったよ。ご苦労なことだ。運転免許を取ればいいのに」
「マリコは運転しないよ。お父さんを交通事故で亡くしているんだ」
「そうなのか」
「マリコのお父さん、囲碁の棋士だったらしいよ」
「なに?」
「だからマリコも相当強いよ。おじいちゃん、今度相手してもらうといいよ」
「……」

あの小娘、わざと負けたな。
こりゃあ、退屈だなんて言ってられん。
明日から、真剣勝負だ。

「ただいまー。おじいちゃん、ヤバいよ。雨降ってきた」
「おう、そりゃあヤバいな」

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