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コンビニ強盗 [コメディー]

その1.マスク不足

深夜のコンビニでバイトをしていたら、男がいきなりナイフを突きつけてきた。
「おい、マスクを出せ」
「マスク? 金じゃなくて?」
「どこもかしこも売り切れだ。一枚くらいあるだろう」
「ああ、自分の私物でよかったら」
僕はポケットに入っていたマスクを1枚渡した。
男はそれを素早く装着すると、改めてナイフを突きつけた。
「ああよかった、これでやっと強盗が出来る。金出せ」


その2.カラーボール

「ねえ、ジャンパーにオレンジの蛍光塗料が付いてるけど、なにこれ」
「ああ、それね、コンビニを出たときに店員に投げつけられたんだよ」
「ひどいわね。落ちないわよ、これ」
「うん、まったくいい迷惑だよ」
「今からコンビニに行って、クリーニング代を請求しましょうよ」
「ああ、大丈夫。金はもうもらったから」
「強盗じゃん!」


その3.強盗未遂

どうしよう。仕事もないし金もない。
もうコンビニ強盗でもするしかないな。
あっ、いい具合にコンビニがある。
しかしコンビニ強盗って、どうするんだっけ。
レジでナイフを突きつけて「金を出せ」って脅すんだっけ。
でも俺、ナイフ持ってない。買う金もない。
ナイフの代わりになるものって何だろう。
カッターなら百均で買えるかな。百円くらいなら出せるか。
いや、もう閉店してるな。この時間、コンビニしかやってねえ。
ああ、やっぱり強盗は無理か。

ウロウロしていたら、店員が出てきた。
「あなたさっきから、このガラスに貼ってある求人募集の張り紙を見ていましたよね。バイトしようか迷っているんですか。よかったら今夜から働いていただけませんか。人手不足で困ってるんです。バイト代は即日日払いいたします。いかがでしょう」
「よろこんで!」


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お雛様を飾ろう

桃の節句が近づくと、小さな罪悪感が胸をよぎる。
夫とふたりで過ごす午後は、穏やかだけど何だか切ない。

「どうしたんだ、溜息なんかついて。コーヒーが冷めるぞ」
「ああ、何だかねえ、お雛様の季節になると憂鬱になるのよ」
「どうして?」
「香澄が30を過ぎても結婚しないのは、私のせいかもしれないから」
香澄は、私たちの一人娘だ。今年で33歳になるが、結婚の予定はまるでない。
「どうしておまえのせいなんだ?30過ぎて独身の女性はたくさんいるだろう」
「お雛様をいつまでも仕舞わなかったからよ。あの頃は忙しくて、3日も4日も出しっぱなしだったわ。時には1週間も。ほら、昔から言うでしょう。お雛様を早く仕舞わないと行き遅れるって」
「あはは」と夫が吹き出した。
「何を言い出すのかと思ったら、そんな迷信、本気にしてどうする」
「だってねえ、お義母さんにいつも言われてたのよ。まだ出してるの? 香澄が結婚できなかったらあなたのせいよって」
「仕方ないだろう。おまえも働いていたし、おふくろの介護もあったんだから」
「でもねえ、元気なうちに孫の世話もしたいし、このまま香澄が一生ひとりだったら可哀そうよ。死んでも死にきれない」
夫は「うーん」と腕組みをした。
「そうだ。今からお雛様を飾ろう。そして3月4日の朝一番で片付ける。気休めだけど、何もせずに毎年モヤモヤするよりいいだろう」

そんなわけで、私たちは一緒にお雛様を飾った。
長いこと納戸に入れっぱなしだった。年に一度、防虫剤を入れ替えてはいたけれど、出してあげるのは久しぶりだ。
「きれいな顔だな。お雛様をしみじみ見るのは初めてかもな」
「そうね。あなた仕事が忙しくて、家族の行事にはあまり参加しなかったものね」
「ひな壇の組み立てって意外と大変だな」
「そうよ。片付けはもっと大変。まあ、私も若かったからね」
赤い毛氈を敷いて、人形を並べる。小物を装着するときは、幼いころの人形遊びを思い出してちょっと楽しい。
並び終えると、一気に部屋が明るくなった。
「春が来たな」
「本当ね。やっぱりいいわね、お雛様は」

