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黒い財布と3人の男 [コメディー]

午前中の診療が終わった病院の待合室。
会計を待つ3人の患者が、ぽつりぽつりと座っている。

通りかかった看護師が、黒い財布を拾い上げた。
大金が入っていそうな太った財布だ。
「どなたか、財布を落としませんでしたか」
財布をかざすと、「俺のだ」と男が手を上げた。
その後ろで、別の男が手を上げた「いや、俺のだ」
2列離れた席にいた別の男も手を上げた。
「俺の財布だ」

「ひとつの財布に持ち主が3人? みなさん、本当に自分のですか? 鞄やポケットに財布、入ってませんか?」
「ないよ。だってそこに落としたんだ」
「落としたのは俺だ。さっき会計をしたときに落としたんだ」
「いや、俺のだ。間違いない」

「うーん、仕方ないですね。じゃあ、中身を確認します。保険証とか入っているかもしれないでしょう。いいですね、開けますよ」
看護師が財布を開けると、金は一円も入っていない。
レシートとクーポン券がどっさり入った財布だった。
それを見た3人の男は、「俺のじゃなかった」と口々に言った。
「よく探したらあったよ。似てたから間違えちゃった」
3人は、金が入っていないと分かった途端、白々しく笑った。

看護師は、財布を見ながら目を潤ませた。
「可哀想ですね。この財布の持ち主さん。だって一円もないんですよ。病院の費用を払ったらお金が無くなってしまったんだわ。可哀想。病気なのに、明日の食費にも困っているんじゃないかしら」
看護師はポロポロと泣きながら、ポケットから自分の千円札を出して財布に入れた。
「私にはこのくらいのことしか出来ないけれど、この財布の持ち主のために千円寄付します。だって取りに来たときに、ないと思っていたお金が入っていたら嬉しいじゃないですか。きっと生きる希望になるはずよ。そう思いませんか?」
3人の男は顔を見合わせた。
「看護師さん、あんた優しいな。そうだよな。人間は助け合って生きるもんだ。俺も千円入れてやる」
3人の男は自分の財布から千円を出すと、黒い財布に押し込んだ。
「ありがとうございます。財布の持ち主が現れたら、みなさんのこと、話しておきますね」
「いやいや、こういうことは黙ってやるから価値があるんだ。ああ、いいことをしたら気分がいいな。どうです、みなさん、この先に昼からやってる小料理屋があるんですが、一杯やりませんか」
「いいですな。血圧も正常だったし、行きますか」
「賛成。塩分控えめの食事ばかりでウンザリだったから、たまにはいいか」
3人は意気投合して帰っていった。

看護師はナースステーションに戻ると、後輩のナースに声をかけた。
「三千円ゲットしたからランチ行かない?」
「先輩、またやったんですか。いい加減、捕まりますよ」
「いいじゃない。みんないい気分で帰るんだから。これも治療の一環よ」
看護師は笑いながら、黒い財布をポケットに入れた。

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