SSブログ

暗やみ坂 [ホラー]

通学路の途中に、暗やみ坂と呼ばれる短い坂があった。
鬱蒼とした樹木が空を隠し、昼でも夜のように暗い。
『暗やみ坂は、一気に駆け上がらなければならない。途中で止まったら、闇に取り込まれてしまう』
そんな言い伝えがあった。

体力があり余った小学生の僕には、暗やみ坂を一気に駆け上がることなど朝飯前だった。
いつも友達と駆け上がり、「やった、闇に勝ったぞー」と飛び跳ねた。

体の弱い転校生がやってきたのは、9月の始業式の日だった。
青白い顔をした痩せた女の子で、梢子という名前だった。
一緒に帰るように先生に言われ、仕方なくふたりで帰った。
暗やみ坂に通りかかると、梢子は足を止めた。
「何だか真っ暗で怖い。違う道を通ろうよ」
「えー、遠回りだよ。大丈夫。短い坂だし、一気に駆け上がろうよ」
僕は、梢子の腕をつかんで坂を上った。
「早く上らないと、闇に取り込まれるよ」
僕たちにとっては何でもない坂だけど、梢子は半分の辺りで苦しそうに胸を押さえて立ち止まった。
「走れない……」
だめだ。止まったらだめだ。
僕は梢子の手を放して、一気に駆け上がった。
しばらく経っても、梢子は上がってこなかった。
もう一度下まで下りてみたけれど、梢子はいなかった。
後味の悪さにうなだれながら、僕は家まで帰った。

翌日、梢子は何でもないように登校した。
ホッとした。どうやら違う道から帰ったようだ。
梢子は何故か、昨日よりもずいぶん元気で活発だった。
帰りの暗やみ坂も、率先して駆け上がった。
僕たちは、とても気の合う友達になり、同じ中学・高校へ進んだ。
僕は梢子のことが好きだった。

高校2年の秋、僕は梢子と並んで歩いていた。
方向が一緒なので、駅で会うと一緒に帰った。
初めて一緒に帰ったあの日から、ちょうど10年が過ぎていた。
今日こそ告白しようとチャンスを狙っていたら、梢子が急に立ち止まった。
「ねえ、久しぶりに暗やみ坂を通ってみない?」

暗やみ坂は、ますます不気味になっていた。
暗やみ坂の隣に整備されたきれいな道が出来てから、殆ど誰も通らない寂しい坂になっていた。
「気味が悪いな」
「平気だよ。行こう」
梢子が僕の腕をつかんで上り始めた。
10年前と逆だなと思いながら、後に続いて走った。
坂の真ん中辺で、飛び出していた木の枝に袖が引っかかった。
思わず立ち止まった僕を残して、梢子は一気に駆け上がった。
「待って……」
必死で枝を外そうともがくうちに、僕の体はどんどん林の奥に入っていく。
ふと、柔らかいものに触れた。
見ると、小さな子供の白い腕だった。
「やっと来てくれたね。ひろくん」
弱々しく笑うその子供は、幼いころの梢子だった。
10年前に僕が置き去りにした梢子だ。
「ずっとひとりだったけど、もう寂しくないや」
「どうして? 梢子はずっと俺と一緒にいたじゃないか」
「あれはニセモノだよ。大丈夫。これからは、ひろくんのニセモノがうまくやっていくから」
僕はもう、そこから一歩も動けなかった。

「ひろきー、どこに行っちゃったの?」
ニセモノの梢子が、僕の名を呼びながら坂を下りて、止まることなくまた上った。
本物の僕と、本物の梢子が、暗やみに潜んでそれを見ていた。

nice!(9)  コメント(6) 

若さの秘訣 [男と女ストーリー]

ご近所に住む絵里香さん。
私より2歳くらい年上のはずだけど、驚くほど若くて輝いている。
「若さの秘訣は何なの?」と尋ねてみたら、ニッコリ笑ってこう言った。
「そうねえ、強いて言えば、恋かしら。詳しく知りたい?」

その夜、絵里香さんに誘われて、会員制のバーに行った。
このバーで、若返りドリンクでも飲んでいるのだろうか。
絵里香さんに続いて中に入ると、カウンターだけの小さな店だった。
春の陽ざしみたいな暖かい色の照明が、店全体を包んでいる。
「いらっしゃいませ。今日は如何なさいますか」
低い声のマスターが、洒落たカードを手渡す。
「そうねえ、1985年もの、出していただける」
「かしこまりました」

「そのカード、なに? 絵里香さん専用みたいだけど。もしかしてワインのボトルをキープしているの?」
「違うわ。キープしているのは思い出よ。恋の思い出」
マスターが、桐の箱を持ってきた。
中には、たくさんの手紙や写真が入っている。
「1985年、私は丸の内のOLだった。華やかだったわ。エリートたちに連日誘われたけど、見向きもしなかった。私の彼は、売れない小説家だったのよ。貧乏だけど夢だけは持っている素敵な人だったな。多分今も売れてないけど。でもね、親にも友達からも反対されて、結局別れちゃったの。見て、彼のラブレターがこんなにたくさん。すごくロマンチックなのよ」
絵里香さんはウットリしながら昔のラブレターを読んだ。
「今日は気分がいいから、1975年ものもいっちゃおうかな」
「かしこまりました」