夜になって、香澄が仕事から帰ってきた。
「ええ、お雛様出したの。パパもママも相当ヒマなんだねえ」
悪態をつきながらも、嬉しそうに写真を撮ったりしている。
「3月3日は雛祭りをしましょうよ。ちらし寿司と潮汁。菜の花のお浸し。久々に腕を振るうわ」
「いいね。じゃあさ、その日彼氏呼んでいい?」
「か、彼氏?」
「うん。ジョージっていうの。アメリカ人でね、日本の文化に興味があるの」
「香澄、そんな人がいたの?」
「うん。半年前にネットで知り合ってね、彼が仕事で日本に来るときは必ず逢ってる。ちょうど今日本にいるのよ。ああ、心配しないで、変なサイトじゃないから。すごく真面目な商社マンよ」
夫と私は顔を見合わせた。
「じゃあ私、ジョージに連絡するね」
と香澄がリビングを後にした途端、夫がオロオロしながら言った。
「おい、計画は中止だ。お雛様はすぐに片付けるな」
「何よ。3月4日の朝一番で片付けるんじゃなかったの」
「アメリカに嫁に行かれたらどうするんだ! お雛様は一生出しっぱなしでいい!」
あらまあ……。

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我が家では、とりあえず出してみましたが、レイちゃんに悪戯されて泣く泣く仕舞いました。
雛祭り前に仕舞ったから、娘の嫁入りも近いか?(ないない)

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この通り、何でもおもちゃだと思ってしまうネコ ↑

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MJに5時 [公募]

懐かしい駅で電車を降りた。この小さな駅には思い出がたくさん詰まっている。

書置きを残して家を出てきた。
二人の子供はとうに巣立ち、定年を迎えた夫との暮らしに疲れていた。
趣味もない夫は、急にヒマになったものだから余計なことばかりする。
家事のペースが乱れて困る。束縛されるわけではないけれど、思うように外出できない。
贅沢な悩みなのかもしれないけれど、ちょっと限界に来ていた。

ホームには、セーラー服の高校生が二人、スマホを見ながら電車を待っている。
もう四十年も前だけど、私もこの子たちと同じ女子高生だった。
あの頃と変わっていない制服に、懐かしさが二倍になった。
高校の三年間、この駅で降りて女子高へ通った。
学校への坂道は、毎朝同じ制服の少女たちで埋め尽くされた。
すみれ色の制服だから、通称「すみれ坂」なんて呼ばれていた。

駅はすっかり新しくなって、コーヒースタンドとコンビニが併設され、私にとって最大の必需品だった伝言板が消えていた。
伝言板を使う人など十年以上前から皆無だ。
だけど携帯電話もポケベルもない時代、私たちにとって伝言板はとても大切な連絡手段だった。

あの頃私は、秘密の恋をしていた。友達にも、もちろん親にも言えない秘密の恋だ。
恋の相手は国語の先生だった。
私が書いた詩を先生が褒めてくれて、嬉しくて詩を書いては先生に見せに行った。
そのうちに、どうしようもなく好きになって、先生も同じ気持ちだと知って、私たちは恋人同士になった。

連絡はいつも伝言板を使った。
二人だけにわかる暗号で、店や場所を示し、そこで落ち合う。
大概は隣の駅か、二つ先の駅にある店を使った。
デパートのトイレで着替えて、下手な化粧をした。
先生とは、きっちり一時間お喋りをして、遅くならないうちに家に帰った。
教師という立場上、先生もたくさんの我慢をしていたのだと思う。
別れ際、先生は決まって同じことを言った。
「早く卒業してくれよ」
そして繋いだ手を放して、「おやすみ」と手を振る。
最高に切なくて、最高に幸せだった。

坂を上がると息が切れた。四十年のブランクは大きい。
テスト期間中で下校時間が早いのか、高校はひっそりしていた。
数年前に中高一貫校になり、校舎はモダンに建て替えられている。
ぐるりと一周しても、昔の面影は欠片もない。
先生との思い出が、破片でも残っていたら泣くかもしれないと思っていたのに、全然なかった。
木枯らしに背中を押されて坂を下り、駅で次の電車を待った。

誰もいない待合室でふと横を見ると、日帰り旅行のパンフレットの後ろに、伝言板がぼんやり見えた。ひっそりと、私のために残されたような古びた伝言板だ。
近づいてみると、一行だけ伝言が書いてある。

『MJに5時 アキ』

ドキリとした。アキというのは先生の名前だ。
アキラだから「アキ」、私の名前は冬子だから「フユ」。
それが二人だけに解る秘密の名前だった。
MJは、二つ先の駅にある喫茶店だ。マイケルジャクソンばかり流れていたから、「MJ」と呼んでいた。先生と二人でよく行った想い出の店だ。
行ってみたいと呟くと、伝言板は煙のように消えてしまった。

二つ目の駅で降りて線路沿いを歩いて五分。
レンガ造りの小さな店は、今も変わらずそこにあった。店の名前も変わっていない。
重い扉を開くと、聞こえてきたのはマイケルじゃなくてテイラースイフト。
マスターもすっかり代替わりしている。それでもコーヒーの香りは昔のままだ。

