SSブログ

お雛様を飾ろう

桃の節句が近づくと、小さな罪悪感が胸をよぎる。
夫とふたりで過ごす午後は、穏やかだけど何だか切ない。

「どうしたんだ、溜息なんかついて。コーヒーが冷めるぞ」
「ああ、何だかねえ、お雛様の季節になると憂鬱になるのよ」
「どうして?」
「香澄が30を過ぎても結婚しないのは、私のせいかもしれないから」
香澄は、私たちの一人娘だ。今年で33歳になるが、結婚の予定はまるでない。
「どうしておまえのせいなんだ?30過ぎて独身の女性はたくさんいるだろう」
「お雛様をいつまでも仕舞わなかったからよ。あの頃は忙しくて、3日も4日も出しっぱなしだったわ。時には1週間も。ほら、昔から言うでしょう。お雛様を早く仕舞わないと行き遅れるって」
「あはは」と夫が吹き出した。
「何を言い出すのかと思ったら、そんな迷信、本気にしてどうする」
「だってねえ、お義母さんにいつも言われてたのよ。まだ出してるの? 香澄が結婚できなかったらあなたのせいよって」
「仕方ないだろう。おまえも働いていたし、おふくろの介護もあったんだから」
「でもねえ、元気なうちに孫の世話もしたいし、このまま香澄が一生ひとりだったら可哀そうよ。死んでも死にきれない」
夫は「うーん」と腕組みをした。
「そうだ。今からお雛様を飾ろう。そして3月4日の朝一番で片付ける。気休めだけど、何もせずに毎年モヤモヤするよりいいだろう」

そんなわけで、私たちは一緒にお雛様を飾った。
長いこと納戸に入れっぱなしだった。年に一度、防虫剤を入れ替えてはいたけれど、出してあげるのは久しぶりだ。
「きれいな顔だな。お雛様をしみじみ見るのは初めてかもな」
「そうね。あなた仕事が忙しくて、家族の行事にはあまり参加しなかったものね」
「ひな壇の組み立てって意外と大変だな」
「そうよ。片付けはもっと大変。まあ、私も若かったからね」
赤い毛氈を敷いて、人形を並べる。小物を装着するときは、幼いころの人形遊びを思い出してちょっと楽しい。
並び終えると、一気に部屋が明るくなった。
「春が来たな」
「本当ね。やっぱりいいわね、お雛様は」

夜になって、香澄が仕事から帰ってきた。
「ええ、お雛様出したの。パパもママも相当ヒマなんだねえ」
悪態をつきながらも、嬉しそうに写真を撮ったりしている。
「3月3日は雛祭りをしましょうよ。ちらし寿司と潮汁。菜の花のお浸し。久々に腕を振るうわ」
「いいね。じゃあさ、その日彼氏呼んでいい?」
「か、彼氏?」
「うん。ジョージっていうの。アメリカ人でね、日本の文化に興味があるの」
「香澄、そんな人がいたの?」
「うん。半年前にネットで知り合ってね、彼が仕事で日本に来るときは必ず逢ってる。ちょうど今日本にいるのよ。ああ、心配しないで、変なサイトじゃないから。すごく真面目な商社マンよ」
夫と私は顔を見合わせた。
「じゃあ私、ジョージに連絡するね」
と香澄がリビングを後にした途端、夫がオロオロしながら言った。
「おい、計画は中止だ。お雛様はすぐに片付けるな」
「何よ。3月4日の朝一番で片付けるんじゃなかったの」
「アメリカに嫁に行かれたらどうするんだ! お雛様は一生出しっぱなしでいい!」
あらまあ……。

KIMG1452.JPG
我が家では、とりあえず出してみましたが、レイちゃんに悪戯されて泣く泣く仕舞いました。
雛祭り前に仕舞ったから、娘の嫁入りも近いか?(ないない)

KIMG1454.JPG
この通り、何でもおもちゃだと思ってしまうネコ ↑

nice!(5)  コメント(4)