1975年、女子高生の絵里香さんは、美術教師と秘密の恋をしていたらしい。
愛を確かめ合ったスケッチブックの切れ端。
先生が描いた絵里香さんの絵。絵の具がついてしまった制服のスカーフ。
絵里香さんは瞳を潤ませて眺めた。
その後も絵里香さんは、何十年も前の恋と、その頃のピュアな自分を思い出して一喜一憂した。つまり、それが若さの秘訣だという。

「そうだったのね。じゃあ私には無理だ。そんな思い出ないもの」
「ご主人との思い出があるじゃないの」
「短大を出て就職した会社で知り合って、そのまま出来ちゃった結婚だもん」
「そうか。確かに主人との思い出は、私も保管してないわ。現在進行形だからかしらね」
だけど絵里香さんは幸せそうだ。定年退職したご主人は穏やかで優しい。
私は溜息を吐いた。
私の夫はいつも仕事ばかり。定年間近の今でさえ、帰ってくるのは深夜だ。
もっとたくさん恋をすればよかったと、早々に結婚してしまったことを悔やんだ。
私はきっと、このままどんどん、おばあさんになっていくのだ。

数日後、夫が会社で倒れて、そのまま帰らぬ人となってしまった。
無理していたことに、ちゃんと気づいてあげられなかった。
悲しかったけれど、どこか解放されたような気もした。

あのバーから電話があったのは、四十九日が終わった秋の日暮れだ。
「山田様の思い出をお預かりしております」
低い声のマスターが、お悔やみの後に告げた。
夫があのバーの会員だったとは、まったく知らなかった。

絵里香さんに付き合ってもらってバーに行き、夫の桐の箱を出してもらった。
恐る恐る開けると、そこには私が書いた走り書きのようなメモがぎっしり詰まっていた。
『お仕事ご苦労さま』『ごはん、チンして食べて』『ひろ子が熱を出しました』『パパうんどうかい、くる?』『結婚記念日だけど早く帰るのは無理だよね』『明日実家に行ってきます』『カレー温めて食べてね』

「やだ、こんな広告の裏の走り書きを、どうして?」
「山田様は、仕事の合間に時々来られて、楽しそうに読んでいましたよ」
「ご主人にとってはラブレターだったのね」
いつからか、こんなメモさえ書かなくなった。どうせ遅いし、どうせ無駄だし。
私の涙が止まるまで、絵里香さんは優しく肩を抱いてくれた。

それから私は、夫との思い出をバーに預けた。
振り返れば、素敵なことがたくさんあった。
月に数回バーに通って、夫との思い出に浸っている。

ある日、近所の奥さんに声をかけられた。
「山田さん、最近輝いているわ。若さの秘訣は何なの?」

nice!(7)  コメント(6) 

5人で肝試し [ホラー]

夏休み恒例の肝試し。
無縁仏が多く祀られている古い墓地を、みんなで一周する。
怖いけれど、友達と一緒だから平気だった。
とても楽しみにしていたけれど、僕はその日、熱を出して行けなかった。

僕を除く4人の子供たちが、帰ってこないと知ったのは翌朝だった。
4人の友達は、肝試しの夜に忽然と消えてしまったのだ。
警察やテレビ局が押しかけて、僕たちの小さな村は連日大騒動だった。

あれから20年。4人の友達はとうとう帰ってこなかった。
平成の怪奇事件として、今でも8月になるとワイドショーがやってくる。
とても仲良しだった5人組の中で、僕だけが大人になった。

僕は小学校の教師になった。
あの事件以来、子供だけの夜の外出は禁止になった。
もちろん肝試しなど論外だ。
しかし子供というものは、禁止されたことほどやりたがる。
夕飯を済ませたところで保護者から電話が来た。

「もしもし、先生。うちの子が出掛けてしまったんです。どうやら友達と示し合わせていたみたい。こっそり裏口から出て、恐らく肝試しに行ったんじゃないかと思うんです。先生、連れ戻していただけませんか。下の子が一人になってしまうから、私出られないんです」