奥の席に、見覚えのあるセーターを見つけた。いつも私と先生が座っていた席だ。
ゆっくり近づいて、大きな背中に声をかけた。
「先生」

ゆっくり振り向いたその人は、照れたように頭をかいた。
「今更先生なんて、懐かしい呼び方するなよ」
テーブルには、マンデリンと文庫本。
お腹が出て、すっかりおじさんになった先生は、私の夫だ。卒業して二年後に結婚した。

「あなた、どうしてここに?」
「君が書置きを残したからだろう」
夫がポケットから取り出したメモには、『MJに5時 フユ』と書いてあった。
不思議だ。そんなメモを残した覚えはない。だけど久しぶりに、大きな背中にときめいた。
「ねえ、今日何食べたい?」
「何でもいいよ。一緒にカレーでも作る?」
「余計に時間がかかるからいいわ」

一緒にいるだけで楽しかったあの頃を、長い間忘れていた。
すっかり日が暮れた駅で、二人並んで電車を待った。
同じ家に帰る幸せが、胸に染みる夜だった。

******

公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「駅」でした。
いくつものドラマが書けそうなものですが、それが却って難しい。
最優秀作品は、アイデアはすごいなと思いましたが、ごめんなさい、ラストがよくわからなかった。5枚に収めるには難しい話だったのかも。

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隣のおばちゃん

2月14日は、隣のおばちゃんがチョコレートをくれる日だと思っていた。
幼いころにお母さんを亡くしたから、いろいろ世話を焼いてくれる。
おかずを届けてくれたり、取れたボタンを付けてくれたりした。
だからチョコレートをくれるのも、その一環だと思っていた。

さすがに高学年になると、バレンタインデーの意味ぐらい分かる。
義理チョコっていうのものが存在することも知った。
おばちゃんは毎年、僕とお父さんに義理チョコをくれるんだ。

「ゆうくん。今年は奮発したわよ。こっちはお父さんに渡してね。お父さんのチョコはお酒が入っているから、ゆうくんは食べちゃだめよ」
お父さんのチョコは、僕のより3倍くらい豪華だ。
だけどお父さんは、いつも困った顔をする。

僕が中学生になった時、お父さんが再婚した。
新しい母親は、若くてきれいだ。
この人は、どんなチョコレートをくれるのかな。
バレンタインデーを待ちわびるのは初めてだ。

学校から帰ると、隣のおばちゃんが家の前に立っていた。
「ゆうくん、お帰り。はい、チョコレート」
「いつもありがとう。おばちゃん」
「あのね、ゆうくん。もう中学生になったからあえて言うけどね、チョコレートをもらったらお返しをしなきゃならないのよ。3月14日のホワイトデーにね、何か買ってお返しをするの」
「どんなものを買えばいいの?」
「何でもいいのよ。昔は3倍返しなんて言ったものだけど、気にしなくていいの。ゆうくんのお小遣いで買えるものでいいのよ」
「あの、僕あんまりお小遣いもらってないから、お返しを買わなきゃいけないならチョコいらない。いらないよ、おばちゃん」
今まで優しかったおばちゃんが、すごく冷たい顔をした。

「まあ、なんて子! この際だから言わせてもらうけど、あんたたち親子は常識がないのよ。もらったら返すのは当たり前。あんたのお父さんだって、いつもすみませんのひと言で終わり。あれだけ色々やってあげたのに、あんなキャバ嬢みたいな女と再婚するなんて信じられない」
「おばちゃん、どうしたの? 何を怒ってるの?」
「私はまだ38歳独身よ。おばちゃんなんて二度と呼ばないで」

おばちゃんは、意外と若かった。
たぶんお父さんのことが好きだったのだろう。
うまく取り入って、妻の座に収まろうとしていたのだろう。

「おばちゃん、いや、おねえさん。今までありがとう。お父さんにあげたのは、本命チョコだったんだね。だけどひとつ教えてあげるね。お父さん、お酒飲めないんだよ。だからブランデー入りのチョコはいつもキャバクラの女の子にあげていたんだ。その女の子が、今のお母さんだよ」
おばちゃんは、わなわなと震えていた。
ごめんね、おばちゃん、きっといつか、おばちゃんにも春が来るよ。

家に入ると、新しいお母さんがパタパタと走ってくる。冬なのにミニスカートだ。
「おかえり~、ゆうくん。はい、チョコレート」
「わあ、ありがとう」
「お返しはティファニーでいいわ。それならお年玉で買えるでしょ」
甘えたように身体を寄せてくるから「わかった」と答えてしまった。
ヤバいな。何倍返しだ?
どうしよう。助けて、おばちゃん。


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