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サル山

リナちゃんとは、いつもサル山の前で待ち合わせる。
「優香ちゃん、ひさしぶり」
リナちゃんがブンブンと手を振っている。
私は子犬みたいに走ってリナちゃんの隣に並んだ。
春休みだけど、動物園は空いている。この動物園は、ゾウもキリンもライオンもいないからあまり人気がない。

「ねえ、優香ちゃん。初めてしゃべったときのこと、おぼえてる?」
「もちろん。二年生の遠足だったね」
「優香ちゃんがお弁当を分けてくれて、それで仲良しになったんだよね」
「うん。お母さんがウサギのリンゴをふたつ作ってくれたから、一個あげたんだよね」
「そうそう、おいしかったなあ、あのリンゴ」
「今日も作ってきたよ」
私はリュックの中からイチゴ模様のタッパーを取り出して、ウサギのリンゴをリナちゃんにあげた。
「これ、私が皮をむいたんだよ」
「えー、優香ちゃん、すごい」
「このくらいできるよ。もうすぐ中学生だもん」
「中学生か。いいなあ。楽しそうだな」
「ぜんぜん楽しくなんかないよ。友達はいないし、勉強は難しくなるし。リナちゃんの方がずっといいよ。学校に行かなくていいんだもん」

私は、学校がいかに嫌なところかを、リナちゃんに話して聞かせた。
運動音痴だから「とろい」とバカにされることや、「空気が読めない」という理由で掃除当番を押し付けられること。
「あとね、スクールカーストっていうのがあってね、私はどうやら底辺らしい。イケてる子とイケてない子がいるんだ。イケてるって何だろうね。単に目立つだけじゃん。ホントにバカみたいだよ」
「でもね、優香ちゃん。上下関係はどんなところにもあるよ。」
黙って聞いていたリナちゃんが、慰めるように肩に手を置いた。

「あっ、ボスが睨んでいるからそろそろ戻るね」
リナちゃんはそう言うと、毛むくじゃらの手でリンゴを口に入れて、サル山に帰っていった。
「サルの世界も大変なんだね、リナちゃん」

中学生になって文芸部に入ると、私の世界は一変した。
部活で書いた詩が、あるコンクールで最優秀をもらって表彰された。
それがきっかけで、学校一イケメンのT先輩が
「俺の曲に詩を付けてくれない?」と言ってきた。
T先輩はバンドをやっていた。そして私が詩を付けた曲はとても評判がよく、私はT先輩のお気に入りになった。

それから私は、ピラミッドの階段をあっという間に駆け上がり、いつの間にかスクールカーストの頂点にいた。
頂点にいた子が友達になり、「とろい」が「かわいい」に変わり、「空気読めない」が「不思議ちゃん」に変わった。
私が通ると、底辺の子たちがおどおどして道を開ける。
私はちっとも変っていないのに周りが変わった。それは、とても気持ちがよかった。

秋のテスト休み、私は友達を連れて、久しぶりに動物園を訪れた。
イケてる自分をリナちゃんに見せたくてサル山に行ったけれど、リナちゃんはなかなか見つからない。
「ねえ、あれがボス猿じゃん?」
誰かが指をさした。サル山の天辺で私たちを見下ろしているのは、まぎれもなくリナちゃんだった。
「リナちゃん、ボスになったんだ」
「うわ、優香ってばサルの名前知ってるし」
「マジで面白い子だねー」
私はリュックからリンゴを出してリナちゃんに向かって投げた。
「なになに、エサあげていいの?」「ウケる!マジで不思議ちゃんだー」
リンゴは手前に落ちて、近くにいた子ザルが拾った。
途端にリナちゃんが飛んできて、見たこともない形相で子ザルを威嚇してリンゴを奪った。
当然のようにリンゴをむさぼるリナちゃんは、もう私が知っているリナちゃんじゃない。

「何か、つまらないね。動物園」
「あはは。優香が行きたいって言ったんじゃん」
「じゃあ、カラオケ行こうか」
「賛成!」
制服を着崩して笑う私も、きっと変わってしまったんだろうね。
冷たい顔で見下ろすリナちゃんに、「バイバイ」とつぶやいた。

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