僕は急いで家を出た。
夏休み前の学校で、数人の男子がこそこそ何かを企んでいるような姿は見かけた。
もっときつく釘を刺しておけばよかった。

自転車で墓地に行くと、入り口に4人の生徒が立っていた。
「おい、お前たち、肝試しは禁止だぞ。早く家に帰りなさい」
子供たちが振り返った。

「あっ、ヒロシやっと来た」
「ビビって来ないのかと思ったぜ」
「早く行こうぜ」
「遅れてきた罰。ヒロシが先頭な」

それは、20年前に姿を消した僕の友達だった。
訳が分からないまま背中を押され、僕は墓地の中に入ってしまった。
「お前ら、幽霊か? 20年前に死んだのか? ひとりだけ大人になった僕を恨んでいるのか?」
「何言ってるの? 俺たち、ずっとヒロシのこと待ってたんだぜ」
4人の子供に背中を押され、どんどん奥へ入っていく。
「やめてくれ。ごめん、悪かった。まさか4人で肝試しをやるなんて思わなかったんだ。本当にごめん」
僕は、古い石の前にうずくまって震えながら4人に詫びた。

肝試しは4人でやってはいけないという言い伝えがあった。
だから一人欠けたら中止にするはずだった。
あの日僕は、「遅れていく」と連絡を入れた。こっそり布団を抜け出すつもりだった。
だけどとうとう行けなくて、待ちくたびれた4人は「先に入ろうぜ」と、墓地に入ってしまったのだ。
「行けなくなった。違う日にしよう」と連絡を入れていたら、あんなことにはならなかった。

「もういいよ。俺たち、ヒロシと肝試しがやりたかっただけだから」
「なあヒロシ、あそこにいる4人は、お前の生徒たちじゃないか?」
「早く仲間に入らないと、あの4人も死神に連れていかれるぞ」
「ほら、早く行けって。頑張れ、熱血教師」

僕は立ち上がり、オドオドしながら歩いている4人の生徒のもとに走った。
「お前ら、校則違反だぞ」
「あっ、先生」
「説教は後だ。とにかく今は、5人で肝試しをしよう。先生の後についてきなさい」
4人の生徒は、ホッとしたように僕の背中にしがみついた。
「先生、怖くないの?」
「5人なら平気だ」

「そうだったよな」と振り返ったら、もう僕の友達はいなかった。
僕は優しい幽霊たちに深く頭を下げて、出口を目指した。

nice!(8)  コメント(4) 

おとぎ話(笑)24 [名作パロディー]

<かぐや姫>

「おや、かぐや姫、もう帰ってきたのかい?」
「月に行ってまだひと月じゃないか」
「だって月って、近くで見たら全然きれいじゃないのよ。ごはんも不味いし、人間が住むところじゃないわね」
「困ったねえ。もうあなたの部屋はないのよ」
「どうして?」
「おじいさんが鶴を助けたら、どういうわけか娘さんが来てね、一緒に暮らしているのよ」
「気立てのいい娘でなあ。きれいな着物を織ってくれるんじゃ」
「話、違ってない?」


<赤ずきん>

こちら、コードネーム赤ずきん。
森でオオカミと遭遇したわ。
ミセス・マミー、あなたの予想通りね。
ええ、大丈夫。気づかれていないわ。
本当にお見舞いに行くと思っているみたい。
騙されたふりで花を摘むわ。
おばあさんに伝えて。安全な場所に避難するようにと。

扉を開けたら、オオカミがおばあさんのふりをして寝ている。
「赤ずきんや、顔を見せておくれ」
下手な芝居だ。声ぐらい変えろ。
「はい、おばあさま」
私はゆっくり頭巾を脱いだ。
「お、お前は!!」
「ふふふ、これが私の正体だ。地獄に落ちろ、悪徳オオカミめ」

全て終わったわ。ミセス・マミー。ええ、おばあさんも無事よ。
えっ、もう次の仕事が?
3匹の子ブタをオオカミから守るのね。ああ、忙しい。
報酬はたっぷりいただくわよ。ミセス・マミー。


<ヘンゼルとグレーテル>

森で迷子になったヘンゼルとグレーテルは、悪い魔女に捕まってしまいました。
魔女は兄のヘンゼルを太らせて、食べようとしているのです。
「さあ、どんどん食べて丸々太れ」
「魔女さん、僕はどんなに食べても太らない体質なんです。ガリガリでちっとも美味しくありません。僕をここから出してくれたら、もっと美味しそうな子供を連れてきますよ」
「本当か? ではお前が帰るまで、妹は預かっておく」
ヘンゼルはグレーテルに「必ず迎えに来る」と言い残し、森を出ました。
しかし何日経っても帰ってきません。
「騙されたのかねえ。あんた、見捨てられたんじゃないの?」
「いいえ、お兄さまはきっと帰ってきます。だって目印のパンくずを撒きながら行ったもの」

「なあヘンゼル。お菓子の家ってどこだよ。おいら腹がへって歩けないよ」
「困ったな。目印のパンくずを鳥に食べられちゃった。僕、方向音痴なんだよ」
ヘンゼルは、再び迷子になっていました。
(教訓:パンくずは目印になりません)

**
24作目ともなると、前に書いたものとかぶってしまいそうで怖いです。
まあ、読む方も覚えてないですよね~(笑)

nice!(9)  コメント(8)