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隣のおばちゃん

2月14日は、隣のおばちゃんがチョコレートをくれる日だと思っていた。
幼いころにお母さんを亡くしたから、いろいろ世話を焼いてくれる。
おかずを届けてくれたり、取れたボタンを付けてくれたりした。
だからチョコレートをくれるのも、その一環だと思っていた。

さすがに高学年になると、バレンタインデーの意味ぐらい分かる。
義理チョコっていうのものが存在することも知った。
おばちゃんは毎年、僕とお父さんに義理チョコをくれるんだ。

「ゆうくん。今年は奮発したわよ。こっちはお父さんに渡してね。お父さんのチョコはお酒が入っているから、ゆうくんは食べちゃだめよ」
お父さんのチョコは、僕のより3倍くらい豪華だ。
だけどお父さんは、いつも困った顔をする。

僕が中学生になった時、お父さんが再婚した。
新しい母親は、若くてきれいだ。
この人は、どんなチョコレートをくれるのかな。
バレンタインデーを待ちわびるのは初めてだ。

学校から帰ると、隣のおばちゃんが家の前に立っていた。
「ゆうくん、お帰り。はい、チョコレート」
「いつもありがとう。おばちゃん」
「あのね、ゆうくん。もう中学生になったからあえて言うけどね、チョコレートをもらったらお返しをしなきゃならないのよ。3月14日のホワイトデーにね、何か買ってお返しをするの」
「どんなものを買えばいいの?」
「何でもいいのよ。昔は3倍返しなんて言ったものだけど、気にしなくていいの。ゆうくんのお小遣いで買えるものでいいのよ」
「あの、僕あんまりお小遣いもらってないから、お返しを買わなきゃいけないならチョコいらない。いらないよ、おばちゃん」
今まで優しかったおばちゃんが、すごく冷たい顔をした。

「まあ、なんて子! この際だから言わせてもらうけど、あんたたち親子は常識がないのよ。もらったら返すのは当たり前。あんたのお父さんだって、いつもすみませんのひと言で終わり。あれだけ色々やってあげたのに、あんなキャバ嬢みたいな女と再婚するなんて信じられない」
「おばちゃん、どうしたの? 何を怒ってるの?」
「私はまだ38歳独身よ。おばちゃんなんて二度と呼ばないで」

おばちゃんは、意外と若かった。
たぶんお父さんのことが好きだったのだろう。
うまく取り入って、妻の座に収まろうとしていたのだろう。

「おばちゃん、いや、おねえさん。今までありがとう。お父さんにあげたのは、本命チョコだったんだね。だけどひとつ教えてあげるね。お父さん、お酒飲めないんだよ。だからブランデー入りのチョコはいつもキャバクラの女の子にあげていたんだ。その女の子が、今のお母さんだよ」
おばちゃんは、わなわなと震えていた。
ごめんね、おばちゃん、きっといつか、おばちゃんにも春が来るよ。

家に入ると、新しいお母さんがパタパタと走ってくる。冬なのにミニスカートだ。
「おかえり~、ゆうくん。はい、チョコレート」
「わあ、ありがとう」
「お返しはティファニーでいいわ。それならお年玉で買えるでしょ」
甘えたように身体を寄せてくるから「わかった」と答えてしまった。
ヤバいな。何倍返しだ?
どうしよう。助けて、おばちゃん。


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